第87話 新たな出会い

 黄金週間ゴールデンウイーク後半の連休二日目の木曜日。

 和樹は白雪を伴って、電車で移動していた。

 これ自体は、元々予定のあった話である。


 連休の様な人が多い時期に出かけるのはしたくないという和樹だが、さすがに招待されれば、事情がない限りは実際には断ることはあまりない。


「しかしなんだろうな。白雪も連れて来いというのは」


 今回の企画者は、珍しいが友哉だ。

 集まるのは、郊外にあるグランピング施設。

 連休なので集まろうというのはいつものことだが、それにしては少し珍しい場所と主催者だ。

 白雪たち高校生組は受験生ではあるが、まだ半年以上先ではあるので、受験前に労おうという意図もあるらしい。


 今日の白雪の格好は、アウトドアであることを意識して、厚手の綿生地のブラウスに、下はソフトジーンズと、少し珍しい出で立ちであるが、よく似合っていた。

 和樹はいつも通りである。


「雪奈さんも呼ばれてると聞いてるので、それで私にも声がかかったのかと」

「ああ、確かにありそうだ」


 友哉と、朱里の実家である津崎家は、それなりに親交があるという。

 和樹は大学に入ってからの付き合いだが、友哉と雪奈も顔見知りだったらしいし、中学の頃からの付き合いだというから、幼馴染と言っていいだろう。


 とはいえ、雪奈も呼んでいるのなら、後のメンバーは誠と朱里。年齢の近い白雪に声をかけたのはそれほど不自然ではない。

 ちなみに白雪によると、佳織にも声はかかったらしいのだが、彼女は父方の田舎に行く予定がすでにあったらしく、とても残念がっていた。


 この予定自体も、四月下旬になって急遽に決まったものだったので、そこは仕方なかったのだろう。

 なんでも、ダメ元でキャンセル待ちしていたのが空いたらしい。

 ふと隣を見ると、白雪がなにやらソワソワしている。

 この話を聞いた時から、白雪は妙にテンションが高めだ。


「そんなに楽しみなのか?」

「はい。私、キャンプって初めてなのですごく楽しみなんです」

「なるほどな。ただ、キャンプと言ってもグランピングだからな。テント張ったりとかはないぞ」


 そもそも宿泊ではなく日帰りのコースだ。

 和樹のいた小学校では、夏休みに選択コースでキャンプをやるというのがあって、和樹も体験しているが、あれと一緒にはできないだろう。

 それでも、楽しみだというのは分からなくはない。


 途中、電車で鉢合わせるかと思ったが、さすがにそういうことはなかったようで、そのまま最寄り駅まで到着した。

 だいぶ山間に入っているが、施設自体はさらにこの先。

 とりあえずこの駅までくればいいと言われてはいたが――。


「おう、時間通りだな、和樹」


 現れたのは誠だ。

 すぐ横に彼の車がある。


「車で来てたのか」

「ああ。なので、俺は今日は酒は封印だ。残念ながらな」

「友哉とかは?」

「もう着いてる」


 とりあえず誠の車に乗り込む。

 舗装はしっかりされているものの、かなり曲がりくねった山道を進んで、十分ほどで到着した。


「多少肌寒いくらいだな」

「千メートルとまではいかないが、多少標高あるからな」

「白雪は大丈夫か?」

「あ、はい。そこまで寒くはないですし、一応上着を持ってきてもいます」


 手荷物はなしでいいと言われてるので、一応の上着等以外は財布やスマホ、それに念のためのエコバッグくらいしか持ってきてはいない。

 誠が車を駐車場に入れるのを待って、案内されるままについていくと、白い大きなテントが見えた。


「あ、姫様ーっ。こっちこっち」


 雪奈が見えて、白雪が一度和樹を見る。

 小さく頷くと、白雪は雪奈の方に駆けだしていった。


「この時期に遊ぶってのは学生時代はやってたが……なんか豪勢だな、今回は」

「まあ、やっと全員ちゃんと社会人になったからな。ほら、こないだまで友哉は学生というか社会人というか、微妙な立ち位置だったからな」

「まあそうだが……」

「それに今回は、友哉から報せたいことがあるらしい。で、俺らにもある」

「?」


 悪いは話ではなさそうだが、内容は見当がつかない。

 大きなテントに到着すると、すでにその前にあるバーベキュー設備の近くには食材が並んでいた。


「……まさか白雪を呼んだのは、食事をアテにしたわけじゃないよな」

「それはさすがにない。というか味付けとかも全部終わってて、あとは自分達で焼くだけのサービスだからな」

「ただ焼くだけでも経験の差ってあるんだぞ……」

「そこはむしろお前の方が得意分野だろう」

「それはまあ……そうだが」


 長野の田舎育ちの上、両親が好きだったこともあって、こういうバーベキューをことあるごとに近所の人も集めてやっていることが多かった。

 そのため、和樹もバーベキューに関してはかなり慣れているし、学生時代、いつもの四人でキャンプに行った時にはその技術を披露している。


 人数はいつもの四人に加えて白雪と雪奈の六人――と思ったら、見たことがない人物がもう一人いるのに気が付いた。


 白雪ほどではないが、かなり長い黒髪の女性だ。

 背は、白雪とそう変わらない。少し低いくらいか。

 顔立ちは非常に整っていると思えるが、白雪が最近大人びてきている印象もあって、それに比べるとやや幼く見える。年齢的には白雪と同年代か、もう少し下か。


「彼女は……?」

「ああ、彼女が今回の目的の一つだ。まあ、友哉から話があるから」

「お、和樹も来たか。とりあえず準備は始めてるが……紹介する。ああ、玖条さんも一緒に」


 言われて、白雪が和樹の横に立つ。

 先ほどの少女は友哉の横に立つと、人見知りなのか、少し自信なさげにしていたが、友哉が肩に手を置くと、小さく頷いて、こちらに向き直って頭を下げた。


「紹介する。この子は弓家ゆげ沙月さつき。沙月、こっちはこないだ話した月下和樹と、雪奈ちゃんの友人の玖条白雪さん」

「初めまして。弓家沙月と申します。滝川友哉さんの、婚約者です」


 そういって頭を下げる所作は、白雪に匹敵するほどに美しいものだった――が。

 和樹はそれに感嘆するよりも、まず言われた話が頭に入ってこなかった。

 隣の白雪も同じようで、返事をするのも忘れてぽかんとしてしまっている。


「え?」

「やっぱ和樹にも話してなかったよな。話してたつもりだったんだが。今の話の通りだ。俺の婚約者。ちゃんと話したことがないって言われたから、これを機会にな」


 確かに聞いたことは全くない。

 驚いて誠の方を振り返る。


「俺も会ったのは今日が初めてだ。ただ、中学時代から話だけは聞いてたな」


 思わずぽかんとしてしまった。


「元々は親同士が決めた話だったんだが……まあ、なんかずっとそういう感じでいて、沙月はずっとそういうつもりだってことでな。俺にとっては妹みたいな感じだったんだが」

「い、いや、何歳だよ、彼女」


 どう見ても高校生、下手すると中学生にすら見えるが。


「何を考えてるか分かる気はするが、彼女、今年でもう二十歳になるぞ」

「え」


 自分が大変失礼な勘違いをしてたと指摘され、和樹は思わず動揺してしまった。

 まさか白雪より年上、というか美幸と同じ年だとは思いもしなかった。


「も、申し訳ない……」

「いえ、気にしないでください。私もよく、幼く見られてしまいますので」


 ちなみに和樹の横で白雪も少し驚いた顔をしている。

 少なくとも、年上だとは思っていなかったに違いない。


「いや、本当に失礼しました。改めまして、月下和樹です。よろしくお願いします」

「玖条白雪です。よろしくお願いします」


 どうやら本当に気分を害したということはなさそうで、沙月はにっこりと笑って会釈する。その表情は、確かに高校生とは違う気がした。


「しかし……友哉に婚約者がいたとはな」

「さっきも言った通り、親同士が決めた話だったからな。正直俺も、年齢としが離れて過ぎてないかと思ったことはあるんだが」


 今年二十歳になるということは、年齢差は六年というところか。ただ、それなら和樹の両親だってその差だし、それほど気にすることはないとは思うが、それは今だからではあるだろう。


「大学くらいまでは、正直許嫁とか言われてもピンとこなかったんだがな。大学三年の正月に久しぶりに会ったら、沙月が、本気で俺と結婚するつもりだっていきなり本人から言われて、それでどうするか真面目に考えたわけだが」

「お前が大学時代に女性から声かけられたのを全スルーしてたのは、彼女の存在もあったのか」

「否定はしない。まあ、正直いちいち付き合うとか面倒だと思ってたから、理由付け程度のつもりだったんだが……」


 すると、横にいる沙月が少しむくれたようになる。


「酷いです、友哉さん。私はずーっと友哉さんのこと好きだったんですから」

「それは聞いたが、普通許嫁だと言われてすんなり納得するやつなんて今時いないだろうと思ったのは、仕方ないだろう」

「ちなみに聞くが、いつから決まってたんだ?」

「私が生まれた時からです」


 さらっと沙月が答え、和樹はもちろん、白雪も唖然としてしまった。


「まあ、酒の席の冗談みたいなもんだと俺も思ってたんだが。滝川家と弓家家は昔から付き合いがあって、少し離れた親戚という感じなんだが、それで弓家のじぃさまが『女の子が生まれたら嫁がせる』と決めてたらしい」


 なんとも時代錯誤な話であるが、田舎の方にはまだそういうのもあるのだろう。

 和樹の実家はそういうのはないが、昔の近くに住んでいた人達の中には、そういう親戚付き合いがあるというのは聞いたこともあった。

 白雪の家も、その類がないとは思えない。


「だから私は物心ついた時から、この方の妻になると思って過ごしてたのに、友哉さん、こちらに引っ越してから全然会ってくれなくなって、寂しかったんです」


 友哉がこっちに引っ越してきたのは中学の時だと聞いている。

 つまり当時、沙月はまだ小学校になったくらい。

 ある意味ではすごい一途な気がする。


「なんていうか……すごいですね」


 ようやく立ち直ったのか、白雪がぽつりとつぶやいた。

 和樹もそれに同意する。


「まあそんなわけで、和樹にもちゃんと紹介しておこうと思ったわけだ」

「そのためにこれか?」

「ああ。まあそれだけのはずだったんだが、もう一つあることになった。俺もさっき聞いたが……」

「さらに私達から重大発表がありますっ」


 いつの間に現れたのか、朱里と誠が並んで近付いてきていた。

 そのすぐ後ろに雪奈もいて、白雪に手を振っている。

 なぜか朱里がドヤ顔でふんぞり返っているが、内容が全く分からない。


 白雪と二人、なんだろう、と顔を見合わせてしまったが――。

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