第一部 五章 拡がる繋がり

第31話 友人の結婚式

 四月に入って最初の日曜日。

 この日は日本全国で、非常に気持ちよく晴れていた。

 空は文字通り『抜けるような青空』であり、かといって暑いというほどではなく、むしろ適度な風が気持ちがいいくらいである。

 窓の外を見ると、海沿いにある公園に多くはないが桜が咲いていて、ほぼ満開に近い。


「晴れてよかったな、誠」

「まあ朱里が晴れ女だからな。心配はしていなかった」


 そういう誠は、これまで見たことがない服装――タキシードを着ていた。

 そもそもタキシードなど、おそらく一生で着ることなどはこの時くらいだろう。

 今日は、誠と朱里の結婚式なのである。


「先に独身から抜け出させてもらうぜ」

「言ってろ。まあでも、正直やっとかよ、という気がするな。お前ら、大学卒業と同時に結婚すると思ってたからなぁ。なんなら卒業前に」

「友哉に同意だ。むしろなんで二年も待ったんだ、と思うくらいだ」

「簡単にいうな。就職したてだと不安なことも多いんだよ……って、お前らに言っても無駄か」


 和樹と友哉はお互いに顔を見合せた。

 和樹は学生時代からエンジニアとして仕事をしている。卒業してからもその延長で仕事をしているのに加え、親から生前贈与で譲られた不動産の管理もしていて、その収入も合わせると実は生活はかなり安定している――でないとあんなマンションにはさすがに住めない――のだ。

 そして友哉は、つい先日まで学生の身分――来週から司法修習がスタートするが――だった。

 どちらも大学卒業後の進路が、あまり一般的ではない。


「まあでも、遅いってことはないしな。お幸せに、だ」

「まあ和樹の家に行く頻度は減るとは思うし、今度ちゃんと新居にも招待してやるよ」

「期待しないで待ってるわ……っと、そろそろか?」

「お?」


 直後、コンコン、と扉をノックする音が響く。

 現れたのは――ドレスを纏った朱里と、その家族たちだった。


「じゃ、俺らは式場に先に行ってる。行こうぜ、友哉」

「ああ。じゃあまたな」

「おぅ。またあとでな」


 誠はそういうと、朱里を迎え――なにやら話しているのを背後に感じつつ、二人は式場へと向かって行った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 結婚式はつつがなく終わった。

 そのまま、同じ会場ホテルで披露宴になる。


 一昔前は、新郎新婦どちらかが公務員とかだと、仕事関係の上司やら同僚やらを招いて大変らしいが、誠の場合はそこまでは招待しておらず、仕事関係の招待客は、直接の、それもかなり世話になっている上司と、同じく仲の良い同僚二人だけらしい。

 全体でも新郎新婦それぞれ親戚含めて合計で――友人枠の和樹や友哉も入れて――三十人程度という小規模な披露宴だ。


 披露宴の最初の新郎新婦の挨拶に続いて、友人代表という事で和樹と友哉もすぐに順番が回ってきた。

 とりあえず、無難にできただろう。

 微妙に学生時代の笑えるネタを入れていたからか、朱里が頬を膨らませていたが、自分たちに頼む時点でこの程度は覚悟しておけと思う。


 その後は食事になる。

 披露宴としては珍しく、立食のビュッフェスタイルである。

 誠曰く、これならキャンドルサービスとか考えなくていいから楽だったらしい。

 その割には、参列者同士の席が固定されず、会話も弾むとのことだ。


「なるほど、確かにな」


 二人に縁がある人々で集まっているが、誠の親は二回ほど家に遊びに行ったこともあるので初対面ということはないが、朱里の親族などは和樹としては他人といってもいい。

 さすがに友哉はそちらとも知り合いらしいが。

 普通の披露宴の様な形式だったら、おそらく席を立つことはほぼなく、他のテーブルに行くことはないだろうが――こういう形式なら、軽く会話に混ざることもできる。

 主役の二人もゆっくり食事もできる、という事らしい。


 人数が多くもないので、和樹も一通りの参列者と挨拶して回る。

 誠の上司がシステム系に詳しくて、妙に話が盛り上がってしまったが。

 朱里の両親はどうやら和樹のことは聞いていたらしく、全く知らないこちらに対して、なぜか知ったように話してくるのには戸惑った。

 とりあえず大体話したかと思ったところで、最後に新郎新婦のところに戻る。

 こちらも一通り挨拶は終わったのか、今は食事に集中してるらしい。


「上手い手だな。これなら、主役でも食事も満喫できる、と」

「でしょう? ここの食事は評判いいからってのも式場選びの理由よ」


 朱里が美味しそうにローストビーフを頬張っている。

 実際確かに美味しい。

 白雪の料理と比べても遜色ない――と考えてしまうが、むしろこういう場所と比較できる彼女の料理の方がすごいというべきだ。

 使ってる食材のレベルはかなり違うはずなのだが。


「美味しいでしょ、和樹君」

「ああ、文句ないな、ホントに」

「お姉ちゃん、おめでとう……は今更だけど、前評判通り、ホントに食事が美味しいね」


 会話に混ざってきたのは、一目で女子高生と分かる少女だった。

 さっき挨拶に回った際にはすれ違ったのか、見た記憶がない。

 ただ、朱里から少し年の離れた高校生の妹がいると聞いていたので、それだとはすぐわかるが――和樹は思わず注目してしまった。


「お姉ちゃん、誠さん、この人がお友達の?」

「そ、月下和樹君。和樹君、こちら、私の妹の雪奈。会うのは初めてよね?」


 和樹は朱里の家に行ったことはないが、誠は当然だがよく知っているようだ。卯月家と津崎家は、家族ぐるみの付き合いをしていると聞いている。

 ただ、和樹が気になったのはそこではなく、彼女の着ている服だった。

 高校生だという朱里の妹は、当然のように制服で参加しているわけだが、その制服が思いっきり見覚えがあるというか、白雪のそれと全く同じだったのだ。


「初めまして、津崎朱里……あらため、卯月朱里の妹の津崎雪奈です。よろしくお願いしますね」

「月下和樹だ。お姉さんには……まあ色々世話になってる……かもしれない」

「なにそのかも知れないってー。って、和樹君、妹に見とれてなかった? 一目ぼれ?」

「……今日じゃなければ拳落としてるぞ」

「いやん」

「いや、たまに見る制服だな、と思ってな」

「あ、そうか。和樹君の家、聖華高校近いもんね」

「あ、そうなんですか。はい。聖華高校の一年……あ、今度二年生ですね」


 やはり同じ高校だった。

 学年も白雪と同じようだ。

 とはいえ、さすがに白雪のことを聞くわけにもいかない。


「誠の家の近くだろうから……電車通学か。たまに見るからな」


 白雪は、金曜日の二回に一回くらいは制服で来ることがあるので、たまに、という表現が正しいかは分からないが。

 もっともそれ以外にも、あちら側――駅の反対側――に行くと、同じ学校の他の生徒を見ることはある。


 それにしても、あらためて雪奈を見て、それから朱里を見る。

 かたや高校の制服姿、かたやウェディングドレス姿。

 さすがにこの状態ならともかく、もし普段着だと――。


「あ、和樹君、めちゃくちゃ失礼な事考えてない!?」

「朱里、落ち着け。今更だろう」


 相変わらず朱里は勘がいい。

 おそらく朱里が想像した通りのことを考えていたし、誠のフォローはフォローには全くなってなかった。

 雪奈と朱里が並ぶと、頭半分以上、朱里の方が低い。

 ついでに顔立ちも、童顔な朱里に対して、雪奈は年相応だ。

 今の服装ならともかく、普段だと百パーセント……。


「そもそも雪奈ちゃんが小学校卒業する頃には、もう背は抜かれていたし、なんなら雪奈ちゃんの方が大人に見えたからな」


 いつの間にか友哉も来ていたらしい。

 そしてさらっと過去の話を暴露する。

 雪奈が小学校卒業ということは、今から四年前。

 朱里は二十歳だったはずだが、それでもう逆に見えたというのは――。

 和樹も心底納得してしまった。

 四人で一緒にいた時、警察に職質を受けたことがあったくらいである。

 誠もこの先苦労するだろう。


 さらに友哉曰く、高校卒業時点でも、どっちが姉かはほとんど分からなかったらしい。十歳児と同じに見える高卒生ということになるが……。雪奈の成長が早いのもあったのだと思うことにしておく。

 ちなみに和樹は、大学で初めて朱里に会った時に、誠の妹の小学生か中学生だとだと思った。

 学生証を見せてもらうまで信じられなかったのは、仕方がないと思う。


「ぶー。雪奈ちゃんが大きいだけだもん。お母さんだって小さいもん」


 朱里が駄々っ子モードになってしまった。

 誠、友哉と顔を見合わせ、思わず笑う。

 大学時代からずっと続いている、四人の居心地の良い空気だった。


「まあ、そうはいってもこれで誠の奥さんってわけだ。お幸せにな」

「おぅ、ありがとうよ」

「うん。改めてよろしくね。和樹君、友哉君」

「ま、バカップルがやっとくっついた、というところだよな、実際」


 友哉の言葉に、和樹も、あろうことか横にいる雪奈まで深々と同意していた。


「あ、やっぱ身内でもそういう認識なのか」

「そりゃあそうです。もうさっさと結婚しろって……小学生の頃から思ってました。友哉さんは同意してくれると思いますが」


 友哉は中学の頃からこの二人と親交がある。

 おそらくその頃はお互いの家に行くこともあったのだろう。

 なので、雪奈とも知り合いらしい。


「同感だ。なんなら高校生のうちに、法律的に結婚可能になったら即座に結婚するとすら思ってたくらいだしな」

「君たちの中では、俺らはいったいどういう認識なんだ……?」

「「「バカップル」」」


 見事に三人の言葉が重なる。

 誠は笑いをこらえているし、朱里は恥ずかしそうに赤くなったり目をつりあげたり。

 そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

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