第88話 未来の可能性
手を腰にあてた朱里が、なぜか嬉しそうに笑う。
「ふっふっふ。というわけで祝いたまえ」
「だから何をだ」
「予定日は一月です」
「は?」
いきなり何を、と考えてから、『予定日』という単語ですぐに連想されるものがある。というか、それしかない。
「……マジか」
「うん。まだ性別も分かんないけどね」
誠の方を見ると、嬉しそうに頷いた。
「朱里さん、誠さん、おめでとうございます」
「ありがとー、白雪ちゃん。ちなみに
「そのうち、とは思ってたが……そうか、おめでとう、誠、朱里」
「おう、ありがとうな」
女性陣が朱里の元に集う。
一方和樹と友哉は誠のところに集まった。
「俺もついさっき聞いたとこだ。今回の主役の座をあっさり取られたよ。おめでとう、誠」
「そうか。ということは来年には誠は父親か」
「だな。子供ができたことは嬉しいんだが、『父親』とか言われても全然実感がないんだよな。自分の父親思い浮かべても、ああなれるかと言えば……自信がないというか」
「それ言ったら、俺だって結婚する予定ではあるが……夫になると言われても分からんからな」
友哉はそう言いながら、沙月の方を見る。
和樹も自然そちらを見ると、朱里を中心に白雪や沙月が楽しそうに話していた。
雪奈が「姫様それは言わないでーっ」となんか嘆いているが。
「ああ、それは俺も分かる。朱里と結婚して、家族になってから色々気付かされることは多かった。ま、だから少しずつ分かっていくというか、俺たちも成長していくんだろうさ」
「そういえば、婚約者ってことだが、友哉はいつ結婚するんだ?」
「来年の春の予定だ。準備はこれからだが」
その頃だと、順調にいけば誠と朱里の間には子供が誕生していることになりそうだ。
「あとは和樹だな」
「お前らみたいに昔からの相手がいるわけじゃない。俺みたいな仕事してたら、そんな相手はそうそう見つからない」
言われて、一瞬すぐ近くにいる白雪を考えなかったといえば、嘘になる。
年齢で否定しようと考えたが、それに関しては今回友哉と沙月の存在があるので、やや説得力がない。
だが、どう考えても白雪と自分では、本来住む世界が違う人間だ。
それに――。
「なんか一瞬で誰かを否定したようだが、ちゃんと話した方がいいとは思うけどな」
「うるせえ。お前は今後大変になる奥さんのサポートのことだけ考えろ」
「それはもう勉強中だ。ま、先達としてお前らに助言ができるようになってやるさ」
誠に関してはそういう方向では信頼している。
朱里と二人、きっといい家庭を作っていくのだろう。
「昔は大変だったらしいが、公務員は特にそういう制度がどんどん充実してきてるからな。その辺も利用してサポートする。俺の場合は近くにどちらの両親もいるから心強いってのはあるけどな」
「確かにな。俺も沙月の家は遠いが、俺の両親は……まあ電車の距離だ」
「そういえば、弓家さんってどこの……というか、友哉は元々どこの出身なんだ?」
中学進学時にこちらに引っ越してきたのは誠に聞いたが、友哉のそれ以前の話は聞いたことはない。
「ああ。静岡の方だ。弓家の家は今も兼業農家やってるしな。季節になるとみかんが山ほど送られてくる」
「中学時代から俺や朱里はおすそ分けされてたな。マジで美味しいんだよ」
そういえば、大学時代に何回かもらったことがあった。
親戚が送ってきたからと言っていたので、てっきり祖父母あたりがそういう産地の出身かと思ったが、そう言う事だったらしい。
「俺の家族は父親の仕事の都合でこっちに来たけど、あっちが地元みたいなもんだからな。俺はもう祖父母は母方の祖母以外はいずれも鬼籍に入っているが、あのあたり全体が親戚みたいなもので、時々両親はあっちに行ってたが……」
如何に友哉でも、思春期の中高生にとっては、許嫁がいると言われてる場所に行くのは気恥ずかしかったらしい。
その気持ちは分からなくもない。
まして、中学や高校の頃だと、まだ相手は小学生だ。
友哉が大学の頃でも、まだ中学生から高校生。
「まあ手紙はよく送られてきたんだが」
「手紙? メールとかSNS経由とかではなく?」
「ああ。なんか古風というかそういうところがある子でな。メールとかもなくはなかったんだが、基本手紙だ」
それはそれですごい気がした。
「ただ、俺が大学三年の正月に再会したら、本人はずっとその気だったと言われてな。正直何年も会ってないのにとは思ったが……。まあ、いい子なんだよ」
これはこれで惚気られているのだろうかと思えてきた。
誠を見ると、わずかに肩をすくめて見せる。
どうやら同じ感想らしい。
「今は専門学校に通ってる。今年度いっぱいだな。なので結婚はその後だ。沙月は高校卒業してすぐ、とか思ってたらしいが、俺がまだ司法修習生だったからな。それで待ってもらった。本人に就職して一人暮らしとかしないのかとは聞いてみたが、早く結婚したいと言われてしまって、さらにあっちの両親もうちの両親も、あと姉がめちゃくちゃ乗り気でな」
「そういえば一度も会ったことがなかったが、友哉、お姉さんいるんだよな」
「誠でも会ったことないのか?」
誠と友哉は中学時代からの友人だ。
姉がそう年齢が離れてるとは思えず、会ったことがないというのは意外だ。
「姉は大学は関西だったからな。就職もそのままあっちなんで、誠も会ったことはないんだよ。ちなみに年齢は俺らより三つ上。ただ、高校は、雪奈ちゃんや玖条さんと同じ聖華高校なんだが」
「そういえばそんな話があったな。しかし中学でも一度も会わなかったのか、誠も」
「中学の頃はそこまで頻繁に友哉の家には行ってないからな。よく行き来するようになったのは高校からだ」
前に聞いた話だと、中学の頃はお互い交友範囲が広かったようだから、逆にお互いの家に行くほどではなかったというところだろう。
「結婚はされてるのか?」
「男がいたという話は聞いたことがある気がするが……結婚の話はないな……」
自分達より三歳年上ということは、そろそろ三十路だ。
もっとも、この友哉の姉ならかなりの美人だろうし、なんとなくだが相当仕事ができる雰囲気を感じる。
「その姉が、沙月をえらい気に入っててな。俺は全然会ってなかったのに、何気に大学時代も就職してからも会いに行ってたらしい。沙月が全然会ってない間の俺のことを知ってたのも、姉経由だったらしいし」
ある意味姉に外堀を埋められていたという事か。
「ま、俺のことはいいとして。あとは和樹というわけだ」
「ほっとけ。余計なお世話だとさっきも言った」
「お前も意固地というか……まあそれが和樹らしいが」
「けど、お前なんか時々、俺たちに対してでも一線引くよな。朱里がたまに気にしてたぞ」
「あまり意識したことはないが……まあ、気にしないでくれ」
それが嘘だというのは、和樹自身が分かっていた。
どうしても、他人に対して最後まで踏み込むことに、和樹は恐怖感がある。それは、ある意味ではどうしようもないことで、それは白雪に対してですら同じだ。
だから、白雪に対してもかりそめの家族以上の関係は考えないようにしている。
もっとも、最近はその枠組を、白雪自身が壊そうとしているのではないかという気がしているが。
「まあ玖条さんは玖条さんで、家の事情とかもあるんだろうしな。大人である俺たちでも踏み込めないようなことかもしれないが、一番近いお前はせめて力にはなってやるべきだとは思うぞ」
誠の言葉は耳に痛い。
気付かない振りをしているという自覚はある。
だが、最初に決めた『家族』という枠組みは、ある意味では和樹にとっては一種の聖域になっていて、それ以上を望むことはしてはならないとすら思っていた。
「分かってるよ」
白雪が高校卒業と同時にどうなるか、和樹も正確には分かっていない。
大学には進学するつもりのようだし、そうなれば今のままという可能性もあるだろうが、あるいは京都に帰る可能性もあるだろうとは分かっていた。
さすがにこちらの大学に京都から通うとは思えないが。
白雪から相談されたらそれにはできる限り応えるつもりでいるが、その白雪がそれをすまいとしているのも分かっていた。
家族のように思ってるとはいえ、結局のところは他人でしかない。
あえて言うなら、ご近所さんでしかないのだ。
和樹ができることには、少なくとも社会的には限界がある。
ただそれでも。
家族のように大切な存在であることには違いはない。
その中で出来るだけのことはしてあげたい。
今年の初詣で願ったように、白雪が幸せであってほしい。
彼女の未来は、まだ多くの可能性があるし、それをつかみ取れる手助けなら、和樹はいくらでもするつもりだ。
「ま、深刻な話はここまでだ。せっかくのバーベキューだ。楽しもうぜ」
「誠の場合、それは俺の技量をアテにしてるってことだろ」
「否定しない。ほら、俺は都会育ちだから」
「うるせぇ」
そう言いながら、和樹はバーベキューの準備を整え始めるのだった。
ちなみに後で白雪に、バーベキューのコツをぜひ教えてくださいと懇願されまくって、結局別の機会に教える約束をさせられるのは、この夜のことである。
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バーベキューは普通の料理とはまた違いますからね……コツはあるし、バーベキュー検定とかもあるんですよ(笑)
昔持ってる人がいました。
なお雪奈の嘆きは白雪が「あれ。じゃあ雪奈さん、叔母さんになるのでしょうか」と言ったことに対する反応です(笑)
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