第26話 白雪の変化

「なんか姫様、雰囲気変わった?」


 学校が始まって初日、一日の授業が終わって、あとは帰りのホームルームのみという時間に、雪奈がやってきての第一声が、それだった。


「え?」

「なんとなくだけど。前より明るくなったというか、柔らかくなったというか。あるいは親しみやすいというか」

「特に……何も変わってない、と思いますが……」


 そういいつつ、それが嘘だとは自分自身分かっていた。

 和樹との距離が縮まって、彼との時間がより心地よくなったことが、普段の生活にも影響しているのだろう。前より少しだけ前向きになっているというのは、白雪自身が感じている。


「冬休み中にいいことあったとか?」

「い、いえ。そういうことも特には」


 こういう時、雪奈はなぜかとても鋭い。

 一瞬焦ったような口調になってしまう。


「まあでも、男子とか姫様の様子にいちいち反応するからねぇ」


 朝から周りが少しざわついていると思えたのは、どうやら気のせいではなかったらしい。

 注目されるのはいつものことだが、少し動揺しているような雰囲気も感じていたのだ。


「姫様に恋人ができたんじゃないかって騒いでる子もいるくらいで」

「こ……!? いえいえいえ。それは全くありません」


 さすがにそれはない。

 和樹は――家族ではあっても恋人ではない。それだけは確かだ。


「うん、そこはその通りなんだろうけど、姫様にぞっこんな子たちは、ちょっとの変化で一喜一憂するみたいでさ。ま、でも恋人とかじゃないってことは確かっぽい?」


 雪奈の言葉がやけに大きく響く。

 それで安心したような顔を浮かべる男子生徒が数人。

 要するに、雪奈が探りを入れてきた――というより頼まれて聞きにきた、ということだろう。

 自分で尋ねて来るならともかく、雪奈に頼る当たり、情けないという気がしてしまうが。


「そういえば、中間考査トップ、おめでとうです。さすが姫様」

「……あ。そういえば貼り出されているのですか」


 白雪らが通う聖華高校は前後期の二期制で、後期中間考査は十二月下旬、冬休みに入る少し前に実施されている。

 ただ、その結果は年明けに発表されるのだ。

 そして成績上位十人だけ名前と得点が貼り出されるのだが、白雪がトップだったらしい。


 ちなみに前期の中間考査は一位だったが、期末考査は二位だった。

 これは情報の点数が悪かったが故の結果である。

 通常であれば結果一覧シートが朝のHRホームルームで渡されて、同時に上位者が貼り出されるのだが、白雪のクラスだけ、担当教員が今日は用事があって不在のため、まだ結果が渡されていないのである。


「前は情報が苦手って言ってたのに、完全に克服したよね。なんかいい勉強法でもあったの?」

「えと……まあパソコンを自分でも持つようにして家でもやったりとか……でしょうか」


 さすがに本職にマンツーマンで教えてもらっているというのは、和樹との関係を邪推される気がして言いづらい。


「わ・た・し・に・も・お・し・え・て・く・だ・さ・い~~~~~」

「きゃあ!?」


 突然、白雪の首にぶら下がるように女子生徒が抱き着いてきた。


「か、佳織さん!?」


 藤原佳織。

 同じクラスの白雪のもう一人の友人である。

 雪奈同様ごく普通の家の出身であり、玖条家のことなどを気にしないで付き合える友人だ。

 同じく『姫様』と呼ぶが、雪奈同様それは親しみを込められているので許容している。雪奈とは違い基本敬語で話すが、これは白雪同様、誰に対しても同じだ。

 いつも髪を後ろで一本の三つ編みに括っていて、メガネをかけている、やや小柄な少女だ。ただ、制服でわかりにくくなっているが、女性的なスタイルという点では白雪も雪奈も上回るほどの迫力がある。

 学級委員も務め、教師の評判もいい。そしてその評判に違わず、成績も極めて良い。一部の科目は白雪を上回るほどの実力を持つが――今回の彼女の順位は六位。

 理由は、壊滅的ともされる情報、特に実習プログラミングの点数だ。


「姫様、同じ情報ダメ同盟だったのに、急に伸びて……ずるいです」

「ず、ずるいと言われても……っていうかなんですか、その情報ダメ同盟って」

「情報系が苦手な仲間です」

「勝手に仲間にしないでください……」


 確かに苦手科目ではあったが、佳織ほどではない。


「うう……フェーズ的にはこの辺りで素敵な男子生徒が手を差し伸べてくれる場面なのに」

「そんな都合のいい方、いませんよ……」


 そう言いつつ、考えてみれば和樹の存在は相当に都合がよかった気がするが、それは言わないでおく。


「どこかにかっこよくて優しくて勉強できる男の子いないですかね」

「佳織、さすがに夢見すぎ」

「いいじゃないですか。夢見るだけならタダです」


 雪奈の容赦のない言葉にも佳織はへこたれない。

 教師からの信任が篤く、クラスではとてもテキパキとして頼りになる存在の佳織ではあるが、親しい友人の前だととたんに態度が変わる……というよりは素が出る。


「夢見るだけならタダだけど、情報の成績は現実だよ、佳織」

「雪奈ちゃんがいじめるぅ……」


 佳織がまるでどこぞの絵文字のようにがっくりとうなだれる。

 佳織は白雪や雪奈と比べても、インターネットに関しては相当なヘビーユーザーのようで、家ではパソコンも使っているはずなのだが、なぜか情報の成績は壊滅的である。

 よく二人が知らないようなアニメやゲームの情報なども教えてくれたり、どうやって見つけたのかというような情報を探す能力はあるのだが、このアンバランスはある意味すごい。


「って、そういえば唐木君は? 佳織、幼馴染だよね。彼は情報の成績、凄くいいって聞いてるけど」


 雪奈が出した名前は、同じ一年生で別のクラスの男子だ。

 唐木俊夫。前期の期末考査で、白雪をも上回って一位を取った男子だ。

 生徒会の副会長でもある。

 特に情報の点数はずば抜けていて、現時点でも白雪もかなわない。


「えー。俊夫はいいですよ。今朝も掲示板の前で地団駄踏んでいましたけど」

「地団駄……?」

「姫様に負けたのが悔しいみたいで、なんかぶつぶつ言ってました。まあ俊夫、運動からっきしで勉強だけが自慢のもやしっ子ですからね」


 佳織も容赦がない。

 ただ、ある意味では遠慮なく話せる間柄なのだろうという気がして、羨ましくもある。


「でも唐木さんって、確か生徒会副会長でしょう? かなり多忙でしょうに、それでその成績はすごいとは思いますよ」

「姫様、あいつにそんなフォローは要らないです。あいつも好きでやってるんですから」

「そう言いながら、佳織、今朝来てすぐ、唐木君にお弁当渡していなかった?」

「あれは、お母さんが持って行けって言ったからです。あいつの家、共働きで弁当作れないような時はお母さんが作ってるけど、朝受け取りに来ないことがあって」


 微妙に伏せながら話しているが、多分少し照れているのだろう。

 そういうところがとても可愛いと思う。


「あ、そういえば……姫様。姫様って、先週末に鶴岡八幡宮に行きました?」

「え」


 突然の話題転換と、あまりにピンポイントな場所の話をされ、戸惑った反応になってしまった。


「いえ、先週の金曜日、八幡宮の参拝客にすごい美人がいたって話題があって、遠くから撮ったと思われる写真見たんですが、なんか姫様に似てるなーと思って」


 行ったか行ってないかでいえば、間違いなく行った。

 日程的に学友に遭遇する可能性はほぼないと思っていたから油断していたが、まさかそういう形で情報が回ってくるとは思っていなかった。


「人違いではないでしょうか?」


 先ほどの話の感じからすると、おそらく佳織も確信を持てるような写真ではないのだろう。

 少なくとも、至近距離で写真を撮られたような記憶はない。


「まあ私も人違いかなぁとは思うんですが。ちなみにこれです」


 佳織がスマホの写真を表示し、白雪と雪奈が覗き込んだ。


 間違いなく自分だった。

 距離があるし、顔の判別は拡大してもできないくらいの小さい画像だが、さすがに間違えることはない。

 幸いなのは、ちょうど手水ちょうずを手にかけている時の画像で、和樹の腕をとったりしている場面ではなかったことか。

 すぐ横に彼はいるが。

 ただ、これなら誤魔化せる気がする。

 腰まである長い黒髪は確かに多くははないだろうが、それでも他にいないとは言えない。


「この画像だと、髪型以外に私だと特定するのは無理があるような」

「ですねー。まあこの写真も、その美人を見たって複数の人がいて、それで画像検索で多分この女性だってなってただけでしたし。その本人かどうかも怪しいし」

「そりゃまた無理やりな結び付け方だね」

「ネットなんてそんなもんですよ、雪奈ちゃん。まあ話によると男性が一緒にいたらしいので、姫様ではないですかね」


 日頃の行いというべきか。

 和樹が一緒だったことで、逆に白雪ではないという判定になってくれたらしい。

 ここで肯定したらどうなるかという興味がなくもないが、最悪和樹にも迷惑になる可能性があるので、さすがにそれをするつもりはない。


「それはともかく、初詣は行きました?」

「ええ、一応……正月には帰省もしてましたし。あ、そうだ」


 鞄から小さな袋を出す。

 京都名物の八つ橋だ。


「お土産です。定番すぎますけど」


 土産それ自体は最初に京都についた時点で購入し、配送を手配していたのだ。

 買うタイミングがあるか分からなかったのでそうしたのだが、結果としては大正解だった。さすがに、帰る時のあの遅い時間では土産物店はほとんどが閉店していた。


「わー、ありがとうございます、姫様」

「ありがとー、姫様」


 とりあえず誤魔化せた。

 初詣にどこに行ったかと問われたら、嘘をつかない限りは先ほどの話に戻りかねないが、京都の神社に行った、と誤認させることはできたらしい。

 いつか二人には話すことがあるかも知れないが、今ではないと思う。


(そもそもどう説明したものか、ですしね……)


 強いて言うなら家庭教師という事になるが、それが正解かというと怪しい。

 またそれはいずれと思っていると、帰りのホームルームを始めるべく、副担任が教室に入ってきた。

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