第132話 状況説明
「んで。学校での話の続きはこっちにもあるし、それは白雪ちゃんには話しておくべきなんだけど、さ。でも、今の白雪ちゃんの状況もちゃ~んと説明してもらう必要が、たぶんあるよね」
「……はい」
帰り道、当然だがバスも同じなら降りる場所も同じ。
そして、二人の住むマンションが、それぞれ白雪と和樹が住むマンションの二つ隣とその向かい側という至近距離だったことが判明した。
そうなれば当然、マンションに入るところは見られるわけで、白雪としてもさすがにこれは隠せないと諦めて帰ったところ――帰宅してすぐ、美雪から呼び出しが――帰り道でメッセージアプリのアカウントは交換していた――かかったのである。
集合場所は美雪の家が指定されていた。
「まあ、説明しておいた方が早いんじゃないか、さすがに」
和樹はそういうが、実際どう話したものかというのは悩むところだ。
和樹からすれば、家族のようなものだという説明を想定しているのだろうが、白雪にとってそれは正しいとは言えない。
これまでの経緯を知ってる雪奈たちとは違い、すんなり話して納得してもらえるかといえば――普通はしないだろう。
どう話したものかと悩みながら、とりあえず指定された夕方四時ごろに美雪の家に来ると、すでに孝之も待っていた。
美雪の家は白雪の家――和樹の家――よりは狭い。
リビングの大きさは近いが、よりコンパクトで、もう一つ独立した部屋がある。間取りで言うなら1LDKというところか。
とはいえ、一介の大学生が住む部屋としては破格と言え、さすが名門春日家の令嬢が住まう部屋とは思えた。
「美雪の部屋はこうなってるのか……初めてきたが」
「斎宮院さんの部屋はどんなのなんでしょうか?」
「孝君はメイド同居だからね。もうちょっと広いよね」
「え、そうなんですか」
「まあ……そのなんだ。俺は料理とかしたことないからな……母が心配したというか。まあ、助かるんだけど」
「私が孝君の家に一緒に住んで、手料理作ってあげてもいいんだけどねぇ」
「え」
それはつまり同棲するということか。
いくら婚約者とはいえ、まだ結婚していない以上――とまで思いかけて。
自分がもっとひどい状態であることに、今更ながらに気付く。
雪奈や佳織、それに朱里たち――雪奈から卯月夫妻に話したことは聞いている――はこれまでの経緯から納得してはくれているが、一般的に見たら、今の自分の状態が健全とはいいがたいのは否めない。
「まあそれはともかく……ガッコでの話の続きからだけど、その前に。あの月下さんって人と白雪ちゃん、同じマンションに住んでるの?」
「ええと……はい、そう、です。高校の時からで、それは……その、偶然なのですが」
「へえ。でもさ。あの月下さんって人、普段白雪ちゃんを下の名前で呼んでるよね。最初に現れた時は聞き間違いかとも思ったし、食事の時には言い直していたけど。白雪ちゃんも下の名前で呼んでたし」
相変わらず目敏い。いや、耳敏いというべきか。
そして和樹を呼ぶときのことは、白雪は完全に失念していた。
「そうだったのか?」
「うん。っていうか、月下さんって人と白雪ちゃん、すごく……なんていうかな。通じ合ってるって感じ?」
「美雪が言うなら……そうなのか? 玖条さん」
これは多分ごまかせない。
むしろ最初から、全部話してしまった方がいいだろう。
下手に取り繕って誤解されるより、その方がいい。
「えっと……ちゃんとお話しします。その、学校での話の続きも含めて」
「え? そこまで関係するの、月下さん」
白雪はそれに頷くと、居住まいを正す。
「つき……いえ、和樹さんと私は、同じ部屋に一緒に住んでいるんです」
その瞬間、二人の顔が同時に凍り付いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ということです。なので、一緒に住んでいるといっても、家族として、でして」
「それは月下さん側からの話だよね。白雪ちゃんは、ぶっちゃけ……その、我慢してるんじゃ?」
「……ぜ、全部否定はしませんが、そこまでは」
「私だって孝君と一緒だったら、思いっきりいちゃつきたいし」
「ばっ、そういうこと言うなっ」
孝之が顔を真っ赤にしている。
家同士が決めた許嫁とはいえ、この二人は本当に仲がいい。
ふと、友哉と沙月を思い出してしまう。
「だって白雪ちゃん、月下さんのこと好きなんでしょう?」
「そ、そうですが……」
「じゃ、いっそ色仕掛け……」
「みーゆーさーんー?」
「……ごめん。そもそもちょっと……うん、ごめん」
美雪がある場所を見てそういったのを聞いて――何かが弾けた。
「そーですよっ、羨ましいですっ」
がば、と美雪につかみ掛かる。
昼に会った時からわかっていたが、美雪は白雪とは比較にならないほどスタイルがいい。
このくらいあればあるいは、と白雪が思うくらいに。
「ふにゃーっ、白雪ちゃん、ぎぶ、ぎぶ。ごめんって」
「私だってもう少しあれば……」
「……すまん、ちょっと外す」
肩で息をする二人をしり目に、孝之が部屋から――逃げた。
が、これは彼を責められないというか、どう考えても被害者だろう。
「孝君ごめーん。ちょっと悪ふざけが過ぎたよぅ」
「あのな、俺も男だぞ……」
「あとで触らせてあげるから」
その言葉に、白雪と孝之が同時に真っ赤になる。
「な、なにを考えているんだ!?」
「え? そういうことじゃなくて?」
それに対する孝之の返答は、美雪の頬を抓りあげることだった。
「い、いたい……ご、ごめん……なさい」
ようやく美雪を離した孝之は、それから白雪に向き直る。
「まあ、美雪のたわごとはともかく、実際……その、俺から見ても玖条さんの状況は異様だと思うぞ。その、付き合ってるわけでもない、未婚の男女が、というのは」
「それは……わかってます」
こればかりは、おそらく説明しても納得はしてもらえないだろう。
最初に決めてしまった、父と娘という関係は、今や白雪と和樹を縛る呪縛のようなものだ。
ただ、普通に考えれば赤の他人が家族であるというのは、納得してもらえるものではない。孝之の見方はとても自然だといえる。
「まあでも、事情は大体わかったけどさ。でも白雪ちゃんは、月下さんと付き合いたい……っていうか、結婚したいとすら思ってる?」
「……はい」
「なんていうか……こじれまくってるね。まあでも、白雪ちゃんが玖条家から縁切りされた経緯は分かったけど……」
美雪はそこで一度首を傾げてから、孝之を見た。
孝之も小さく頷く。
「なんでしょう?」
「なんかさ。それって実質、白雪ちゃんを自由にしてくれたって感じだよね」
「え……」
「だってそうでしょ。私が言うのもなんだけど、玖条家ってこの界隈でも別格なんだよ。まあ、十色家の問題は置いといても、白雪ちゃんが今後も玖条家にいたら、多分ずっといろいろ狙われる。けど、玖条家とは無関係だって宣言されたってことで、実際白雪ちゃんのことを狙ってた各家は、一斉に手を引いたらしいよ」
「そうだな。斎宮院家も無関係ではなかった。実際、父が春日家のことがなければあるいは考えられたが、というようなことは言っていたことがある」
孝之と美雪は、幼稚園の頃から婚約者とされていたという。
それはつまり、白雪が玖条家の者として知られるよりも前、ということだ。
そうでなければあるいは、というのはあったのだろう。
「まあ、あの玖条家当主のオジサマのことは私もわかんないけどね。パーティとかで何回か見たけど、いつもしかめっ面してたし」
「おい、美雪……」
「でもそれは、否定できませんし」
白雪も美雪に追従した。
白雪も貫之とよくパーティに出席させられていたが、いつ見ても彼は眉間にしわを寄せていたような気がする。
「まあでも、そういう経緯だと、玖条のオジサマが十色家の問題に気付いたって感じじゃないのかな。じゃああれはどっから出たのか……」
「その、そんなに問題になってるのですか?」
「うん。被害者が訴え出ようとしてたり、警察が捜査に乗り出すかもってくらい。十色家は結構やばいことになってるっぽいよ。私も詳しく知らないけど」
自分がきっかけだったのかはわからないが、どちらにせよ身から出た錆といえばそれまでだろう。
どちらにせよ、今後関わることはないはずだ。
「なので、現状白雪ちゃんにそっち関連では今後何もないとは思うよ。まあ、噂だと、数人白雪ちゃんの美貌の方でお熱を上げてたのもいたとかって話はあるけど、現状白雪ちゃんが行方不明扱いだったからね」
「そうなんですか!?」
さすがにそんな扱いになってるのは予想外だ。
「うん。意外だけど、結構白雪ちゃんがこっちに来てることはあまり知られてないんだよ。まあ噂程度では知ってる人もいても、どこにいるかとかは。……ああ、そういえば烏丸家の……だれだっけ、孝君」
「ああ。……名前忘れた。玖条さんと同じ学校の生徒、いなかったか?」
しばらく考えて――思い出した。
「いました……ね」
「白雪ちゃんに暴行働いたって、一時期話題になっててね。今じゃ大変なことになってるけど」
「大変なこと?」
「私たちと、多分同学年になってる」
「え?」
確か二年先輩だったはずだが。
「なんか親御さんが激怒したらしくてね。縁故で入った大学辞めさせられて、受験やり直したらしいの。で、やっと合格したとか」
「そ、そうなんですか……それにしても……お詳しいですね」
「その辺はねぇ。いろいろ噂って広まるのよ。この界隈、狭いから」
「まあ、玖条さんはそのあたりはあまり関わってなかっただろうがな。元々玖条家は他の家から距離を置いてるから、そういう、ある種ゴシップとは無縁だったからな」
確かに、貫之がそういう話をいちいち気にするとは思えない。
もっとも、あの十色泰に関しては、気にしていたらあてがうことはなかった気がするが、むしろあんな相手だからこそ、白雪も全力で拒否をしたというのはある。
これでもし、もう少し理解があって、大学に行かせてくれるとなっていたら、あるいは受け入れてしまっていた可能性は否定できない。
もしそうなっていたら、今の
その意味では、あの最悪の選択肢は、結果論だが今の幸せを引き寄せるための試練だったのかもしれない。
「まあそれはともかく。つまり白雪ちゃんは、今後月下さんを篭絡したい、と」
「あ、あの……もうちょっと言い方ないですか……」
美雪の言葉はどれも直截的過ぎて、恥ずかしいどころではない。
確かにその通りではあるのだが。
「うん、わかった。私にできることがあるかわかんないけど、協力するよ。せっかく同じ大学、同じ学部なんだしね」
「そういえば……私のことは置いておいても、よくお二人とも、家を出ること許されましたね。その、主席合格のことは聞きましたが」
「まあ、揉めたけどな。一応、おれはさっきも言った通り、家にメイド兼監視がいるしな」
「ほんとはねー。二人で一緒に住みたかったんだけどね、さすがにダメだったの。というか、私もお目付け役いるよ。この部屋じゃなくて、二つ隣に」
「あ、なるほど……」
孝之はメイド、美雪もお目付け役がいるらしい。
なのであまり羽目を外すことは出来ないのだろう。
とはいえ、二人で出かければいいだけなのだろうが。
そういう意味では、貫之はかなり自由にさせてくれたのだと思える。
「ま、それはともかく……せっかくご近所になったんだし、今後もよろしくね、白雪ちゃん。どうせなら今度、親睦会とかしようよ。白雪ちゃんのこっちの友達……ほら、雪奈ちゃんだっけ。あの子とかも呼んでさ」
「それは……悪くないですね」
「さすがに学校は違うんだよね?」
「ええ。でも、連絡は取れますし、お休みなら大丈夫でしょう」
一瞬、あの交流会の時に『混ぜるな危険』などと思いついたことが思い出されたが――でも実際、仲良くしてくると嬉しいと思う。
可能なら、佳織と俊夫も呼んでみたい。というか、あの二人なら、美雪は絶対標的にしそうだ。
大学に入って友人ができるだろうかなど少し不安はあったのだが、思わぬ出会いがあったのには驚くばかりだ。
この出会いに感謝しつつ、白雪は明日以降のことに思いを馳せるのだった。
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