第150話 予定外のお出かけ
六月が近づくと、本格的に暑くなってきた。
今年は梅雨入りが早いのか、すでに最近雨模様が多い。
浴室乾燥機があるおかげで洗濯物が乾かないということはない――ちなみに洗濯は基本白雪が担当している――のだが、それはそれとしてじめじめとしていると、少しうんざりしてきてしまうのは、白雪とて同じだ。
気分転換したくても、そろそろ暑さで億劫になってしまう。
和樹は六月上旬からいよいよ大学での仕事が始まることになっている。
仕事の引継ぎなどは一応終わっているようで、新しい仕事の準備をしているが、基本的に家にいる。
時々、以前の取引先から連絡が来て何かを手伝ってるらしい。
六月以降が少し心配にはなる。
六月から、出勤と言っていいのかはわからないが、当面、白雪はぜひ一緒に行きたいと希望し、当面和樹も了承してくれていた。
立場こそ違うが、同じ学校に一緒に行けるというシチュエーションは、これまで考えてもいなかったので何気にすごく楽しみだったりする。
そんな折、白雪は早朝に大学に到着して、ちょっと茫然としてしまっていた。
「……こんなことってあるんですね……」
「私どうしよ。一回帰るにも微妙だし……」
隣で美雪も同じようにしていた。
同じ講義を受講する予定だったから、一緒に来たのである。
今日は一限から講義があるはずだったのだが、講師の体調不良で休講になってしまっていたのだ。
家を出る前に確認したスケジュールだと休みにはなっていなかったから、本当に突然休講になったのだろう。
事務局に確認すると、掲示板に掲示されたのは八時より少し前らしい。普段から白雪や美雪は非常に早く来るため、掲示板に掲示される前に家を出てしまい、気付かなかったのだ。
家の遠い学生で気付かず来てしまう人もいるだろうが、そのあたりはまだ大学に到着してないのか、同じような立場の人間は他にいないようだ。
問題は――。
「白雪ちゃん、もしかして今日って、完全空振り?」
「はい。いきなり今日丸一日空いてしまいました」
本来はあと三つ講義があるのだが、このうち二つは事前に休みが通告されていた。
そしてもう一つは午後からの講義だったのだが、こちらも急遽休講の掲示がある。 つまり、今日は四つの講義全部が休みになってしまった。
「私は二限があるからなぁ。それに孝君と出かける約束もしてるし。どうする? どっかの講義に潜り込む? って、この時間あまりいいのはないか」
さすがにクラス単位の英語などの講義に入り込む理由はない。
そうでなくても、白雪はやはり大学でもかなり目立ってしまっている。講義にこっそり潜り込んでいると、気付かれる可能性が高い。
「素直に帰ります。幸い、和樹さんも家にいますし」
「お。いちゃつけるチャンスじゃない」
「しませんっ」
思わず体温と動悸が跳ねた気がする。
とはいえ実際やることもないし、自習する気分でもない。
時刻は八時半。急いで帰れば九時過ぎには家に着く。
(こういう時、サークルとか入っていればまた違うのでしょうか)
結局白雪も美雪も、サークルには入っていない。
運動部などは入る気がなかったし、白雪としては特にやりたいことがなかったというのもある。大学で新たに友人を増やしたいというのはなくもなかったが、現状同じクラスに美雪がいるし、ほかにも数人、仲が良くなった学生はいる。
それに、和樹が大学に来るようになれば、研究室にお邪魔する予定だ。これに関しては、大藤教授の許可をもう取り付けてある。
今から来てくれてもいいとも言われているし、数回お邪魔したこともあるが、さすがに今日は無理だ。
休講になった講義を担当する一人が、他ならぬ大藤教授なのだ。
なので今日は研究室も空いていない。
「私は図書館で時間つぶすかな」
「二限始まるまでならお付き合いしますよ?」
「んー。まあいいよ。それより、せっかく丸っと休みになったんだし、和樹さんをデートに誘ったら?」
「う……」
美雪に言われるまでもなく、真っ先に考えたことだ。
通常であれば和樹は仕事をしてるので、平日急遽休みになっても遊びにいくという誘いは出来ない。
だが今は、和樹はある意味文字通り暇人である。
「と、とりあえず帰ります。みゆさん、また明日」
「うん、また明日ー。和樹さんによろしくー」
よろしくと言われても、と思わなくもないが、同じ家にいる以上確かにその言い回しに間違いはない。なのだが、どうしても違う意味を含んでいるように感じるのは、果たして自分の方に邪念があるからなのだろうか、と自問自答してしまう白雪だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれ、白雪? 早い……というか早すぎないか?」
「ちょっと休講でして……とりあえず戻ります」
エントランスでのやり取りの後、白雪は三階まで上がって部屋に入る。
和樹は本を読んでいたようで、リビングテーブルの上に技術書が数冊置いてあった。
「すみません、お勉強のお邪魔を」
「いや、暇だから読んでいただけだし、今日は天気が良すぎるからどっか行くか考えていたくらいだが……しかし、もともと二つはともかく、残り二つも、か?」
「はい……出る時には気付かなかったのですが」
そういってスマホの画面を見せる。大学の休講情報掲示板だ。
「これは……なるほどな。体調不良とかで来れないケースもあるからなぁ。遠くから来てる学生は悲惨だが」
「和樹さんも経験が?」
「あるな。まあ俺はその場合誠らと遊んで帰ったりしたんだが。春日さんとかは?」
「みゆさんは二限がありますし、そのあと斎宮院さんと約束もあったそうで。なのでとりあえず帰ってきたのですが……」
一緒に出掛けませんか、と誘いたいところだが、これは完全に自分の都合だ。
さすがにちょっと言い出しにくいと思ったのだが――。
「なら一緒に出掛けるか? 今日は久しぶりに雨も降らないようだし、俺も家にいるのはもったいないと思ってたからな。平日に歩き回れるのも、あと少しだしな」
「え。あの、いいんですか?」
「……俺から誘ったんだが……?」
考えてみれば確かにあまりに変な返事をしてしまっていた。
白雪の心情的には正しいのだが。
「はい、もちろんです。ぜひ。私も唐突に一日空いてしまいましたし」
「そうだな……ああ、鎌倉に行くか」
「いいですね。四月以来です」
「それに、連休後半、一緒に出掛けると約束しながら、結局白雪の友達も一緒だったしな。この時期だと紫陽花がきれいらしいからな。紫陽花で有名なところもある」
そういいながら、和樹が手早くスマホを見せてくれた。
「今日は雨の心配もあまりないしな。と言っても気温は高そうだが」
天気予報を見ると、最高気温は三十一度。完全に真夏日予報だ。
ただそんなことより、一緒に出掛けられる方が嬉しい。
「わかりました。すぐ準備します」
「準備……?」
あ、と思わず言いそうになった。
和樹と出かけるのであれば、白雪にとってはそれはデートだ。
多少めかしこんでいきたいところだが、和樹からすれば親子で出かけるような感覚なのだろう。
だがそれでも、白雪にとってそこは妥協できない。
「学校に行く予定でしたので、日焼け対策とかあまり考えていないんです。外を歩くでしょうし」
「あ、ああ。確かにな。曇りではありそうだが、紫外線対策とかは必要か」
「はい。でも急いで準備しますから」
時刻はまだ九時過ぎ。
十分に早い時間帯だ。
「わかった。俺も少し片づけることもあるから、それじゃあ十時に家を出ようか」
「はい、わかりました」
白雪は満面の笑みで頷くと、踵を返して自分の部屋に入っていった。
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