第140話 混ぜるな危険

「では、私たちの再会に――」

「かんぱーい」

「かんぱーい」

「かんぱい」


 楽しそうな美雪の声に、雪奈と佳織が続いた。

 白雪も控えめに続く。


 大学での履修登録も一通り終わり、アルバイトも数回こなして何とかできるという感触を得た。

 そしてその頃に、大型連休に突入する。


 本音を言えば、折角一緒に暮らしているのだし、和樹と出かけたいと思うところはあるのだが、少なくとも前半は和樹はいない。今は長野に法事に行っているのだ。

 日帰りも考えていたらしいが、実家に寄ってくるそうで、今日の早朝に家を出て、帰ってくるのは明日の夜だ。

 朝はもちろん送り出したが、寂しいと感じるはどうしようもない。


 ただその分というわけではないが、前に言われていた、美雪と雪奈、佳織らを会わせる話をこの機会に実施してしまうことにした。

 場所は、白雪と和樹の家である。


「いやぁ、まさか美雪ちゃんが姫様と同級生になるとは思わなかったなぁ」

「狙ったわけじゃないんだけどねぇ。私もびっくりしたし。偶然ってすごいね。むしろこれは運命?」

「雪三姉妹的な運命が集束したんだね、うん」

「やっぱそれだね、うん」


 なお、この場には一人だけ、男性がいる。言うまでもなく、孝之だ。

 もっとも、女性四人に男性一人。居心地がいいはずはないわけで、端っこによって一人ジュースを飲んでいる。


「で……そっちの人は、洛央院の生徒会長さんだよね?」

「うん。斎宮院孝之君。私のフィアンセ」


 孝之が何か言う間すらなく、あっという間に美雪が紹介を済ませてしまった。

 孝之は何か言いたげだったが、諦めたのか再びジュースをちびちびと飲んでいる。


「うわぁ……さすが名家。あ、改めて自己紹介しとくね。私は津崎雪奈。姫様――玖条白雪さんの友人です」

「同じく、藤原佳織です。交流会の時は自己紹介だけでしたが、改めてよろしくお願いします」

「ああ……よろしく。斎宮院孝之だ。一応、美雪が紹介した通りでは、ある」

「なによー、一応って。ひどくない? 孝君」

「あのな。俺にどういう反応を期待してる!?」

「えー? そこは『俺の女だ』的な?」

「……それは、私でもキャラが違うって気がするんですが」


 白雪のツッコミに、むしろ美雪はツッコミ待ちだったのか、ナイス、とでも言うように親指を上げる。


「しかし姫様が月下さんと一緒に住むってのは聞いてたけど……ホントなんだねぇ」

「確かに……寝室は別のようですが」

「あ、当たり前ですよ!?」

「でもさぁ。白雪ちゃん、忍び込もうとかしたりしてないの?」

「みゆさんは何を言ってるんですか!?」

「えー。私だったら孝君の部屋に忍び込んで一緒のベッドで寝たいよ? 孝君も来てほしいよね?」

「頼むから誤解を招く様な言い方はやめろよ!?」


 孝之は半ば泣きそうな表情になっている。

 ただ、そういうことを言っても信頼関係が崩れないのは、本当に信頼しあっている証だろう。

 それが羨ましくもある。


 白雪と和樹は、おそらく信頼関係という意味では、美雪と孝之らとそう変わる物ではない。ただ、決定的なところで、恋人同士ではなく家族という違いはある。しかも、父親と娘という関係だ。

 和樹はあくまで保護者目線でしかない。

 そういう意味では、今回和樹が法要に行く決意をしてくれたのは、白雪の言葉が理由の一つであると思う。それであれば、あるいは初めて和樹に対して何かしてあげられたという気がしている。

 全く根拠はないのだが、きっと行くことで、和樹にはいい影響があると思えているのだ。


「そういえば……白雪ちゃんはともかく、雪奈ちゃんと佳織ちゃんは彼氏とかいないの?」

「私はいないなぁ。残念ながら。でも、佳織は今ラブラブだよね?」

「ちょ、雪奈ちゃん!?」

「え? 誰?」

「美雪ちゃんも会ったことある人だよ。ほら、交流会の時のうちの副会長」

「ああ……あの真面目そうな子?」


 美雪は当時洛央院生徒会の副会長。当然、同じ立場である俊夫とは、挨拶を交わしているし、少なからず(真面目な)話をしている。


「それはまたまた……なに? 生徒会で付き合うように?」

「むしろ逆かなぁ。この二人は」

「ちょっと雪奈ちゃん!? 人のプライバシーをそう人に話するものではないと思いますよ!?」

「えー。でも今更隠すことでもなくない? もう大人の関係なんだし」

「え? それはすごい!」

「ちょっと雪奈ちゃん!?」


 佳織は文字通りの意味でゆでだこレベルで真っ赤になっている。

 これはこれで、本当に可哀想だと思えるが――。


(佳織さん、ごめんなさい)


 白雪としては、美雪の興味がそちらに移ってくれれば、その分美雪の矛先がこちらに向かないで済む。

 家にあげるのもやはりまずかったかもしれないと思ってる白雪にとって、美雪の興味が自分にあまり向かないようにするのは、最優先事項だった。


「ほぅほぅ。幼馴染で、しかも佳織ちゃんはツンデレやってたと」

「なんだけどねぇ。ホントにもう分かりやすくってさ。同じ生徒会に誘った姫様の英断に佳織としては感謝だよね」

「そ、それは……そ、その、否定は、しません、が」

「白雪ちゃんは知ってたの?」

「えっと……そうかもしれない、というのはありましたが、はっきり確信したのは同じ生徒会になってからです」


 疑ってはいたが、確証はなかった。

 ただ、俊夫の副会長としての経験は白雪には絶対必要なものだったし、一方で気心の知れた人が役員であってほしいという願いから、雪奈と佳織に役員を依頼した。

 正直に言えば、雪奈と佳織は、二人のうちどちらかは断るかもと思ったが、二人とも快諾してくれて、本当に助かったのは否めない。


「私も、姫様が唐木君を副会長に指名するのは分かってたから、できれば佳織を入れてほしいと思ってたら、先に私達二人に話が来たんだよね」

「……でも、あの時私は俊夫が副会長だってのは、知らずに引き受けたんですから」

「といっても、予想は出来たよねぇ」


 それは白雪も同意する。

 未経験の白雪が、一年で副会長を務めた俊夫を副会長に指名しない可能性は、普通に考えてほとんどない。


「ま、いずれにせよ二人は恋人同士ってこと。まあ、唐木君は今はちょっと遠い大学行ってるんだけどね」

「あら、それで今日はいないのね。残念。孝君と話合いそうなのに」

「それはどういう意味だ?」

「え? 可愛い彼女がいる男同士、彼女自慢とか?」


 さすがにそろそろ孝之が可哀想になってきた。

 言うまでもなく、孝之は撃沈している。

 なお、佳織も顔を真っ赤にしていた。


「でも佳織。連休で唐木君、帰ってこないの?」

「えと……実は連休後半にお互いの兄と姉が結婚するから、その結婚式には……」

「え!? なにそれ?!」


 再び美雪が食いついた。

 これは雪奈も知らなかった話のようで、佳織が美雪に圧倒されて説明させられることさらに十数分。

 白雪は、以前に会っていたこともあって知っている話だったが、結婚することは初めて知った。もっとも、あの二年前の正月に会った時ですら秒読みだと思えたくらいだから、むしろ遅いと思えるくらいだ。


(あ、そろそろお昼ですね)


 気付けば昼近い。


「さて、そろそろ私は食事の支度をしますね」

「あ、姫様。手伝うことは?」

「大丈夫です。下準備は済ませてますし。どうぞごゆっくり」


 そう言うと、白雪は台所に入っていく。


「白雪ちゃん、料理できるんだ。私は一応自炊するけど……まだまだ怪しいしなぁ。孝君に愛妻料理を食べてもらいたいので頑張るけど」

「あれ。美雪ちゃんは姫様が料理できるの、知らないんだ」

「そりゃあ……こういっちゃなんだけど、私達どっちもお嬢様だしね。洛央院中等部は給食あったし、白雪ちゃん中学の時はホントに人を寄せ付けないキャラだったし」

「ああ、それは分かりますね……高校も最初そうでしたし」


 台所にいる白雪にも会話は聞こえている。

 正直に言えば、あの頃の、特に中学時代や高校の最初の頃の自分はもはや黒歴史レベルだ。

 やめてくれと言いたくなるが、美雪が良く知る白雪はむしろそっちであり、そもそも白雪に美雪を止めることはできない。

 本来ストッパーになるはずの孝之もこの場では多分役に立たないだろう。

 やはり雪奈と美雪は会わせてはいけなかった気がしてならない。


「なんせ陰で『氷の白雪姫』とか呼ばれてたからねぇ。でも実際、クールビューティーってとこもあって、人気はあったんだけど」

「あー、それは分かる。こっちでも学校始まった直後そんな感じ。ね、佳織」

「ですね。まあそれも、男子には魅力的に映ったんでしょうけど」

「やっぱすごかったの? 男子のアプローチ」

「そりゃあ。結局両手足の指でも足りないくらい告白されてたような。だよね、姫様」

「そんなの、覚えてません」


 これに関しては本当に覚えていない。

 心が冷めきっていたあの頃は、そもそも告白された相手の顔と名前すら記憶していなかった。クラスメイトとしては無論覚えたが、告白してきた相手であるかなど、いちいち覚える気もなかったのだ。

 その後も美雪と雪奈、佳織は白雪の中学時代の話で盛り上がっているらしい。

 二人にすれば、聖華高校以上に良家の子女しかほぼ存在しない洛央院の様子が物珍しいというのもあるのだろう。


(もう少し、私から踏み込んでいればあるいは違ったのかもしれませんね)


 中学の頃は、玖条家の存在それ自体が白雪には重荷にしかなっていなくて、押しつぶされそうだとすら思っていた。だから、学校でも人と打ち解けることなど、考えることすら出来ず、結果『氷の白雪姫』の異名の通りに、人々との間に壁を作って、本当に関わらないようにしていたのである。

 だが、今にして思えば白雪がもっと踏み込んでいれば、いい関係を築けた人はいたのかもしれない。

 ただそうなると、白雪はそのまま洛央院高等部に進学していたかもしれず、今の状況はないわけだが。


 そうしてる間に料理が終わり、手早く配膳も済ませた。

 今日のお昼ご飯はカルボナーラパスタにサラダとポタージュスープ、それに小さなハンバーグを添えて、あとは和樹が昨日のうちに淹れて置いてくれたジャスミンティーを出す。


「はいはい、じゃあお食事にしましょう。手を洗ってきてください」

「はーい」


 五人がダイニングテーブルに座る。なお、椅子は一つ足りないので、孝之だけは予備の丸椅子だが。


「すごい。めっちゃ本格的。これ、全部白雪ちゃんが作ったの?」

「ええ。その、料理は昔から好きだったので」


 美雪はもちろん、雪奈たちにも両親のことはまだ話していない。


「多分びっくりするよ、美雪ちゃん」

「え?」

「それは良いですから、冷めないうちにどうぞ」

「あ、うん。それじゃ、いただきます」


 五人が一斉に手を合わせて、食べ始める。

 そして――。


「……ちょ。なにこれ。うちのシェフどころか、専門店にも引けを取らない気がするんだけど」

「すごいな。どう考えてもうちのメイドの作る料理より美味しいんだが」


 美雪と孝之が唖然としていた。


「でしょ。姫様、料理本当に上手なのよ」

「私達も最初驚きましたものね」

「白雪ちゃん、私と結婚しよう! ……痛っ」

「あほか、美雪」

「えー。だってこんなおいしい料理毎日とか、月下さんが羨ましい」

「そこは……同意するけどな。本当に美味しいよ、玖条さん」

「あ、ありがとうございま……す?」


 雪奈と佳織も美味しそうに食べている。

 二人に料理を振舞うのも、実は去年の夏の花火大会以来である。


「ホントに月下さんが羨ましいよねぇ。ま、確実に胃袋は掌握してる気がするけど」

「むしろこれで掴まれない人はいないと思います」

「うんうん、ホントにそう」

「そこは……俺でも同意するな」


 白雪としても、実際和樹が白雪の料理をとても気に入ってくれているのは疑っていない。とはいえ、それでも一歩踏み込めないのは――やはり最初に作ってしまった関係が大きすぎた。

 それに、和樹と暮らすようになって、まだ一ヶ月半。

 その前のことを考えれば、今は十分に幸せ過ぎる。

 少なくとも、タイムリミットがないのだ。なら、いくらでも努力のしようがある。


「ホントに白雪ちゃん、なんでこの状況で付き合えてないのか、不思議だねぇ」

「それは私達も同意するところなんだけど……まあ、姫様も月下さんも、そのあたりきっちりする人だけどさ。佳織なんてねぇ」

「よ、余計なお世話ですっ」


 佳織が真っ赤になっていた。

 実際、佳織を羨ましいと思わないといえば、多分嘘になる。

 白雪も、に和樹となりたいという思いは、もちろんある。

 ただそれには、ちゃんと段階は踏まえるべきだし、多分その考え自体は和樹も同じだろう。


 それに、今の状況は、少し前と比べると文字通り夢のようで、白雪としてはこの状況だけでも嬉しくて仕方ないのも事実だ。


「今はこれで十分なんです。あの人の近くで、一緒にいられるだけで、本当に」

「うう……可愛いなぁ、白雪ちゃん。やっぱ嫁に欲しい」

「アホか、全く」

「え~。でも孝君だって、嫁に欲しくない? ……あだっ」


 孝之のチョップが、再び美雪を直撃する。

 その際、一瞬聞こえた言葉に、白雪は顔を赤くしてしまった。

 孝之は「お前以外いるわけないだろう」と、確かに言っていたのである。


 和樹のことを諦めるつもりは、欠片もない。

 ただ、これまでの二年半で作ってきた関係の上に、さらに進みたいのだから、やはりそれなりに時間もかかると覚悟もしているのだ。


(でも、私の気持ちが溢れてしまう前に――頑張らないとですね)


 何を頑張るかもよくわかってはいないが。

 ただとりあえず今日のところは、この楽しい時間を――なお佳織がまた色々からかわれている――白雪は満喫することにした。


 ちなみに。

 美雪が頻繁に料理を教えてほしいと押し掛けるようになるのは、これ以後の事である。

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