第138話 十数年ぶりの再会
まだ四月末だというのに、関東地方の気温はもはや真夏のそれに近いほどになっていた。
そこを離れて東京へ。そして新幹線で揺られること二時間あまり。
さらに在来線で三十分ほど。
案内状に記載されている、十三回忌法要を行う寺は、当然といえば当然だがかつての地元にある寺だ。
近くに神社もあって、夏祭りなどはそれなりに盛り上がっていた記憶がある。
「なんか随分……変わったな」
この駅に降りたのは、実は大学生三年生の正月以来である。
この地元にはあまり近寄りたくないと思っていたのもあって、社会人になってからは最寄り駅よりいくつか手前からタクシーで実家に行っていた。
まともに駅に降りたのは、実に五年以上振りだ。
「当時は色々揃うから便利だと思ったが……今見るとやはり田舎なのは否めないな」
首都圏などと比べる方が間違いなのだろうが、見慣れてしまっているので、どうしても比較してしまう。
案内状には普段着で来てくれと書いてあったので、シックな色合いの服装にしている。遠目にはスーツにも見える格好だ。
とりあえず、駅のすぐ前にある店――ここに生花が売ってるのは覚えていた――で花を購入する。一応菓子は、地元で買ってきてある。
まともに駅周辺を歩くのは実に十数年振りではあるが、それでも歩いていると記憶が刺激され、色々と思い出されていく。
子供の頃から中学卒業まで過ごした場所だ。
さすがにそうそう忘れるものではない。
さすがに記憶と違うところも多く、時の流れを痛感させられる場面も多い。
(それだけ……時間が経ったってことだもんな)
十数分歩くと、目的の寺に到着した。
遠目に、おそらく参列者だと思われる人々が数人見える。
「……ふーっ」
大きく深呼吸した。
わずかに、動悸が乱れているのが自分でもわかる。
かすかに手が震えているのも、自覚できた。
(来なきゃよかった……と思いそうになるな)
白雪に背中を押される格好で、結局来ることにした。
確かに、これまで三回忌、七回忌では声がかかってないのに、ここでわざわざ連絡先を探してまで和樹に案内状を送った優一の真意は、今の和樹には全く分からない。
「お前が、お前があんなこと言うから、父さんは!!」
頭の中にあの時の優一の言葉が思い出される。
その後から言われるようになった『死神』という言葉。
中学生だった和樹には、それは受け止めきることはできなかった。結果、学校に行けなくなってしまう。
それを見た両親が、無理に転校の手続きを取ってくれて、なんとか六月末からは少し離れた中学校に行くようになった。
かなり遠かったので、親がわざわざ車で途中まで送り迎えしてくれたのは助かった。地元を歩かないで済んだからだ。
ただそれでも、こんな田舎では噂はいつの間にか広まる。
転校して、夏休みが明けた頃には、そういう噂がじわじわと広がり始めた。
幸い、そこまでひどくはならなかったからか、不登校とまではならなかったが、保健室で授業を受ける日々が続くようになる。
当然友達など一人もいないまま過ごしていたが、突然両親から引っ越しの話が出たのは、三学期になった頃。
今でも、両親にはとても感謝している。
あの時、地元の高校に行っていたら、多分今頃、本当に引きこもりにでもなって、仕事すらまともにできなかったかもしれない。
もっとも、あの経験があるから会社に所属するのを厭い、フリーランスになったというのは否定できないが。
事実上、子供の頃から仲の良かった友人たちとは、十数年全く会っていないどころか、連絡すら取りあっていない。年賀状なども出さなくなっていたほど――親はそういうわけにはいかなかっただろうが――だ。
長谷優一は、元々は特に仲の良かった友人だった。
幼稚園よりも前から近所で仲が良く、小学校でもクラスの少なさもあって、何度も同じクラスになって、親友だと思っていた。実際、お互いそう思っていただろう。
お互いにその付き合いは一生続くと思っていたのだが――あの事件がすべてを変えてしまった。
あの時に見たイメージは、今でも和樹の脳裏に焼き付いているほどに、強烈なものだった。
具体的に何が起きるとかは分からない。
ただ、ものすごく嫌なことが起きると、そして長谷家の人たちと二度と会えなくなるというイメージだけが、強烈に心に想起された。
だから、警告せずにはいられなかったのだ。
だが、その結果、やはり長谷家の人たちとは会うことがなくなった。
直接には、もちろん和樹が原因ではない。
右折信号に従って右折しようとした長谷家の車に、信号無視をした車が猛スピードで激突。
真横ではなく、フロント部分に激突したため、車は強烈な勢いでスピンして、道を外れて電柱に激突した。
運悪く、その電柱に潰された父秀夫は意識不明の重体となり、そしてそのまま帰らぬ人となった。母百合子は潰れた車に足を挟まれ、一生車椅子生活になったと後から聞いた。
そして優一と妹の恵理子も大怪我をしたのだが、こちらは後遺症などもなかったという。
なお、加害者自身は盛大に車ごと道から飛び出して、二メートルほど下の田んぼに逆さまに落下。
車そのものに潰され――オープンカーだった――即死している。
それから十二年。
言葉にすると簡単だが、それだけ昔の話だということに、今更ながら驚く。
「……さて、いく、か」
和樹は意を決して、寺へと入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
法要は、和樹自身が拍子抜けするほどあっさりと終わった。
あまり人と話したくないという思いはあったので、時間ギリギリに行ったというのはあるが、受付される時も別に妙な話もなく、すんなり通された後、すぐ法要が始まる。
故人本人はごく普通の会社員ではあったが、昔からこの地域に住んでいるため、知り合いは多かったらしい。そのためか、十三回忌法要でもかなりの人が来ていた。
当然、ほとんどの人はかつて和樹が『死神』と呼ばれていたことを、一度ならず聞いたこともあるだろうから、和樹としてはそれを再び言われないかという恐怖が、ずっとあったのだが――意外なほど何事もなく、僧侶の話も終わり、法要はあっさりと終了となる。
(気にし過ぎた……か)
そもそも、この地域の人に顔を見られるのは十二年振りだ。
さらに、和樹は中学までは背が低くて、中学三年の後半から急激に背が伸び始めた。一年で三十センチ近くは伸びたと思う。成長痛というのは体験しなかったが、この地域にいた頃と今では、顔はともかく、背は別人に等しい。
よほど親しくしていた人ならともかく、そうでなければ、気付かれない可能性の方が高いのかもしれない。
(ま、これで義理は果たしたしな……さて、帰るか)
そもそも泊りがけというつもりはない。
ただ、一応自分の住所を親が伝えたかどうかを確認したところ、やはり聞かれたので答えたとのことで、住所の出所は分かったのだが、この法要に参加すると言ったら、帰りに寄れと言われている。
なので今日はこの後、もう一度新幹線に乗って実家に行く予定だ。
「久しぶりだな、和樹」
だから、その聞き覚えのある声にそう声をかけられた時、ある意味和樹は油断していて、完全に不意打ちされたようなものだった。
何も考えられなくなり、文字通り指一本動かせない。まるで、金縛りにあったような気分だった。
「せっかく来たのに、何も言わずに帰る気か? まあそういうところは、確かにあったけどな」
ようやく身体が動くようになって、ゆっくりと振り返る。
その先にいたのは、同年代の青年。きっちりと黒い喪服に身を包んでいるのは、施主だからだろう。
その顔は、和樹が良く知っている人物だ。
「しっかしお前、めちゃくちゃに背が伸びたな。前は俺の顎くらいしかなかったのに、抜かれるとか思わなかったぞ」
「優一、だよな」
「なんだよ。俺の顔も忘れたのか?」
そう言って笑う優一に、しかし和樹は凍り付いたような表情しか返すことができなかった。
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