第86話 送られてきた危険物

 四月下旬、いわゆる、黄金週間ゴールデンウィークと呼ばれる連休の時期に入った。

 今年の黄金週間ゴールデンウィークは少し微妙な配置で、四月二十九日は土曜日に被ってしまい、実質意味がない。

 ただ、五月は五連休になるので、少し長めの休みとなる。


 連休明けに生徒総会があるとはいえ、その準備はもう完全に終わっている。

 連休はやることはない――というか受験生らしく勉強して過ごすべきなのだろうが、さすがにまだ半年以上先の受験のために詰め込みをする気にはなれず、結局白雪はいつも通りに過ごしていた。


 つまり、和樹の家に入り浸るわけだが。


 ちなみに和樹に連休の予定を確認したところ、予定が一つだけある――これは白雪も関係しているので把握してた――以外は、休みは混むから出かけないため、基本家にいる予定とのこと。

 ちなみに気になったので聞いたところ、美幸は里帰りしているらしい。

 そういえば去年、この連休にショッピングモールで和樹や誠、朱里達と遭遇したことで、雪奈たちに関係が知られたんだっけ、と思い出した。


 あれから一年しか経ってないことに、今更ながら少し驚く。

 それだけ、濃い一年を過ごしていたのだろう。

 残り一年未満。

 もっとたくさんの思い出を作って、将来の糧にしなければならない。


「お邪魔します」


 最近では和樹の家のインターホンを鳴らしても、和樹が開けるのを待たなくなった。

 もちろん、事前に在宅していることは確認している。

 時刻は十一時。

 今日は実質はごく普通の土曜日ではあるが、一応、連休週間の初日だ。


「いらっしゃい……っていっても特に何もないんだが」

「お構いなく。お昼ご飯からご一緒したいだけです。あと、今日はなんか夜が冷え込むらしいので、少し季節ズレですがシチューにしようかと思いまして」


 持ってきたエコバッグを掲げる。


「それは楽しみにしておくよ。どうする?」

「お昼前に、休み中の課題を先に片づけます。お昼後はちょっとゲームとか」


 課題は自宅で済ませて来ればいいだろうというのは誰もが思うだろうが、すでに和樹も何も言わなくなっている。

 実際、家で一人でやっている時より、この家でやる方が捗るのだ。

 理由は言わずもがなだが。


 家に入って、手洗いだけ済ませると、ダイニングテーブルでテキストを広げた。

 和樹はパソコン画面を見て、何かをしている。

 普段の仕事ではなく、副業的な何かだろう。

 最近になって教えてもらったが、いくつか不動産管理を請け負ってるらしく、それらの処理をしているのだろう。


(何気に資産家ですよね……美幸さんから聞いた通りですが)


 春の花見の後に泊まった際、和樹の家のことは多少聞くことができた。

 どうやら和樹は父親から不動産のいくつかを管理することを条件に譲り受けていて、その収入もあるらしい。

 ちなみに美幸はそういうのがとても苦手なのでやらせてもらえないと言っていたが、そもそも学生がそういうことは出来ないだろうと思う。


(いけない。さっさと終わらせませんと)


 今日やる分と決めてるところまで終わらせないと、すっきりと午後から一緒に過ごせなくなってしまう。

 課題に集中してテキストにペンを走らせていること数十分。あとは見直し、という時間に、スマホが何かの着信を報せてきた。


(雪奈さんか佳織さんでしょうか……?)


 明日は三人でカラオケに行く約束をしているから、その確認だろうかと思ったが、通知のポップアップに出た名前は『美幸さん』とあった。


(そういえばアカウント交換しましたよね)


 お泊りの際に交換したっきり、一度も連絡は来なかったので、これが最初ということになるが。

 何だろうと思ったら、そのまま立て続けにメッセージの着信があった。

 テーブルの上に置きっぱなしのスマホが、ブルブルと振動して少し音が響く。


「白雪? 電話か?」

「あ、いえ、すみません。メッセージ着信みたいです」


 メッセージは合計でなんと十五通。

 そのせいで着信があったように、連続的にバイブレーションしたようだ。

 和樹は「そうか」とだけいうとまたパソコンに向かう。

 気を散らせたのだろうかと思い、悪かったと思いつつ、メッセージを開くと――。


『こないだ約束した写真送るね。枚数多いから厳選だけど。そのうち直接見に来てほしいな』


 そういうメッセージがあって、スクロールさせると――。


「え?」


 思わず声が出た。

 写真が添付されていたのだが、そこに移っていたのは学ランを来た少年の姿。

 ただ、明らかに面影がある。

 和樹だ。間違いない。


「どうした、白雪」

「あ、いえいえ。なんでもないです」


 顔に出ないように必死に頑張った。


(か、可愛い……)


 コメントが添えられていて、中学入学の時、とある。

 隣に立っている女性は、おそらく和樹の母親か。

 どことなく美幸と似ている気がするので、間違いないだろう。

 その横に立つ和樹と思われる少年は、直立の姿勢で緊張したような表情だ。


(ホントに昔は背が低かったんですね)


 その写真の和樹は、隣に立つ女性よりさらに低い。

 身長は推測しかできないが、そこに写ってるのは入学式の看板と、校門。

 校門の大きさから推測するに、おそらくこの和樹の身長は百四十ほどだ。

 今の朱里よりさらに低い。

 顔立ちもどこか幼いし、少しふっくらしてる気すらする。


 次のメッセージを見ると、今度は制服ではないが、フォーマルな格好をした和樹で、先の写真とほぼ同じ時期だろうと思ったら『小学校の卒業式』とコメントが添えられていた。

 びしっとしたブレザーで、これはこれでよく似合っている。


 その後も写真が何枚もあるが、だんだん時間が戻っていくらしい。

 ちなみに時々脇に小さな子供が写っているが、これは多分美幸だろう。

 年齢差は六年もあるから、一緒に学校に行ったことはないはずだが、何枚かの写真は美幸を気遣うように手を添えているあたり、子供のころから優しかったのだろうと思えた。


 十四枚目の写真は紋付き袴。コメントには『七五三』とある。

 ここまでくるとさすがに今の面影はあまりないが、とても可愛いと思えてしまう。

 そして最後は――。


「あ……」


 時間を遡ってきていたので、最後は赤ん坊の写真が来るのかと思ったが、違った。

 学ランではなく、ブレザーの制服を着た和樹の姿で、もう今の面影が明確にあるというか、今と顔つきはそう変わらない。ただ幾分若く見えるのは、学生服のせいか。

 コメントには『高校卒業』とあった。

 つまり、今の白雪とほぼ同じ時の和樹の姿だ。


(制服着てる和樹さんって……なんかとても新鮮です)


 それも、自分とほぼ同年代。

 もし彼が同じ高校にいたら――果たしてどうだったのだろうと思わず想像してしまう。

 今のように彼を好きになっていたのか、それは分からない。

 別に、和樹の容姿に惹かれたわけではない。

 父親のようだと思ったのが多分きっかけだったはずだ。


 にもかかわらず――なぜか、きっと同じように好きになっていた気がしてしまう。

 同時に、この気持ちが報われないことを――やはり苦しんだのだろう。


 あらためて、自分の両親が本当に凄いと思えた。

 同じ年齢で、高校生という、まだ無力な存在であるにも関わらず、お互い以外の全てを投げ捨ててでも共にあろうとした。

 それと同じ気持ちが今の白雪にあるかと言えば――分からない。

 そうできればとは思っても、それだけの決断はできるとは思えない。


 それは、和樹が自分をどう思っているのかについて、確信がないからでもある。

 だがそれを確かめることは、絶対にできない。

 そうすれば、どうやっても彼に迷惑がかかることは明らかだからだ。


「……白雪、さっきからなんか百面相やってるが、なんかあったのか?」

「え?」


 いつの間にか、和樹がすぐ近くにいた。

 スマホの画面に集中していて、気付かなかったらしい。


「あ、いえ、その、別に……あっ」


 思わず焦って、手元のスマホがテーブルの上に落ちる。

 写っているのは、高校の制服を着た和樹。


「……待て。なんでその写真が白雪のスマホに?」


 さーっと血の気が引いた気がした。

 落ちた衝撃か、画面がゆっくりとスクロールされ、最後のメッセージが表示されていく。


『あ、兄さんには写真送ったことは黙っててね。バレたら私がヤバイから』


 思わず白雪は、心の中で美幸に詫びずにはいられなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夕食も終わって、白雪は家に戻ってきていた。

 ちなみに、スマホに送られてきた写真は、今も保存されている。


 あの後、消せという和樹の頼みを白雪は全力で拒否した。

 別に恥ずかしい写真が送られてきているわけではなかったし、いかがわしいものでもない。

 もっとも、そんなの関係なく恥ずかしいのは――よくわかるが。


 和樹も無理矢理消すということはせず、結局最後は折れてくれた。

 もっとも後に、美幸がどうなるかまでは分からないが。


 そのどさくさに、ついでに一緒の写真が欲しいと言って無理に撮らせてもらえたのが、実は一番の収穫かも知れない。

 実はこれまで、二人だけで一緒に写った写真は、一枚もなかったのだ。


 あとで必要ですかと聞いたら、どちらでもいいと言われたが――。


「……これは、送れませんね……」


 自撮り棒などはもちろんないので、リビングテーブルの上にスマホを固定して、それで撮影した。

 そしてその、自分の顔は誰がどう見ても――。


 和樹に恋焦がれていると分かる表情だった。

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