第一部 十二章 新しい季節

第84話 新学期

「……以上をもちまして、新入生の皆様への歓迎の言葉とさせていただきます。三年A組、生徒会長、玖条白雪」


 壇上で白雪はそう結ぶと、一歩下がって一礼し、舞台袖に移動した。

 会場から完全に見えなくなってから、ふぅ、と一息つく。


「お疲れ様、姫様」

「素敵な言葉でしたよ、会長」


 雪奈と、入学式の補佐をしてくれている補佐委員の言葉に、少しだけ緊張がほぐれた気がした。


 四月。

 白雪達は三年生に進級し、そして新たに新入生二百八十人が入学した。

 昨今の温暖化が原因か、すでに桜はことごとく散って、緑の葉をつけ始めているような季節ではあるが、これは今更というか。

 白雪たちにとっては、桜の花は新年度の始まりを告げるというより、年度終わりを告げるイメージの方が強い。


 その新しい始まりとなる新入生を迎える入学式で、在校生代表として歓迎の式辞を述べるのが、新年度の生徒会長最初の仕事というわけだ。

 当然、去年は征人が務めている。


「去年の入学式では女子生徒の顔が蕩けてたけど、今年は男子生徒が見惚れてたねぇ。二年連続美男美女の会長だから仕方ないけど」

「いや、さすがにそういうことはないのでは……後ろの方の人は、顔なんてよく見えないでしょう」


 白雪は視力はかなりいいという自信があるが、それでも壇上の人の顔を完全に識別するのは、かなり前方でなければ難しいと思う。


「いやいや、何言ってんの。雰囲気でそういうのってわかるもんです、姫様」


 横で補佐委員の子も頷いている。


「今年の補佐委員は今度は男子ばかりかもね~」

「去年も思ったんですけど、これ問題がある気がしますね……」


 聖華高校の生徒会は会長、副会長、書記、会計監査の四人しかいない。

 会計がいなくて会計監査だけなのは、実際に会計業務をやる立場、つまり予算計画を立てて実際にお金の収支を計算するのは各種委員会が行い、それを監査するのが生徒会だからである。

 無論生徒会自身にも予算はあるが、それらの編成権限は会長と副会長に一任されている。


 しかしいくら各種委員会がイベントを回すと言っても、そのすべてを四人だけでは生徒会の仕事は回せない。それに、生徒会主催の生徒総会が五月の連休明けにあるが、これは委員会が設置されない。

 それらを補佐するために、二年生の各クラスから一人ずつ、生徒会補佐委員が選出される。

 問題はその選出時期だ。


 委員の選出は四月の中旬に行われる。去年の補佐委員最後の仕事は、この入学式と、それに続くオリエンテーション、そして連休明けの生徒総会までだ。それで任期が終わり、次の補佐委員に引継ぎされる。

 補佐委員にとっては、生徒総会が引継ぎのイベントとなるのだ。


 一方、聖華高校の生徒会は、会長だけが選出され、他の三人は会長が指名する仕組みだが、その会長の選出が行われるのは五月下旬。

 そのため、四月時点での生徒会長を見て、補佐委員になるかどうかを決めるしかないが、就任後一ヶ月で生徒会長が替わってしまうのである。


 そして去年の生徒会長は、西恩寺征人。名門西恩寺家の御曹司で、眉目秀麗、スポーツ万能、当然勉学も優秀と、文武両道の王子様をまさに体現したような人物だった。

 そのため、補佐委員は何と全員が女性という偏った構成だったのだ。

 今にして思うが、補佐委員も含めた生徒会関係者合計十四人の中で、唯一の男性だった俊夫は、本当にすごい気がする。

 今考えても、よく引き受けてくれたものである。


 そして去年の例に倣うなら、今年の補佐委員はことごとく男性になるのではないかと思われるが、もし次の生徒会長が女性だと、それはそれで微妙ではと思えてしまうが――。


「大丈夫じゃないかなぁ。姫様、下級生の女子にも人気あるから」


 それはそれで微妙な気分になる評価ではあるが。


 それに、次の生徒会長は確実に投票で決定される。

 慣例である副会長も三年生である俊夫で、白雪は二年生のことはあまりよく知らない。なので、会長指名もできない。

 無論、何人か候補はいなくもないが、決定打にかける。

 それなら、投票でやる気がある人がなる方がいいだろう。

 そういう意味では、補佐委員もそのあたりを睨んで就任する人もいるかもしれない。

 現状、下手な発言をすると会長選出に影響を与えかねないので、白雪は口をつぐんでいる。


「とりあえず、あとはオリエンテーションですね。あとわずかですが、頑張っていきましょう」


 はい、と補佐委員たちが元気よく応じる。

 彼女らと一緒に仕事をしてほぼ一年。

 手探りながらここまでやり通せていることに、白雪は少なからぬ満足感を感じていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 最低限の打ち合わせだけ終わると、さすがに今日は終了となる。

 今日登校しているのは、基本的に在校生では生徒会関係者他、入学式の手伝いに駆り出されたごく一部の生徒のみ。

 入学式も十時半ごろには終わってしまったので、いくつか確認を終えたらすぐ解散となる。

 十一時過ぎには下校時刻だ。

 一年生はまだ色々説明などをされるので残っているが、白雪たち在校生はもう帰ってよくなる。

 お弁当も持ってきていないし、今日は購買部も開いてない――ちなみに今年から学生食堂が新設される――ため、白雪たちも帰ることになる。


「ね、姫様。今日って何か用事ある?」

「いえ……特にはないですが」


 今日に関しては和樹の家に行く用事もない。

 彼は今日から明日にかけて出張でいないからだ。

 いない間に上がり込むのはさすがに遠慮しているし、上がってもやることがないのでさすがに行く理由がない。

 一昨日までは春休みで、毎日上がり込んでは掃除などをしていたので、改めて掃除したりということも必要がないのだ。


 寂しいとは思うが、こればかりは仕方がない。

 なので、正直に言えば今日と明日は完全に空いている。

 無論、明日は普通に学校が始まるが、すぐ週末。

 和樹がお土産を買ってきてくれる――行ったのが北陸の方――と言ってたので、ちょっと楽しみではある。


「もうお昼だし、ちょっとだけ寄り道しない?」

「私は……構いませんが」

「もちろん私も行きます」


 佳織が当然のように追従した。

 結果、いつもの三人で学校の最寄り駅近くにあるショッピングモールに行くことになった。

 ここは、郊外にあるショッピングモールほど大規模ではないが、それでもそれなりの大きさで、店も多い。

 入ったのはチェーン店の喫茶店。

 結構しっかりした食事ができる店でもある。


 白雪たちはサンドウィッチやハンバーガーとコーヒーを注文した。


「いくらか、他校の生徒もいらっしゃいましたね」

「どこも今日が入学式だろうからねぇ。要するに私達みたいに入学式で駆り出された生徒もいるだろうし、あるいは在校生が全員出席する学校もあるって」

「私が言うのもなんですが、在校生は退屈でしょうね……」

「姫様の演説は一見の価値ありだと思いますけど、校長先生の話はともかく、教頭先生の校則の話とかは今更ですしね」


 佳織の言葉に、白雪も雪奈も頷く。

 聖華高校の校長先生は、『学生が面白いと思う話しかしない』と言われているほど、話が面白い。そして同じ話を絶対にしない。

 一度は落語家を目指していたという噂すらある人だ。


 白雪はさすがにそんな技術はないので、オーソドックスな挨拶ではあるが、その分短くまとめたつもりだ。

 ただ、その後の教頭先生の学校生活の指導の話などは、在校生には退屈なものでしかないだろう。


 聖華高校はかなり歴史が古く、しかもかつては良家の子女を集めていた学校だけあって、過去には他校にはない校則がいくつもあったらしい。

 長い時間をかけて――来月頭の生徒総会でもいくつか議題があるが――今風にしてきている部分はあれど、未だに時代錯誤な規則がいくつか残っている。

 意外にも男女交際の禁止などはすでに撤廃されているが、制服の細かい規定はその一つだ。特に女子のスカート丈などは、明らかに今風ではないだろう。

 ちなみに今三人が学校帰りに寄り道をしているわけだが、これも当初認められておらず、撤廃されたのは十八年前である。ちなみに成し遂げたのは他ならぬ白雪の母、北上雪恵である。


 制服のスカート丈については毎年議案には上がるのだが、意外にも総会で否決されることも少なくないらしい。この制約があるから逆に選んでいる生徒もいるという事だろう。

 ちなみに今年も議案には上がっているが、否決される見通しだ。


「ところでさ、姫様。あの花見の後、美幸さんとは話したの?」

「え? ああ、はい。まあその、色々と」

「どんな話を?」

「別に普通ですよ。まあそういう意味では……お二人にしてる話をちゃんと最初から説明したりはしましたが」


 完全に嘘である。

 確かに最初に和樹がそういう話をしたらしいが、美幸はほぼ最初から白雪の気持ちを看破して来たし、不意打ちだったので白雪も隠せなかった。

 ただ、彼女の気持ちは嬉しいが、こればかりはどうにもならないことである。

 理由は説明できなかったが、美幸も無理にそこを聞き出しはしてこなかった。


 結局あの夜は和樹の家に泊まることになったが、その後はむしろ和樹や美幸の昔の話を色々聞かせてもらったので、それはそれで楽しかったが――。

 それで分かってしまったこともある。


 美幸の話でも、なぜ月下家がこっちに一時的に引っ越してきたのかが、全く語られなかった。

 おそらくそれが、和樹の言う『余計な事』なのだろう。

 とても気にはなるが、かといって他人である白雪が首を突っ込む話ではないのは明らかだ。


 それはそれとして、和樹の小学校時代――これは美幸が幼いこともあってやや曖昧だったが――や中学、高校時代の話は楽しかった。

 その流れで、白雪も結局両親がすでに他界していることや、事情があって今は一人暮らしをしてることなどは話してしまっている。

 和樹の妹だからなのか、和樹が知っていることは話してもいいかと思ってしまったところはある。


 むしろ緊張したのは翌朝。

 まだ空が明るくなり始めたくらいに美幸に起こされて、和樹の寝てるところを見てみたくないかと問われ、一瞬で頷いてしまったのは、赤面するしかないが。


 ところが、これを見越していたのか、なんと和樹の寝室の鍵がかかっており、つまり思いっきり音が鳴ってしまい、結果として和樹の寝顔を見ることは失敗してしまった。


 ちなみに和樹は白雪が一緒だったのにやや呆れ気味で、白雪も恥ずかしくて顔が真っ赤になっていたが、考えてみたらその前日に寝顔を見たいとか言ってしまっていた気がする。


「あとはまあ、昔の話を色々教えてもらいました」

「月下さんの?」

「ですね」

「それは姫様独り占めはずるいなぁ。面白そう」

「ダメです。せっかくなので独り占めします」

「あ、それはズルい」

「雪奈ちゃん、そこは我慢しましょう。姫様も好きな男性のことを知って嬉しいんですから」

「佳織さん!?」

「まあまあ。好きなのは事実でしょ? 恋人としてとかはともかく、さ」

「う……ま、まあそうですけど」


 多分顔が赤い。

 分かっていても、白雪はそれを抑えることはできなかった。

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