第77話「襲撃」

 俺と藤村さんが、突然の音にドアのほうへと目をやると、そこにいたのは朱音だった。


「朱音?」

「……はぁはぁはぁ」


 朱音は、よほど急いできたようで、息を切らし、開けたドアへともたれかかっていた。


「渚くん……藤村さん、良かった」

「どうした、朱音」

「ごめんね、渚くん。どうしても私も、藤村さんに伝えたいことがあるの」

「朱音?」


 朱音は教室内に入ってくると、俺たちのほうにやってきて何かを言おうとした、そんなときだった。


 あたりにサイレンの音が響き渡った。


「っ!」


 これは、非常事態警報……国民防衛サイレンだ。

 次いで、緊急の放送が校内放送で校外へも向けて大音量で流される。


『群馬県警戒警報、群馬県警戒警報。13時04分、アグレッサーが、榛名山方面より相馬原駐屯地方面へ進んでおります。アグレッサーは間もなく、榛東村へ来るものと思われます。相馬原の部隊が防衛戦闘を行いますから、注意して下さい』


 なんてタイミングだよ、この野郎。


「朱音、藤村さん! 早く逃げようっ!」

「渚くんは!?」

「俺も行くよ! 朱音は晄と合流して……」

「あなたは戦いに行かないの!?」


 朱音との会話を遮るように、そう聞いてきたのは藤村さんだった。


「藤村さん……」

「あなたも秋桜支隊の一員だったのなら、戦えるんじゃないの!?」

「……俺はもう、軍役じゃないんだ。今は、まず逃げないと……」

「あれだけの力を持ちながら、やっぱりまた逃げるって言うの!?」

「それは違う!」


 違う。今はまず状況がわからないと、やみくもに敵に向かって行っても仕方がない。

 そもそも、軍はある程度この事態を想定していたはずだ。であれば、下手に戦場に介入して荒らすのは得策とはいえない。


「あなたの腰抜け具合にはうんざりだわ!」


 そう言うと、藤村さんは外へとそのまま向かおうとする。


「藤村さん! 駄目だ!」

「何でよ! 榛東村じゃあ、まだ距離もあるわ! 今のうちに軍部に行って状況を確認しないと……」

「藤村さん! きみは軍人じゃないでしょ? 行っても死ぬだけだよ! 駄目だよ、行っちゃ!」

「そんなこと、わからないじゃない! 私は普通の人よりも強いし、武器もある。救える命だってあるはずよ!」

「藤村さん!」


 藤村さんは走り去ってしまう。まずい、後を追いかけないと。


「朱音、晄に連絡は」


 そう言って振り返ったところで、朱音のポケットからバイブレーションが聞こえてきた。スマホだ。

 朱音はスマホを取り出すと、


「え? 渚くんのスマホからかかってる」

「それは晄だよ」

「え?」

「もしもの時のために渡しておいたんだ。連絡とってすぐに逃げて。何があるかなんてわからない。少しでも遠くに、少しでも早く逃げて」

「……うん、わかった」


 俺は、そのまま藤村さんの後を追おうと教室を飛び出そうとしたところで。


「渚くん! 必ず帰ってきて!」

「うん! 必ず」


 俺はそう答えると、全速力で教室を飛び出し、窓から外へ出た。

 どこだ。まだそう遠くへは行っていないはずだ。

 方向は決まっている。相馬原駐屯地だ。距離にして約五キロ。歩ったら一時間はかかるだろうし、走り切るのは相当大変だ。他に交通手段を持っているのか? いや……考えていても仕方ない。俺は走ることしかできないのだから。


 学校を出てすぐの高校用駐車場がある横の道を走っていく。辺りはすでに逃げ惑う人でごった返していた。


「くそっ……これじゃあ、どこにいるのかわからない!」


 この中から人を探すなんて至難の業だ。しかも、人の流れに逆らって行かなければならないんだ。くそっ……間髪入れずに追いかけるべきだった。けど、諦めるわけには行かない。

 なにか……なにか今すぐにも見つけられる手はないのか……。



 ――きゃぁぁぁぁぁっ!



「っ!」

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