第148話 他人から見える距離感
この店の奥には都合よくというべきか、二つ試着室が並んでいて、さらに、服が並べられているために店の外からはまず見えない。
そしてそこに、白雪と美雪がそれぞれ入って行った。
手には何着か――というか美雪は十着近い服を持っている。
「おい美雪。それ全部買うつもりか……?」
「そんなわけないじゃない。せいぜい二着くらいよ」
「じゃあ他は……」
「孝君がいいって思ったのを選んでね♪」
そういうと、非常に愉し気に美雪は試着室に消えた。あとには呆然、あるいは唖然とした様子の孝之が残されている。
その様子を見て、和樹はわずかな同情を感じたが――。
「じゃあ、私も。私はそこまで多くはないのですが」
白雪はそういうと、和樹を見上てきた。
こちらはこちらで、どう考えても難事業だ。
女性の服の良し悪しなど、正直和樹には全く分からない。
これで、妹が高校生から大学生になる頃に一緒に住んでいれば、あるいはそういう機微も分かったかもしれないが、妹と一緒に住んでいたのは高校三年生。美幸は当時小学生だ。
いくら和樹でも、小学生の服のセンスと高校生や大学生の服のセンスが違うというのくらいは分かる。
そして、和樹の大学生時代で、身の回りにいた女性と言えば朱里くらいである。
本人には悪いが、あまりにも参考にならないことだけは分かる。
試着室に消えた白雪を見送ったあと、ふと横を見ると孝之も困ったような顔をこちらに向けていた。何か救いを求めるような顔をしている気もする。
気持ちは分かるが、助言は出来ない。
ある意味では和樹にとっても孝之にとっても試練に等しい時間が始まった――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うんうん、孝君ちゃんと頑張ってコメントくれて嬉しい♪」
美雪がニコニコしながら紙袋を抱えている。
結局あの後、他に三店舗ほど行って服を吟味して、ようやく服を購入した時にはすでに十六時を回っていた。
美雪が購入したのは四着。
活動的なパンツスタイルが二着、いかにもな清楚さを感じさせる、しかしどこか夏めいた軽やかさのあるワンピースが一着。それに、デニム生地のスカートとシャツの組み合わせだ。
「まあ、どれも似合ってるよ、うん」
「びみょーに投げやりなのは気になるんだけど」
「俺に何を求めているんだ……一応頑張ったとしてくれ」
「うんうん。よしよし」
傍から見てるとバカップルと言いたくなってくる。
そういえば、大学時代も誠と朱里に付き合わされて買い物に行った時はこんな光景を何度も見た。
もっとも、誠は朱里を褒めるのをためらうようなことはなく、朱里もそれを当然と受け取っていたが。この辺りは、何かの経験値の差なのだろうかと思う。
「和樹さん、ありがとうございます。色々ご意見下さって」
「いや……まあ、白雪ならどれも似合っていたとは思うが」
白雪が買ったのは二着だけ。
花柄のカットソーとプリーツの入ったロングのキュロットスカートの組み合わせと、デニムのチュニックにワイドパンツの組み合わせ。
どちらも今までの白雪ではあまりないスタイルなので、とても新鮮だったのは事実だ。
ちなみに和樹がコメントしたのは、今までと違う雰囲気だが良く似合っている、といった程度の感想だったのだが。
「さて、とりあえずお洋服も買えたし……時間的には夕方だねぇ。少し早いけど、今から鎌倉とかって感じじゃないね」
「そうだな。鎌倉に行ってがっつり観光するなら一日あった方がいいからな。今から行くのは微妙だから、その案内はまた後日の方がいいだろう」
「お。月下さん、それは言質取りましたよ? またお付き合い願えるんですね」
なんとなく自然に言ってしまったが、確かにそうなるのか。
とはいえ、楽しかったといえば楽しかったのは事実だ。少しだけ、大学時代に誠と朱里に振り回されている雰囲気を思い出していたのはある。
「まあ、構わんが」
「あの、月下さん。美雪が無茶言ってるわけですから、そこまでは」
「いや、まあ白雪の友人だしな。保護者相当としてはこのくらいはな」
その言葉に、美雪は少しだけ微妙な表情になって白雪を見るが、その白雪は特に気にした様子はない。
「実際時間が微妙ですね……今から帰ると、五時過ぎるくらいでしょうか?」
「そんな感じだな。まあ、少し早めに帰るとかでもいいだろうが」
実際、美雪はかなりの荷物がある。大半は孝之が持っているが。
「今日の夕食はどうしましょうか、和樹さん。帰りに何か買って帰りましょうか」
「そうだな……ただ、一日出かけてるから、白雪も疲れてるだろうし、食べて帰るでもいいと思うが」
「それは……嬉しいのですが、先日に続いて……」
「せっかくの休みだしな。たまにはいいとは思うぞ」
そこまで話したところで、美雪が怪訝そうな顔をこちらに向けていた。
「みゆさん、何か……?」
「あー、うん。なんていうか……。何その夫婦の会話」
「ふっ……」
白雪の顔が真っ赤になる。
和樹も少し唖然としてしまった。
いつも通りのつもりではあるが――家族という感覚では普通だが、客観的に見ればそう見えるのか。
「いや、まあなんだ。一緒に住んでいると、こういう会話になるだろう」
それでもさすがにこう正面から言われたのは初めてだ。
自分でも驚くほど内心では動揺していたが、できるだけそれを覆い隠す。白雪は全くできていなかったが。
「うん、まあそうかもですけど……白雪ちゃんも月下さんも自覚なしに家族オーラにじませすぎだと思います。ねえ、孝君」
「うん、まあ……そう、かもな」
孝之も曖昧に同意する。
実際、白雪と一緒に住むようになってから一カ月半、家に頻繁に来るようになってからだと、高校二年の夏以降だろうからもう二年近く。
それだけ長くいると、いい意味で白雪とは本当に家族のような感覚があるのは事実だ。
ただ、それが他人からどう見えるかについては、頭では理解しているが、実際のところはつい普段から家族ように振る舞ってしまう。
正直に言えば、実際の家族と同じか、それ以上に馴染んでいる。多分それは白雪も同じだろう。
他人からみれば自分たちがどう見えるかといえば――多分美雪や孝之の意見が普通なのだろうとは思う。
家族のような距離感だと思われるのであれば、それは悪いことではないはずだが、改めて言われると少し戸惑うのは否定できなかった。
白雪もそれは同じなのか、まだ少し顔が赤い。
「可愛いなぁ、白雪ちゃん。やっぱ嫁にほし」
べし、という音が聞こえそうなチョップが美雪の頭に炸裂した。
美雪が頭を押さえてうずくまる。
「孝君痛い~」
「アホか、全く。それより……もう今日は帰るか?」
すると美雪は少し考えるように上を見上げた後、何かを思いついたようにスマホを取り出した。
「あの……もしよければ、一緒に食べに行かないですか? 私、前に気になった店で行ってみたいところがあって」
美雪はそう言うと、スマホの画面を見せる。
「こちらなのですが……」
見せられた店の地図と店名が表示されているそれを見て、和樹と白雪は思わず顔を見合せた。
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ファッションショーのシーンは逃げました……頑張ってみたけど無理だった(ぱた)
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