第82話 予定外の夕食

 お花見が終わったのは午後四時過ぎ。

 白雪を含め、みんなで食べ終わってからは二時間ほどゴロゴロしていた。

 というより、一部食べ過ぎて動けなかった人がいたのがその理由だ。


 なお、三時ごろに誠たちが追加購入していたケーキなどのスイーツが出されたが、これもあっという間になくなった。

 改めて思うが、別腹というのは物理的に存在するのだろうかと思ってしまう。


 その後、さすがに陽が傾いてきて、そろそろお開きという雰囲気になる。

 ちなみに誠と朱里はいい感じに酔っぱらっているようで、むしろ雪奈が心配しているほどだ。

 みんなとは駅近くで別れて、白雪と和樹、美幸はマンションに戻る。

 多分雪奈たちと次に会うのは新学期だろう。

 クラス替えはないから、また同じクラスだ。


「次は新学期かな。姫様、またね」

「同じクラスなのが確約されているのはいいですね、姫様」

「ですね。それでは、また新学期にお会いしましょう」


 クラスは同じとはいえ、選択授業がほとんどになるので、多分一緒に勉強する機会は減るだろう。

 そういえば、あの二人がどういう授業を選択するつもりなのかは聞いたことがない。そのあたりも新学期に相談となるだろう。


 二人を見送って振り返ると、ちょうど和樹がレジャーシートを片付け終わって顔を上げたところで目が合った。


「今日はお疲れ様、白雪」

「はい。和樹さんもお疲れ様でした。美幸さんも、お会い出来て嬉しかったです」

「んー。もうちょっと……うん、もしかしたら後でお話させてもらいたいかも。いいかな?」

「え? ええと……私は構いませんが……」


 和樹を見ると、少し困ったように肩を竦めたが、諫める様子はない。


「じゃ、後でね。あ、そうだ。白雪ちゃん、お弁当、本当に美味しかった。ありがとね」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」


 マンションに着くと、三人でエレベーターへ。和樹と美幸は三階で降りて、白雪はそのまま四階へ上がる。

 エレベーターを出たところで少し耳を澄ますと、和樹と美幸の話声が少しだけ聞こえた気がするが、すぐ聞こえなくなった。部屋に入ったのだろう。

 少しだけ――羨ましくなる。


「さて、片付けは済ませちゃいましょう」


 部屋に戻ると、キッチンまで行って弁当箱を分解して、軽く洗ってから食洗器に入れた。

 シリコン製なので問題なく食洗器にかけられるのだ。

 なので、五分とかからず終わってしまった。

 時刻はまだ五時前。

 お湯張りのスイッチは先ほど入れたが、さすがにまだ終わるまでは時間がかかる。


 今日は和樹と一緒に夕食の予定ではないので、一人の食事となる。

 春休みはほとんど毎日お邪魔しているから、突然こうなってしまうと何もすることがない。いつもなら、和樹も休みである土日は、ほぼずっと一緒に居ることが多い。

 別にずっと話をしてるわけではない。

 一緒にゲームをすることもあるが、お互い本を読んだり、白雪は勉強をしてたり、別々のことをしていることの方が多い。同じ部屋にいないことだってある。

 ただそれでも、あの家は白雪にとっては、この広いだけの家より、ずっと居心地がいい場所なのだ。


「前ってどうやって過ごしてましたっけ……」


 やろうと思えば本を読んだり勉強したりできるはずなのだが、どうにもする気がしない。

 去年はまだここまで和樹の家に出入りしていなかったはずだから、何かしらで時間をつぶしていたはずだが、全然思い出せなかった。

 ボケたのかと思いたくなってしまう。


 そうしているうちにお湯張りが終わった通知音が響いたので、少し早いがお風呂に入ることにした。

 お風呂から出たのは六時頃。

 もう春分も過ぎている時期なので、まだ外は明るい。


 自分だけの夕食を作るのが少し億劫な気はするが、かといって作らないわけにもいかないので、とりあえず冷蔵庫の残り物を確認しようとして――ふと、スマホにメッセージ着信の通知が来ているのに気付いた。

 差出人は――和樹だ。


 慌ててロックを解除してみると――。


『兄さんのスマホ借りてます。美幸です。あの、もしよければうちで食事しませんか。友達にお土産でもらった肉まんやら焼売とかがたくさんあって、持ってきてるんだけど、二人でもちょっと多いなって量で』


 肉まんと焼売シュウマイという組み合わせだと――白雪が思いつくのは関西でチェーン展開している中華総菜屋だろうか。そういえば、あれはこちらで見たことはない。

 もっとも、白雪は京都に六年以上住んでいるが、ほとんど食べたことはなかった――紗江が何度かこっそり買ってきてくれたくらい――ので、興味はある。


『わかりました。何時ごろにお邪魔しましょうか?』


 すると、すぐ返事があった。


『十九時頃でいいか? すまんな、突然』


 こっちは多分和樹が入力したメッセージだろう。

 文字だけだというのに、雰囲気が全然違うので笑ってしまう。


 とりあえず『わかりました』と返信してから、ドライヤーで髪を乾かす。

 あまりお洒落をしていっても変にとられかねないので、できるだけ普段着に近いものを選ぶが――どうしても和樹の家に行くならお洒落したくなる。いつものことだが。

 ギリギリ、普段着と言えるような服をチョイスして、身なりを確認したところで、七時二分前。

 ここからでも十分間に合うのだから、本当に便利な距離だ。


 七時ちょうど――時計で確認した――にインターホンを鳴らすと、二秒と待たずに扉が開いた。


「わ、ホントにぴったりに鳴った」


 驚いた様な美幸が見える。

 和樹はリビングにいるようだ。

 美幸を見ると、先ほどと服が違う。

 ほんのり上気しているようにも見えるので、おそらくもうお風呂には入ったのだろう。


「えっと……お邪魔します」

「はい、どうぞ。って私の家じゃないけどね」


 家に上がると、ダイニングテーブルの上にはまだ暖められていないであろう、予想通りの見覚えのある箱が並んでいた。

 ただ、確かにこれは一人はおろか、二人でもちょっと多い。


「友達が大阪出身でね。こっちにこのお店ないから食べたいって親に言ったらすごくたくさん送ってくれたらしいんだけど、日持ちそんなしないやつを大量に送られたらしくってさ。で、何とか消費できないかって渡されてて。だから今日持ってきたんだけど……」

「これは俺たち二人でも多すぎると思ってな」


 ここの肉まんはかなり大きい上に、肉まんだけで八個も入っている。

 それに焼売やらチマキまで。

 これは確かに多い。


「じゃあ、ご相伴に預かります」

「じゃ、電子レンジで……」

「あ、ちょっと待ってください。確か……」


 美幸がお皿を取り出そうとするのを止めて、白雪は台所に入っていく。

 普段使わないものでも、なぜか和樹はいろいろ持っているのだが――。


「少し時間かかりますが、これで蒸して食べたほうが美味しいと思います」


 奥に仕舞われていた蒸し器を取り出した。

 以前、なぜあるのかと不思議になったが、大学時代、誠らと肉まんを食べるのにハマった時期があるらしく、その時に買ったらしい。


「なんで兄さんそんなもん持ってるの」

「なんとなく買ったんだ。普段使わないが……確かにそっちのがいいな」

「じゃ、ちょっと待っててください」


 手早く蒸し器をセットすると、白雪は慣れた手つきで準備を始める。


「……ねえ兄さん。白雪ちゃん、ものすごいこの家に馴染んでない?」


 ピタ、と。

 白雪の動きが止まる。

 実のところ、この家のことなら和樹と同じくらいには知り尽くしている。

 台所はもちろん、いつも掃除しているので大体どこに何があるのか把握してしまっているのだ。

 さすがに洗濯だけは和樹がさせてくれてないというか、白雪がいるときに洗濯物が乾かされていたことはないので、服の整理だけはしたことがないが。


「そ、その、時々お邪魔してます、ので」

「ふーん。ま、いいけど」


 一通り準備が終わると、美味しそうな湯気が漂うものが食卓に並んだ。

 さすがに野菜が足りないと思ったので、和樹に許可を取って手早くサラダも作っている。


「いっただっきまーす」

「いただきます」

「いただきます」


 久しぶりに食べたが、やはり美味しい。

 三人でもちょっと多いかと思ったが、意外に美幸が食べてくれるので問題なさそうだ。


「ぶっちゃけて聞くけどさ。兄さんと白雪ちゃん、付き合ってるの?」


 お茶を含んだ直後だったので、危うく吹き出しそうになった。

 見ると、和樹も大差ない状況だったらしい。


「あのな。白雪は高校生だぞ?」

「うん、それは花見の席で聞いたけど、別に年齢差って八年でしょ?」

「八年も、だ。第一、俺を犯罪者にするつもりか」

「そういうつもりはないけど……。でも私の友達で、社会人と付き合ってる子いるよ? それにお父さんとお母さんだって、年齢差六年じゃん。今時八年なんて珍しくないと思うけど」


 それは初めて聞いた。

 ただ、ここでそれを肯定してしまうことはできない。


「お付き合いというのが男女の話であるなら、そういう関係ではありません。ご近所付き合いは、させていただいてますが」


 美幸はやや胡乱げな視線を和樹に向けて、それから白雪を見てから「ふーん」とだけ言うと、肉まんにかじりついた。


 その後は、美幸が納得したのか、その話題は出なかった。

 むしろ、和樹の昔の話を聞いてみたいと思ったが――和樹の前でその話への転換のきっかけがつかめず、どちらかというと美幸の大学の話が主。

 もっともそれはそれで、とても楽しいものだった。

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