第149話 共に歩く時間

「ここ、だよな」


 和樹が確認するように美雪を振り返る。

 その美雪は、スマホの画像と見比べてコクコクと頷いていた。


「ですです。こんなとこだったのかー」


 最寄り駅に戻ってきた四人は、美雪が要望した店の前に来ていた。

 時刻は夕方五時少し前。

 なのだが――すでに数人、並んでいる。


「開店前から並ぶほどなんだ、このお店。でもネットの評価高いから納得かなぁ」


 見上げた店は少しヨーロッパ風の建物に、赤いテントが目立つ店構え。


「しかしちょっとすごい場所にあるんですね。店の情報だとわからなかったけど」


 美雪が店の向かいを見ると、そこにはあるのはホテル。それも、普通の宿泊用ではないタイプの方だ。もっとも、いわゆる繁華街的なそういう雰囲気はない。

 というか。


「みゆさんが気になってるお店、ここだったんですね」

「やっぱ白雪ちゃんはこっち長いから知ってたの?」

「あ、いえ。私もつい最近知ったというか……」


 白雪は隣の店に目を向ける。

 そこにはつい最近行ったばかりの焼き鳥居酒屋がある。


「つい先日、こちらのお店に行ったんです。それで、ここも気にはなっていたんですが」

「お。そうなんだー。こっちも評判いいんだよね。どうだった?」

「すごく美味しかったです。本当に」

「白雪ちゃんがそれだけ言い切るならそれは期待したいなぁ……う。こっちでもいい気が……あ。でも先日行ったばかり?」


 はい、と白雪は頷いた。

 具体的には、一週間も前ではない。


「それじゃあこっち……入れるかな?」

「聞いてみるから少し待ってくれ」


 和樹がそういうと、列の先頭にから、店の中を覗き込んで何やらやり取りをしている。


「どうかな……人気店みたいだけど」

「ダメなら……でも焼き鳥は行ったばかりなんだよねぇ」

「またでも私は構いませんけどね。すごく美味しかったし」

「う。白雪ちゃんがそういうと、ホントに気持ちが揺らぐ」


 美雪は本気で迷っているようだ。

 実のところ、白雪としてはまた焼き鳥でもいい気はしているが、さりとてこちらのイタリアンもかなり気にはなる。

 どうなるかと思っているところに、和樹が戻ってきた。


「どうでしたか、和樹さん」

「大丈夫らしい。並んでくれればいいそうだ」


 その言葉に、美雪が嬉しそうにパチン、と指を鳴らした。


「美雪、往来ではそれはやめろと」

「ごめんごめん、つい。でもよかった、うん」

「器用ですね……みゆさん。私はそういうの出来ないので」

「大して難しくはないよ。慣れだけど」


 そういってまたやろうとしたところを孝之が止めていた。

 確かに、名家の令嬢としてはややはしたないと思われる行為かもしれないが。


「そういえば、和樹さんはこのお店は来たことはあるのですか?」

「一応二回ほどある。誠や朱里、友哉と一緒にな。朱里がいれば何とか入れるしな」

「?」


 白雪が不思議そうな顔になる。


「ああ。別に規制があるわけじゃないんだが……この店の客、女性客か女性同伴の人ばかりなんだよ。だから、男だけだとちょっと入りづらい」

「へ?」


 言われてから見てみると、確かに並んでいる客層は女性だけのグループか、あるいは男女のグループだけだ。男性だけというのはいない。

 思い返せば、先日も店内含めて女性が多かったような記憶がある。


「だから朱里がいる時にだけな。隣の焼き鳥屋は友哉や誠とかとだけで入ることもあったんだが」


 するとおずおずと美雪が手を挙げてきた。


「その、まことさんとかゆうやさんとかあかりさんっていうのは、月下さんのお知り合いですか? 白雪ちゃんも知ってる風ですが……」

「すみません、つい。そうですね。和樹さんの大学の友人の方々です。誠さんと朱里さんは、今はご夫婦ですが。あ、ほら、先日会った雪奈さんのお姉さんが、朱里さんです」

「ああ、そうなんだ。あの子のお姉さんか~。かっこよさそうだなぁ」


 美雪のその言葉に、白雪と和樹は思わず吹き出してしまう。

 朱里には悪いが、こればかりはどうしても我慢が出来なかった。


「え。なに。どうしたの」

「あ、いえ。みゆさんがどうとかじゃないんですが……」

「??」


 どうしたものかと思ったら、先に和樹がスマホを美雪に見せる。

 そこに映っていたのは誠と朱里、それに雪奈の三人。

 去年のこの時期、バーベキューに行った時のものなので、まだ朱里のお腹が目立つことにはなっていない。そういえば、この時に妊娠の話を聞いたのだったと思いだす。


「これが……あかりさん? え。雪奈ちゃんのお姉……さん?」


 二人並んで撮っているが、改めてみると、あの夫妻の背の高さの違いがすごい。

 夫婦の身長差は三十センチ以上、妹の雪奈とも二十センチは違うのだから仕方ないが。


「雪奈ちゃんって結構背が高かったような……」

「です。私も初めてお会いした時は驚きましたが。でも、今頃育児で奮闘されてると思いますよ」

「お子さんいるの!?」


 美雪が驚愕している。


「あ、でも月下さんと同い年なら、もう二十六歳か七歳……別におかしくはない……よね」


 美雪の横で、孝之も唖然としていたようだが、美雪の言葉には納得したようにしていた。気持ちは白雪もよくわかるが。


(そういえば、初めてお会いした場所は、あのショッピングモールでしたし、時期は二年前のこの時期ですね)


 あの時は結婚直後だった。今や朱里は一児の母だ。生まれた子供はそろそろ五カ月。あの、沈んでいた時に一度会ったきりなので、できればまた会いに行きたいと思えてきた。

 考えてみたら、おそらく卯月夫妻にも雪奈から情報の共有はされているだろうが、ちゃんとした説明はしていない。


 和樹を見ると、彼もそのことに思い至ったのか、少し複雑な表情をしていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「お……美味しい! この間の白雪ちゃんの料理じゃないけど、ホントに美味しい」


 美雪が感動して顔を綻ばせている。その横で、孝之も満面の笑みだ。


「孝君がそこまで嬉しそうな顔してるの、珍しいね。こないだ白雪ちゃんの料理食べた時以来?」

「う、うるさい。美味しいんだから仕方ないだろう」


 照れ隠しなのか、口を尖らせた孝之がそっぽを向く。


 あの後、すぐ店に入ることができて、メニューはコース料理を頼んだ。

 値段自体はさすがにファミレスなどとは比較にならないのだろうが、正直に言えばそこまで高いとは言えない感じだ。

 学生の身では高いかもだが、ここにいるのは一般的な学生とは言えないだろう。


「あ、ヤバい。こんなお店知っちゃうと、普通の店行けなくなる」

「まあ、学生同士でも食事行くこともあるだろうが、基本、値段優先だろうからな」


 白雪の金銭感覚的に、高校生ではさすがにと思えるが、おそらく社会人からすれば高いというほどの店ではないのだろう。何かで、飲み会一回で五千円くらいと聞いたことがある。

 実際のところ、このメンバーだと酒が入らないので、それより安い。


 供されたメニューは前菜のサラダ、チーズとハムの盛り合わせ、ピッツァ、パスタ、肉料理、それにデザートだ。

 本来ならこれに酒が加わるが、さすがに未成年が過半数を占めるので、和樹も酒は頼んでいない。


 ちなみに内容を知っていたと思われる和樹以外の全員のテンションが上がったのが、パスタの提供の時だった。

 ものすごく美味しい――本当に窯で焼いたピッツァの後に出てきたのは、巨大なチーズの塊。

 平べったい円筒型のそれがくりぬかれている状態で――そこに、なんと熱々のチーズクリームたっぷりのパスタが投入され、さらにチーズを和えたのだ。


「ちょ、すごい。チーズでチーズを……ごめん、私ちょっと語彙がダメだ」

「これは私もびっくりです。絶対家ではできませんし」


 というか、玖条家本家でもちょっと無理だ。そもそもあんなチーズ、普通の家には絶対にない。

 パーティなどでやったらさぞ受けるだろうとは思うが、あれだけのチーズを消費するだけでも大変だ。そもそも、前の家ならともかく、和樹の家にあんな大きなチーズは、保管する場所もない。前の家でも保管する気にはならないが。


「これは美味しいな。本当に」


 孝之が先ほど以上の満面の笑みだ。

 横で美雪も嬉しそうに食べている。


「目を付けてたお店がこんな大当たりって嬉しいなぁ。しかも来ようと思えば歩いてこれるのは便利過ぎる。今度お母さんたち来たら、ここに案内しようよ、孝君」

「それは確かにいいな」


 この二人は家族との仲もいいようだ。

 ふと、両親が存命だったらどうだったんだろうと思ってしまうが、その想像には全く意味がないというか――想像できなかった。

 あのまま両親が健在だったら、おそらく玖条家と関わることはなかったか、あるいは関わっていたとしても、同じ状態になっていた可能性は低い。そうなれば和樹と会うこともないだろう。


 それが幸せだったかどうかといえば――正直に言えばわからない。

 和樹と共にいられるこの時間は、今では何よりも幸せだと断言できる。

 今まで自分が辿ってきたすべての道が、今のこの状況を生み出しているのは確かだ。


 どちらにせよ、過去は変えられない。

 だから、今を精一杯生きるしかない。


 和樹と時間が重なったのは、十五歳の時。

 あれからもう三年近くが過ぎている。

 これまでの人生からすれば、まだ全体の六分の一程度。だが、この時間はきっとこれから長くなる。やがて自分の人生の、ほとんどを埋めてくれると信じているし、そうしたいと思っている。


 和樹の方に少し視線を向けると、和樹も美味しそうにパスタを頬張っていた。

 お約束で頬にチーズなどがついていたら取ってあげる、ということをやってみたかったが、残念ながらそういうイベントは起きず――。


「白雪、どうした?」

「あ、いえ。とても美味しかったな、と思って」

「そうか。気に入ったようでよかった。季節が変わるとメニューも少し変わるらしいからな。またそのうち来るか」

「はいっ」


 白雪が嬉しそうに頷く。

 それを見て美雪がニヤニヤしてるのに、白雪は全く気付いていなかった。

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