第8話「気になる人」

 マンションを出て通学路を歩きつつ、今朝のテレビでの言葉を思い出していた。


「終戦……そんなものいつしたんだよ」


 あいつらは、戦力の消耗と想像以上の物資枯渇に活路を見出せず、撤退していったに過ぎない。地球と比べて絶対的な技術差があるあいつらが、このまま諦めるというのは楽観的過ぎるだろう。そもそもこの戦争自体、何かの条約に基づいたものじゃない。勝手に襲ってきて、勝手に撤退していっただけで、休戦協定すら結んでいないのに……呑気なものだ。約一年間も戦争していたってのに、この国の呑気具合は相変わらずで、戦争が終わったと思ったらすぐに現状に馴染み、なんだかのうのうと生きている。


 ほとぼりが冷めると平和ボケを発症するこの国の風土に嫌気がさしつつも、徒歩五分と言う通学距離をありがたく思い、正門をくぐったところで長く美しい黒髪が目に入った。

 新学期初日からツイてるぞ。よしっ……気分を切り替えて……。


「おはよぉ~」


 精一杯親し気に、彼女の後ろから駆け寄り声をかけるも、返事もなければ振り返りもしないし足を止めてももらえない。……いつものことである。この程度でめげる俺ではない。


「藤村さん? 藤村祥子さーん」


 あまりしつこいのも嫌われそうだけど、初対面の時からこんな感じなので、どうせ一緒だろう。もうひと押ししてみるか。


「無視しないでよー」

「うざい」


 最近は睨んで一言返してくれるようになっていた。

 仲良くなれている気はしないが、認知されないよりはましだと思っている。

 返事が聞けたことに、とりあえず満足した俺が歩くスピードを落とすと、藤村さんはどんどん先に行ってしまっていた。……それにしても。


「相変わらず、ツンケンしてますな」


 まあ、そんなところも魅力に感じる男は多いらしい。これで容姿が伴ってなければ話は別と言う現金なものなのかもしれないが、モデルのようにスラッと伸びた脚と、高身長のうえ、グラビアアイドルも裸足で逃げ出すほどのメリハリあるルックス。あれでモテないわけがない。


 案の定、この学校にはファンクラブまであるらしく、学校一の美少女でマドンナであることは周知の事実だが、どうにも冷たく棘がある。

 見かけると、つい目で追ってしまうだけの魅力が藤村さんにはあるとも思うが、俺は別段マゾではないので普通に親しくなりたいのだ。


「えっと、おはよう渚くん」

「朱音。おはよう」


 俺の隣へやってきて、にっこり笑った朱音は藤村さんが去っていく姿を見て、


「えっと。まだ、ねらってるの?」

「あはは……まあ、ねらっているというか、仲良くしたいと思うからさ。……こんなに話しかけるのは逆効果かもしれないけどね」


 藤村さんを見かけたのは、この学校に通い始めて数日経った頃だろうか。なぜだか気づいたら、目で追っていたのだ。それ以来、俺は藤村さんに仲良くなろうアピールをし続けている。

 それを知っているものは多いのだが、特に朱音は俺と幼馴染で付き合いが長いから、こうしてよく喋るので事あるごとに聞かれるのだ。

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