第一部 十五章 終わる未来と続く未来
第110話 絶望の対面
合格通知を受け取った翌日、書類もしっかり郵送されてきたので、合格した事実を改めてかみしめた白雪は、同時に一番やりたくはない――しかしやらないわけにはいかないことに対応することにした。
すなわち、伯父に合格を報告することである。
現状、未成年である白雪は伯父の庇護下にある。
なので、報告しないわけにはいかない。
正直、メールで済ませたいというところはあるが、さすがに礼を失していると思われるのも避けたいので、秘書に連絡し、電話を繋いでもらった。
しかし報告をした時、伯父の口調には全く変化もなく、ただ「そうか。玖条家の人間なら当然だろう」と言っただけ。
もっとも、あの伯父が祝うような言葉を発したら、それはそれで何があったのかと思えてしまうだろうから、別にこれでいいのだろう。
「では、入学手続きなどは私の方で進めますので……」
「いや、待て。ということは受験は終わったということだな?」
思わず息を呑む。
確かに、受験を理由に正月の帰省を断った。
それがなくなれば、京都に行く障害はなくなる。
「はい……そうなります。でも、もう学校も始まりますので……」
「さすがに
本家別邸。
東京にある玖条家の屋敷だ。
皇居にほど近い場所にある大きな屋敷で、白雪も数回行ったことはある。
玖条家のこちらにおける拠点であり、こちらの学校に行くとなった時、最初はそこに住まうことを検討された場所でもある。
「何か御用事が……?」
「来れば分かる。十時には来るように」
それで、あっさりと電話は切れた。
何の用なのかが、ちょっとわからない。
保護者の押印が必要な場合は、いつも郵送すれば戻されていた。
まさか書類をその場で確認するとも思えない。
それに書類を持って来いとは言われていない。
「何の用……でしょうか」
考えても分からない。
正しくは、悪い考えしか出てこない。
なので白雪は、とりあえずその考えを振り払う。
今日は夕方から和樹の家に行く予定だ。和樹が夕方まで外出しているからである。
学校は来週からだが、すでに教師には合格は報告済み。
こちらはとても嬉しそうなお祝いのメールが来た。
思わず、合格を知った直後のことを思い出す。
考えてみたら、エントランスで思いっきり抱き合っていたわけで、後になって恥ずかしくなってしまった。
幸い、誰にも見られてはいないが――多分監視カメラには残っているだろう。
あの手の監視カメラ映像は定期的に記録が上書きされると聞いたことがあるから、早く消えてくれることを願うしかない。
本音を言えばほしいと思ってしまうが。
「さて、夕食の買い物に行きましょう!」
とりあえず白雪は明後日のことを考えないことにして、いそいそと出かける準備を整え始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きな門扉の前で、白雪は一度深呼吸した。
高い壁で囲まれたその敷地は、左右で差し渡し二十メートルはある。
東京のど真ん中にこれだけ広大な土地を持っているという事実だけで、玖条家の大きさが分かろうというものだ。
表札にあるのは『玖条』の二文字。見事な筆致で描かれたそれは、同時に訪問者をしり込みさせるような威圧感も感じさせる。
白雪はその正門の、横にある通用口の横にあるインターホンを押す。
こういってはなんだが、こういう機械は、たとえこのような屋敷でも一般家庭にある物とあまり変わらないのは、少しだけ面白いと思ってしまう。
「はい」
「玖条白雪です。玖条貫之様に来るように言われてまして」
「はい、聞き及んでます。しばらくお待ちください」
十秒ほどで、カチャ、という音がして扉が開いた。
現れたのは、警備の服を着た男性。
「どうぞこちらへ」
門を抜けてしばらく待てと言われたので待っていると、今度は明らかに執事だと分かる格好の男性がきた。
確か貫之の執事である。
彼がここにいるということは、やはり伯父もこの邸宅にいるのだろう。
直接の対面は、何気に去年の正月以来だ。
この玖条家別邸は、見た目は和風建築だ。
ただ、一階と二階があるが、一階は純粋和風建築で、二階は外観はともかく、内装は洋風になっている、少し変わった建築である。
家単体として見るなら、白雪もこういう家は楽しいとは思うが、白雪にとってこの家は、玖条家の
執事に先導されて屋敷に入ると、そのまま廊下を抜けて二階へと上がる階段を上る。その奥が、この邸宅における貫之の私室だ。
「こちらで、旦那様がお待ちです」
「ありがとうございます」
白雪はそれだけ言うと、扉の前に立って、ノックした。
「白雪です」
「入れ」
事務的な、威圧感すら感じる声が響いた。
扉を開けて、一人中に入る。
執事すら入ってこないということは、私的な話ということだろう。
「久しいな。夏も正月も戻らないから、もう玖条家のことなど忘れたと思っていたぞ」
果たしてこれを貫之の冗談だと受け取るべきか、判断に迷う。
冗談など全く言うようには思えないから、暗に責めているのだろうか。
「申し訳ありません。大学受験のためには時間を無駄にしたくなかったものですから。そのおかげもありまして、無事合格いたしました」
「ふむ。まあいい。玖条家の者として収めるべき当然の結果だ」
まさかこのために呼んだとは思えない。何を言われるのだろうと身構えた次の瞬間、貫之が口を開いた。
「ただし、希望通りの進学をするかどうかは、お前の夫になる者と相談して決めろ」
白雪は、たっぷり三十秒は思考が停止した。
「……夫?」
「いまさら何を言っている。高校卒業とほぼ同時にお前は成人だろう。結婚してもらうと言っておいたはずだが」
確かにその可能性があるとは言われていたし、婚約者候補の選定はしているとは聞いていた。
だが、突然そのようなことを言われるとは思ってもいなかった。
「そ、それはそうですが……」
「まあお前も結婚式でいきなり対面では心の準備もできまい。なので、実は今日来てもらっている」
「は……?」
あまりにも唐突過ぎて、思考が追い付かない。
何かの冗談なのかと思えてくる。
「相手は
「多少って……」
十色家。
玖条家ほどではないが、家格の高い名家だ。
玖条家も色々な商いをすることで各方面に影響力を持つが、十色家は玖条家が関わりを持たない分野に強い家だと聞いたことがある。
そちらへの影響力の足掛かりにするということか。
ただ、あそこの家の嫡男といえば、過去女性関係で幾度も問題があったという噂がある。無論、それらは全て表沙汰にはなっていないが、そういう噂に疎いはずの白雪の耳にすら入ってくる――主に紗江経由――のだから、火のない所に煙は立たない、ということを考えれば、おそらく事実に違いない。
第一、確かもう三十歳を大きく超えていたはずだ。
「泰殿は三十五歳。まあ多少という範囲だろう」
「私のほとんど倍ですよ!?」
「だからどうした?」
その言葉に、白雪は反論を続けられなかった。
「お前が玖条家にいるのは、そのためだろう。この件に関して、お前の意見など求めていない。これを拒否するのであれば、お前が玖条家にいる意味などないということを、忘れたのか」
白雪は爪が掌に食い込むほど強く握りしめていたが、それでも――これ以上の反駁は出来なかった。
すれば――それはつまり、玖条家における白雪の存在意味がなくなる。
ひいてはそれは、両親が二人で眠るあの場所が、失われることを意味するのだ。
「まあ、かの御仁もかつては色々良くない話もあったが、さすがにもう身を固める決心をしたということだ。もう来ているそうだから、案内してもらえ」
貫之はそれだけ言うと、視線を手元に移す。もう白雪には興味がないらしい。
叫びたい衝動をかろうじて我慢して、白雪は無言で一礼するとその部屋を辞した。
すると、すぐに執事が現れる。
「十色様がお待ちです。こちらへどうぞ」
全て織り込み済みなのだろう。
白雪は考えるのをやめて、執事についていくと、応接室の一つに通された。
扉が開いた音に反応したのか、ソファに座っていた男性が立ち上がる。
「おお。君が玖条白雪君か。写真では見てたし、幾度かパーティでも見かけたが……素晴らしい美しさだ。さあ、どうぞ」
そういって、男が自分の対面のソファを示す。
白雪が部屋に入ると、執事もそのまま入ってきて、扉を閉じた。
白雪は一度小さく深呼吸してから、ソファの前に立ち、一礼する。
「直接のご挨拶は初めてかと思います。玖条白雪と申します」
「ああ、よろしく。私が十色家次期当主、十色泰だ。まあ、座ってくれたまえ」
言われて、彼が座るのに続いて白雪も座る。
年齢は三十五歳とのことだが、思ったよりは年を取ってる様に見えない――のは気のせいだった。
よく見ると、やはり肌や髪は、年齢相応になっているように思える。かなり化粧で誤魔化しているらしい。
背は白雪よりは無論高かったが、和樹よりは明らかに低い。
百七十あるかないか、というくらいか。
体形は極端に太っているということも痩せているということもない中肉中背。
顔は、お世辞にも美男とは言えないが、かとって見れないというほどでもない。
だが。
白雪は本能的に、生理的にダメだと思えた。
その目が、明らかに白雪を値踏みするように――それも性的に――見ているというのが、ありありと伝わってくる。
これほどに露骨な視線は、さすがの白雪でも経験がない。
思わず腕を回して、身を守りたいという衝動に駆られるほどだ。
「いやはや、これほど美しい女性を妻に迎えられるとは、私も果報者だ。今から新婚生活が楽しみだよ」
「あの、でも私はまだ学生で……来年から大学に進学するのですが」
「ああ、もちろん。今時は女性も学歴がないとね。結婚していても学生であることは全く問題はない」
ということは、大学は行かせてくれるつもりがあるらしい。
だが、次の言葉が、白雪の予想をはるかに超えていた。
「だから、京都にある大学の入学手続きを進めている。何。試験は形だけ受けてくれればいい」
「は?」
「私の家からほど近い場所の大学だ。名前は知られている。対外的にも箔は付く程度のな。私の妻になるのだから、その程度の知性はあると思われたいしな」
「あの、私はもうこちらの大学の推薦で進学先は決めているのですが……」
「そちらは辞退したまえ。私は京都に住まう。まさかいきなり別居夫婦など論外だ」
「そんな、私はやりたいことがあって……」
すると泰は、まるで面白くないモノを見るような目で、白雪を見た。
「何を言っている。名目だけで十分だ。大学に行って、ただ卒業さえすれば十分だろうが」
怒鳴りたくなる衝動を、白雪はギリギリで耐えた。
ここでこの男に怒鳴りつけたところで、何の意味もない。
だが、これは到底受け入れられない。できるはずもない。
白雪はその後、気分がすぐれなくなったといってその場を辞去を申し出た。
幸いにも泰もこの後用事があるとかですぐ出るらしかったので、すぐ解放される。
白雪はその足でそのまま貫之に訴えた。
だが、それに対する貫之の返答が、白雪をさらなる絶望へと落とすことになる。
「嫁入りするのであれば、その夫の意見に従うのは当然だろう。お前の役割を間違えるな」
――――――――――――――――――――――
書いといてなんですが十色泰は最悪ですね(ぉぃ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます