第41話「友達に、なりたいんだ」

「昨日、私が言った言葉、忘れないでね」

「……」

「力になれなくても、私はずっとそばにいたいの。……私のわがまま、聞いてほしい」


 恥ずかしそうにそう言った朱音の姿が、とても魅力的で心強かった。

 自分の想いにまっすぐな朱音の姿がどれだけ、俺にとって大きいか。……そうだ。

 藤村さんが、抱えている気持ち。それに、今一番寄り添えるのは自分なんじゃないだろうか?


 いや、それはさすがに自惚れかもしれない。でもきっと、俺の葛藤に近いものが藤村さんにもあって、そして、俺には責任が……藤村さんの気持ちを受け止める責任がある、と勝手かもしれないけど思ってる。

 覚悟は必要だ。でも、それが自分の判断によって招いたことへの責任だ。

 そして、場合によっては自分の正体も言わなければならないかもしれない。それでも、冨士村さんのことから、目を背けていては始まらない。


「なあ、朱音」

「……なに?」

「藤村さんのこと、どう思う?」

「え? えっと……きれいな人?」


 なんとも不満げにそう言った朱音を見て、少しばかり笑いそうになる。


「朱音だってきれいだろ?」

「えっ……なっなに!?」


 朱音は顔を真っ赤にしてうつむいた。


「ごめん、朱音。かわいかったからつい」

「つい、じゃないよ! もう!」


 耳まで真っ赤なのがまるで収まる気配はないまま、俺のことをポコポコ叩いてくる。グーはさすがに痛いかと思ったが、そうでもなかった。こんなに小さくて細い腕で俺の心を支えてくれていたのだと思うと、朱音という人間がどれだけ大きいのかがわかる。


「俺にとっての朱音が、藤村さんにはいないんだよ」

「え?」


 朱音は、不思議そうに俺を見た。


「藤村さんは、きっと悩んでる。いろんな気持ちを誰にも理解されないと、理解してもらえないと思い込んでるんだ。……昔の俺によく似てる」

「渚くん……」

「気づいちゃったんだよ。ずっと気になっていたんだ、あの目が。……自分を許すことのできない、助けを求めている自分を弱い人間だと思っている、そういう目だ。俺には、それでも誰かが隣にいてくれた。それは、朱音や朱音のお父さん、晄」


 そして、冨士村義美さん。


「俺は藤村さんの、そういう人間になりたいんだ」

「助けて、あげたいの?」

「……いや、そうじゃない」


 助けるなんて、そんな上から目線の話じゃない。それは何も意味がない。必要なのは……。


「対等に話ができて、他愛もないことを意味がなくても共有出来て、肩を並べて歩いていける……」


 そう、俺は藤村さんと……。


「友達に……なりたいんだ」

「渚くん……」


 俺の言葉に朱音はどこか寂しそうで、それでいて嬉しそうな表情を見せた。それが俺の気持ちに対するものなのか、藤村さんに対するものなのか、俺にはわからなかった。

 ただきっと、俺をずっとそばで見てきた朱音には、思うところがあるのだろう。

 そして俺もまた、朱音をずっとそばで見てきたし、これからもずっと一緒にいたいと思っている。

 だから、今の俺ができるのは伝えることだろう。俺にとって朱音は本当に近い存在で、大切なんだと知ってもらいたいと思った。けど、頭の中で言葉が整理しきれず、どうにか何かを伝えようと口を開いたところで、車は朱音宅の前で停車してしまう。


「渚くん、着いたよ」

「あ……うん」

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