第109話 願う未来
「さすがに……まだ人が多いですね」
「正月が終わったばかりだしな。初詣客でごった返す三が日よりはマシだろうが」
鎌倉駅に降り立った白雪と和樹は、駅を出て少し行ったところの段葛の前にいた。
まだかなり寒い風が身を震わせるが、それでも白雪にとっては和樹と一緒にいられるだけで、心が温かくなる気がする。
今日は二人で初詣に来ている。
これも結局、恒例行事と化してしまっていた。
(思えば、最初に和樹さんから誘っていただいたんでしたね)
歴史マニアとまでいかなくても、歴史好きな白雪にとっては、鎌倉はとても楽しい街の一つだ。
京都に住んでいた時も、本当は色々見てまわりたかったが、あの玖条家の本家にいる時は、そのような自由はほとんどなかったに等しい。
無論、多くの建造物は鎌倉時代当時の姿をとどめているわけではないというのは知っているが、それでも今までに受け継がれてきたというのは、それだけで歴史的な興味をそそる。
白雪自身、高校に入学したころは、大学では歴史を学んでみたいと思っていたこともあるくらいである。
「とりあえず、お参りに行くか」
「はい」
二人並んで歩きだす――が、白雪はすぐに和樹の手を取った。
和樹は一瞬戸惑ったようだが、すぐ手を握り返してくれる。
一応、建前はナンパ除けだが、本心はもちろん違う。
繋いだ手から伝わってくる温もりが何よりも心地よい。
このまま時が止まれば、と思ってしまう。
(そういえば……昔は時間が戻ってほしいと何度も思いましたね)
両親を失って、玖条家に来てすぐの頃のことだ。
子供じみた考えだが、本当に時間が戻ってほしいと――両親がいた時間が帰ってきてほしいと、本気で願っていた。
もちろん、すぐそんなことはあり得ないと気付いたし、そしてすぐ、両親が安らかに眠るためには、玖条家に逆らってはならないという事にも気付いた。
その時から、白雪は自分の心を殺すことを覚え始めたのだろう。
それから八年近く。
心が軋んで、悲鳴を上げたところに現れたのが和樹だった。
幸せの記憶を呼び起こしてくれた人。
そして、それ以上の幸せをくれた人。
人を本当に好きになるのが、これほどに幸せな気持ちになるとは、思ってもいなかった。それを教えてくれた和樹には、いくら感謝してもし足りない。
その気持ちが、無機質に終わるはずだった高校生活を、彩り豊かなものにしてくれた。かけがえのない、たくさんの思い出ができた。
(今は――時間が止まってほしい、ですね)
今日が一月四日。
白雪が高校生でいられる時間は、あと三カ月。
長いと思っていた高校生活も、もう終わりが見えている。
そしてその終わりは、高校の友人たちはもちろん、和樹との別れも意味する可能性が高い。
長い段葛を通り抜け、鶴岡八幡宮の境内に入る。
人はそれなりにいるが、二人は並んで、あの有名な石段を登って行った。
二人で列に並んで、ほどなく一番前まで来る。
小銭を取り出してさい銭箱に放ると、儀礼に従って二礼二拍手、そして祈りを心の中に。
ただ――大学の合格は願わない。
それは自分の実力で達成できると思っている。
今回が仮にダメだったとしても、一般試験での自信はある。
だから願うのは――ダメだと分かっていても、この先も和樹と会うことができること。ただ、それだけだ。
祈り終えてもう一礼すると、和樹が待ってくれていた。
「ずいぶん真剣に祈ってたな。やはり大学合格か?」
「そうですね……秘密にしておきましょう」
「そうか」
和樹もそれ以上聞くつもりはないらしい。
もっとも、受験生が大学合格以外を願うことは普通はないだろうが。
去年までであれば、ここからまた鎌倉を巡ったり江ノ島に行ったりしたが、さすがに今年はそういうわけにはいかない。
ただ、白雪の目当てのお菓子を売ってる店はこのすぐ近くなので、まずそこに行くことにした。
当該の店は非常にきれいな店構えだった。
白雪はさっそく目当てのお菓子を買うために列に並ぶが――。
「え、あと一つ!?」
まだお昼前だというのに、もう売り切れそうになっているらしい。
まさかそれほど人気だとは思っていなかった。
文字通り最後の一つを購入出来て、安堵する。
「か、買えました、なんとか」
「すごいな。この時間でもう売り切れるとか」
「私もびっくりしました。すごいですね」
そのお菓子はクルミを大量に入れてあるキャラメルをバター生地で挟んだ一口サイズのお菓子で、キャラクターのリスが可愛い。味もとても評判がいいので、後で食べるのが楽しみである。
もちろん、和樹と一緒に食べるつもりだ。
「一応これで目的は終わりましたが……」
「時間がちょうどいいし、お昼くらいは食べて行こうか」
言われてから時計を見ると、十二時少し前。
確かに、お昼を食べるにはいい時間だ。
多少混んではいるだろうが、そこまでではない。
「そうですね。じゃあ、どこにしましょうか」
「歩いて適当に探す、でいいかな。この街なら色々あるだろう」
最寄り駅ほどではないが、路地裏を含めて色々なお店があるのがこの街だ。
確かに、一期一会的に見つけたお店に入るのは、楽しそうである。
「いいですね、それ」
帰りは段葛ではなく、それと並行して走るお店が集まってる道を歩いた。
人は段葛よりもさらに多いが、歩けないというほどではない。
「去年とかはここ歩きませんでしたね……なんか……誘惑が多い」
「だな。俺も学生時代以来かも知れない。ちょっとした道に入っても、結構色々店があるんだよな、ここ」
言われて細い路地を覗くと、いくつもの店がまた並んでいる。
「ここの名物だとしらすとかなんだが……今日は寒いからな」
「でも、私は好きですよ、しらす。あまり食べることはないですし」
「じゃ、折角だし今日はそっち系で行くか」
「はいっ」
その後二人は、ちょうど
なお、二人ともマグロの漬けとしらすとの二色どんぶりにしたが、とても美味しかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「結局……夕方になったか」
「すみません、私がちょっと思い出してしまったから」
「いや、白雪がいいなら構わんけどな」
食事が終わって帰ろうとしたところで、白雪が以前テレビで紹介されていたジャム専門店のことを思い出してしまったのだ。
調べてみると、すぐ近くではあったのだが、その店で白雪が延々と悩み続けることになった。
とてもたくさんの、しかも珍しいジャムを扱っていて、とても迷ってしまったのである。
結局三つほど購入している。
さらにその帰り道で、飴を目の前で作ってくれるパフォーマンスをやってる店を覗いてしまい、飴が完成するところまで見届けてしまった。
実際、いくつもの色の飴を束ねて模様を作っていく様子はとても面白かった。飴を作る工程など、普通見ることはない。
紫陽花の断面の飴を作るところだったが、あれほどの工程があるとは思ってもみなかった。
最終的にできる飴は直径一センチもないくらいなのに、それが直前まで直径に十五センチ以上あるものを、引き伸ばして作っているのはなかなかすごかったと思う。
出来立ての飴は、ほんのり暖かくて、不思議な感じでもあった。
結局そこでも飴を購入している。
「今日はありがとうございます。楽しかったです」
本当に楽しかった。
明日からまた勉強を再開する必要はあるだろうが、とりあえず今日は、あとは夕食――帰りに材料は買ってきた――を一緒に食べる予定であり、白雪としては一日中和樹と一緒に楽しめた、最高の日と言えた。
「じゃあ、六時頃に伺いますね」
「ああ、分かった」
そういうと、和樹が食材の入ったバッグを受け取る。
それで和樹の手がふさがってしまったので、白雪がエントランスを開くためにスマホを取り出して、スマホの画面を見た瞬間、白雪の手が止まった。
「白雪?」
通知欄に見えるのは、央京大学の文字。
つまりこれは――。
「……結果、来てたみたい、です」
ずっとスマホをいじってなかった――店を探すのは和樹がやってくれてた――ので気付かなかった。
わずかに震える手で、通知をタップすると、メールアプリが開いて中身が表示される。
そこには――。
「合格、しました」
「ホントか!?」
和樹にスマホの画面を見せる。
そこには間違いなく、白雪が央京大学情報学部の、推薦入試の合格と、入学を認められた旨が記載されていた。
「やりました! 和樹さん!」
思わず白雪は和樹に抱き着いていた。
直後、正気に戻りかけたが――。
その手を緩めることはしない。
それくらい、本当に嬉しくてたまらなかった。
そして和樹もまた、「おめでとう」といって白雪を抱きしめてくれた。
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