第151話 繋がれる距離
十時きっかりに白雪と和樹は家を出た。
「またずいぶん……おめかしした、か?」
「そうでしょうか。日焼け対策と、あとは歩きやすさは重視しましたが」
白雪の服装は、先日美雪達と一緒にショッピングモールに行った時に買った服である。
上はデニムのチュニックに、ボトムズはオフホワイトのワイドパンツ。
靴は普通にスニーカーだ。
それに和樹から誕生日にもらった首飾り。
髪は今回は後ろで結わえて編み込んでいる。暑くなりそうなので、この方がいいと思ったのだ。
化粧は日焼け対策も兼ねたベースメイクのみ。自分で言うのもなんだが、多分まだちゃんと化粧する必要はないと思ってるのもある。
あとは陽射しが本当に厳しかった場合のための日傘も準備した。
和樹の服装は相変わらずといえば相変わらず。
さすがに今日は暑いのでジャケットはないが、シャツは長袖だ。
「そういえば和樹さんって、半袖のシャツをほとんどお持ちじゃないですよね」
「まあな。日焼け対策ってのもあるが、別にまくればそう困らないしな。だから夏用に生地の薄いシャツは多いが、半袖はほとんど買ってない」
それゆえか、和樹はほとんど日焼けしていない。
もちろん白雪も気を付けてはいるのでしていないが、和樹も特に意識せずに対策してしまっているタイプのようだ。
二人並んで駅について、そこから電車に乗る。
「ああ、そうだ。一つ手前で降りるぞ」
「あれ。鎌倉ではなく、ですか?」
「目的地の一つがそちらの方が近いんだ」
降りたのは鎌倉駅の一つ手前。
鎌倉駅よりはるかに小さい、というより――。
「この路線でもこんな小さな駅もあるんですね」
「俺も以前仕事出来た時に驚いた。地元では別に珍しくもないが、この路線にこんな駅があるとは思わなかった」
一応小さな駅舎がいて、駅員は常駐しているようだが、改札も通常の自動改札機ではなく、小さな機械があるだけ。
いつも鎌倉に行く時に通過していたはずだが、あまり気にしたことはなかった。
陽射しはあまりないため暑いというほどではないが、少し湿度が高めで蒸し暑いという感じはある。
陽射しの中で立っているとじわじわと汗ばんでくる感じだ。
和樹と二人、線路沿いの道をしばらく歩くと、少し人の流れが増えてきた。
そこから道を折れると、案内板が見えてくる。白雪も見たことがある寺院の名前だ。
「紫陽花寺として知られている場所ですね」
「さすがに知っていたか。まあそうだな。俺もここに行くのは初めてだが」
水路といえるような川沿いの道を歩くこと五分ほどで、当該の寺に到着する。
拝観料を払って中に入ると、白雪は思わず感嘆の声をあげた。
「すごい。紫陽花で埋まってます」
「これほどとはな。いや、話には聞いてはいたんだが」
寺の本堂へ向かう通路、階段。
それらの両脇がすべて紫陽花で埋まっていた。
そして鮮やかな青い小さな花が集まった紫陽花の花が、美しく咲いている。
「なんかすごくいいです。こんなにたくさんあるとは思いませんでした」
白雪が嬉しそうに周囲を見渡す。
どちらを見ても、ひたすら紫陽花がその花を咲かせているのが見える。
瑞々しい緑の葉と、可愛い青い紫陽花が連なる光景は、とても美しく思えた。
「和樹さん、写真、一緒にいいですか?」
「ああ、いいよ」
和樹が応じてくれたので、白雪は和樹の手を取って、紫陽花の前に立つ。白雪が手を伸ばしてスマホを掲げるが、少し背が足りず、いい構図にならない。
すると和樹が白雪のスマホを取って、掲げてくれた。そして、シャッターが切られる。
「ありがとうございます、和樹さん」
今回は、感情が駄々洩れになるのはこらえることは出来た。
あるいは気付かれてしまってもいいと思っていたのだが、そう開き直ると逆に自然に振る舞えてしまっているらしい。
二人はそのあと、紫陽花寺を巡り続けた。
本当に紫陽花が多く楽しくなるが、考えてみたらこの季節以外は花はないので、その季節はどうなんだろうと思ってしまう。
「あとはどうしましょうか……」
「とりあえず歩いて鎌倉駅辺りまでは行くか。少し歩くが」
「はい」
そういうと、二人は寺を後にして歩き出す。
ほどなく寺の参道めいた道が終わると、車道横の歩道を歩いていくことになるが、ここでは和樹が先に立って歩いていく。
本音を言えば、手をつなぐとまで言わずとも、並んで歩きたいところだが、そもそも歩道が狭くて、並んで歩くと迷惑になりかねないから仕方ない。
それでも、和樹は時々白雪の方を振り返り、歩く速度を調節してくれるので、それだけでも嬉しくなる。
途中、けんちん汁発祥ともされる店が少し気になったが、時間的に食事には少し早かったので、後日にすることにして今回は見送った。
「それにしても、あちこちに紫陽花がありましたね」
途中、トンネルめいた場所までくるとさすがに歩道が広くなったので、白雪は和樹の横に並んだ。
実際、結構あちこちにも紫陽花があったのである。
「そうだな。街の人間が好きなんだろう。実際、紫陽花推しなのか、かき氷とかが紫陽花をイメージした商品が夏には……いや、もう出てるか」
すでに真夏のような陽射しがあるので、もうとっくに夏商品も出ているだろう。
紫陽花のような、というのがどういうものか分からず、少し興味が出てくる。
「そういえば、もしかしてこのトンネル……切通しですか?」
「ああ、多分そうだろうな」
トンネルというか、道をトンネルめいた構造物で覆っている。要するに上からなにかが落ちてくるのを防ぐための設備だ。
つまりこの道のすぐ横に崖があるということになる。
「今でこそ道路が出来てますが……本当はもっと狭い道だったんでしょうね」
「だろうな。ま、つまりこの先が鎌倉、というわけだ」
実際、そのトンネルまでは登り坂だったのが、そこから下り坂に変わる。
十分も歩かないうちに、植生豊かなエリアが左手に見えてきた。
「あ、これって、八幡宮の」
「そういうことだ。その外側だな」
歩いていくと、鶴岡八幡宮に入るための通路も見えてきた。
逆側から鎌倉に向かっている感じだ。
今日のところは鶴岡八幡宮に行く予定はないので、そのまま道沿いに行くと、二人はそのまま多くの店が並んでいる通りに入った。
平日にもかかわらず、結構人が多い。
「少し早いが、ここで食事していくか?」
和樹に言われて時計を見ると、十二時少し前。
今日は朝が早かったし、大学に行って帰ってきて、またここまで歩いたのでだいぶお腹は空いていた。
「そうですね、確かに、お腹空いてきました」
「まあそれじゃ、よさげな店に入るか」
「はいっ」
人が増えてきたから、はぐれるのが少し心配――と思ったら、和樹が手を出してくれた。白雪はその手を迷わず取り、握る。
自然と手を繋ぐことができることが、今の白雪にとっては本当に嬉しく思えた。
(ずっと、こんな距離でいたいですね――)
握った手に、わずかに力を籠める。
和樹はそれに気付いて、少しだけ白雪を見てから――同じように握り返してくれた。
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