第六章「守りたいもの」

第73話「迫る不穏」

「ねえ、渚くん」


 俺たちの住むマンションへ着き、俺と晄が車を降りたところで、朱音が俺に聞いてきた。


「なに?」


 朱音も車から降りドアを閉めると、運転手に聞かれるのを気にしたのか車の方をちらっと見た後、口を開いた。


「渚くんは明日、自分の正体を藤村さんに言うつもりなんだよね?」

「……うん」


 それ以外にないと思っている。隠し続けても、俺の想いが届くことはないだろうから。


「渚くんは、本当にそれでいいの?」

「……なんで、そんなこと」

「自分の正体を、しかも魔法少女を嫌っている人間に伝えるのは、かなりのリスクじゃない? 話をまともに聞いてくれなくなるだけならいいけど、もし口外されたりしたら」

「……そうだね。でも、俺はまっすぐに向かって行きたいから」

「……うん、そっか。わかったよ」


 朱音がなぜ、そんなことを聞くのか、この時の俺にはまるで分らなかった。


「渚くん、じゃあね。また明日」

「うん、また明日」


 朱音が乗り込むと、プレジデント高級車は走り去って行った。

 そのまま、俺たちは自分の部屋へと戻る。一年以上も住んでいると、もうすっかり我が家と言う気がしてくるのだから不思議なものだ。


「さてと」


 もうあと一時間もせずに日が落ち切るだろう。その前に、昨日着ていたものの洗濯とか荷物を整理して、夜は、明日へ向けて気持ちを整理する時間にしたいところだ。

 そう思って、自室へと向かおうとしたのだが。


「お兄さん」

「ん? どうかしたの」


 いつにもまして真剣な様子だ。


「ちょっと、お話したいことがあるのです。いいですか?」

「うん」


 晄に促されるまま、リビングのテーブル席に腰かけると、晄はいつも通り向かいの席に座った。


「お兄さんはとりあえず、明日以降も群馬に残って、私と朱音さんは明後日栃木に移動するって話で、合ってるですか?」

「うん、そうだね」

「……」


 晄は険しそうに顔をしかめている。どうしたというのだろう。


「晄? 何かあったの?」

「……はい。あ、えっと、何かがあったわけではないのです。ただ、気持ちが悪いのです」

「気持ちが悪い? どういうこと?」

「えっと、ですね。はっきりとはわからないですが。でも、群馬に、ううん、このあたりに戻ってくるにつれてブルートの歪みと言うのですか? 淀みのようなものを感じるのです」

「……もしかして、アグレッサーが集結してるってことなの?」

「それは……そこまではわからないのです。でも、嫌な感じなのです」

「そっか……」


 そこまで確信がないとなると、何とも言い難い。思い過ごしということもあるだろうし、群馬ではアグレッサーが暗躍しているらしいから、それが違和感の原因だと言われてもうなずける。

 とにかく、ここまで抽象的なことを言われても、何ともしようがないというのが実情だ。


「お兄さん、一つお願いがあるのです」

「なに?」

「えっと、ですね。スマホを私に預けておいてもらえないですか?」

「え?」


 スマホをなんで?


「私はあいにくと、スマホを持ち合わせてないのです」

「それは、知ってるけど……」

「もし、明日襲撃があったとしたら、朱音さんに連絡できないのです」

「……そう言うことか」


 襲撃があれば、俺は藤村さんの元へと向かう可能性が高い。そして、そのタイミングがいつになるかわからない以上、朱音と晄が連絡をとれないのはまずい。デバイスコンパクトがあれば晄に連絡をとることはできるわけだし、問題はないはずだ。


「わかった。スマホは晄に預けるよ」

「ありがとうなのです」


 そうして俺は晄にスマホの使い方と、朱音に連絡する方法を簡単にレクチャーした後、いつも通りの夜を過ごした。

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