第85話 卒業後の道
四月下旬に入った。
新入生が少しずつ学校に慣れ、新二年生は上級生になったことを少しずつ自覚する。
そして三年生は、残り一年となった高校生活の終わりと、これから始まる受験という関門の存在を間近に実感するようになってくる。
とはいえ、すべてを受験に傾けるようなことはできるはずもなく。
学校生活も営む必要があるわけだが、その一環である委員会の選出が各クラスで終わり、補佐委員も全員選出された。
「男女入り交じりになったねぇ、今年は」
「男子は姫様狙いって子もいるだろうけど……あとは、生徒会長に立候補するつもりの子もいるみたいだね」
補佐委員をやっていても、会長に立候補することはできる。
また、過去に補佐委員から会長推薦を受けた例もあるらしい。
「そこは働きぶりを見てから……と言いたいですが」
補佐委員の名簿を見て、白雪は少し考え込む。
成績を含めて優秀と思える生徒が何人かいる。
ただ、自分は置いておくとしても、征人の様に際立ったリーダーシップがあると言える生徒は、さすがにいない。征人を比較対象にするのは間違いだと思うが。
自分が果たして生徒会長に適していたかは――自覚はないが多分適していたのだろう。洛央院との交流会の際の、孝之の評価もある。
とりあえず、あと半月あまりと迫った生徒総会が、実質現生徒会最後の大仕事だ。
と言っても一般的な生徒総会とは少し異なる。どちらかというと、一年間の総括に近い。実績の報告が主だ。
そして新しい議題を提起するかを決を採る。
ただし提起するだけで、それを実際にどのように学校側に
何しろ総会後半月で新しい会長が選出されるのだ。いわば、新しい生徒会への課題を総会であぶりだす形だ。
ちなみに去年はほとんど議題提起がなく――毎年陳情があるマラソン大会の中止を別にして――白雪としては楽ではあった。
ちなみに今年は、マラソン距離の短縮に切り替えて提案する予定だ。
中止は無理でも、ということだろう。
あとはここ最近提出されている制服デザイン変更だが、こっちは望み薄だろう。
女子の制服のスカート丈を、今時っぽく短くしたいという要望は一部から出ているが、そもそもその制約を望んでこの学校に来ている生徒も実は少なくない。
こちらは否決される見通しだ。ちなみにこの議案に男子の投票権はない。
あとは姉妹校との交流会の実施項目など。
それ以外は、細かい学校施設の運用方法の変更がいくつか。
議題は予め生徒全員に提示されているが、決はその場でとられる。
ちなみに挙手制ではなく、何と今年はスマホから投票する。
そのシステムは俊夫が作り上げたのだから驚きだ。
元々学校専用のSNSがあったが、そこに生徒だけが利用できるアンケートシステムの様なものを構築したらしい。
生徒総会が終われば、現生徒会の任期は実質終わる。
最後の体育祭の引継ぎのための資料作りは今からやっているが、去年までの蓄積があるのでそれほど大変ではない。
引継ぎ資料は代々受け継がれていたものらしく、中には数十年前の記載がそのままというのもあるらしい。もしかしたら、どこかに母の記述もあるかもしれないが。
「姫様が会長になってどうなるかって思ったけど、あっという間だった気もするね」
「ですね。でも、とても充実してたと思います。私ずっと帰宅部でしたし」
「唐木君と少しは仲良くなれたし?」
その直後、佳織の顔が一瞬で真っ赤になる。
またいつものやり取りが発生するかと思いきや――。
「……き、近所だから話す機会、増えて都合、は、いい、の、で」
いつもと違う反応だった。
あるいは、春休みに何かあったのだろうか。
ちなみに、俊夫は今は生徒会の仕事でこの場にはいない。
さすがの雪奈も二人が一緒に居る時に
なぜか、少しだけ嬉しくなってくる。
当面は、来月の連休明けの生徒総会だ。
去年のは一参加者でしかなかったので、あまりよく覚えていないが、経験者である俊夫がいてくれるのが本当にありがたい。
もっとも彼に言わせれば、文化祭が一番大変だったらしい。
あまり総会で揉めることがないからだろうが。
「総会終わったら引継ぎも本格化するねぇ。そして私たちは受験かぁ」
「そうですね……」
白雪としては、そもそも進学させてくれるのかという問題がある。
先日、伯父である貫之の執事から、絞り込まれた婚約者候補のリストが送られてきた。
意外だったのは、征人が外されていたことだ。最有力候補の一人だと思っていたのだが、何があったのか分からない。さすがに、連絡先を交換してはいないので――生徒会関連は学校用のSNSで連絡を取れば十分だった――確認することもできない。
もっとも、もし伯父が白雪を卒業後すぐに結婚させようと考えているとすれば、まだ学生である征人が外されるのは当然かもしれない。
(せめて、そこまで
そう考えてから、許容できる年齢を考えて――すぐ八年、という数字が頭に浮かぶ。
その数字の根拠は――考えるまでもないだろう。
せめて学生であるうちはまだ抵抗できると思いたい。
それでも、高校を卒業と同時に玖条家に連れ戻されることはほぼ確実。せめてもの抵抗で、こちらの大学を受験するつもりだが、効果があるかは分からない。
「そういえば、姫様ってどういう方面行くの?」
「まだちょっと迷ってます。多分文系方面ですが、法律や経済とかではないと思います。あと、情報系も興味もありますし」
俊夫ほどではないが、和樹が教えてくれたのもあって白雪にとっては今では得意科目の一つだ。
情報系は文系でも理系でも進路の選択があり、人工知能の開発などは少し興味がある。
「じゃ、文学部とか情報工学部? 文学部はイメージ通りって感じだけど、情報は……月下さんの影響?」
「ひ、否定はしませんが……せっかくずっと教えていただいてますし、私自身も興味がありますからね。雪奈さんは?」
「私は……笑わないでね。体育の先生、なってみたくて」
「それは、とてもいい目標では」
運動神経の良い雪奈なら、とても合っている目標だと思えた。
雪奈は面倒見もよくて、水泳部の後輩からも慕われている。
きっといい先生になりそうだ。
「佳織さんは目標とかあるんですか?」
「え。えーと、私は……その……私も学校の先生、やってみたいなと」
「教育学部?」
「はい。小学校の先生」
白雪は雪奈と二人、顔を見合わせて頷いた。
佳織なら、とてもいい先生になる気がする。
「そういえば唐木君は……聞くまでもないか」
「俊夫は、情報工学行く気満々でしたよ。それに絞って大学を探してるみたいでしたし」
「いずれにしても、卒業後の進路はみんな違うね……やっぱり」
「それは仕方ないでしょう」
「でも、進学してからも時々は会いたいですね」
佳織の言葉に、白雪は一瞬暗鬱たる気分になりそうになる。
ほぼ確実に京都に連れ戻される白雪が、彼女たちに会える可能性はおそらく低い。
というか、会わせてもらえなくなる可能性すらある。
「姫様?」
「あ、いえ、ちょっと先は分からないな、と不安で。まずは合格しないとですし、ね」
「姫様がそれで不安感じてたら、私とか不安しかないんだけど」
「でも、まずは半月後の生徒総会ですね」
「はい。私達の最後の仕事ですし、頑張りましょう」
今ここで気持ちを静めて、暗い気持ちで一年を過ごしたところで何もいいことはない。
まずは、この最後の一年を、できるだけ楽しい思い出と共に過ごす。
あらためて白雪は、そう、心に誓うのだった。
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