第32話 新年度と体調不良

 四月五日。

 聖華高校では新年度の始まりとなる。

 なお、入学式は翌日で、今日は新二年生と新三年生だけが登校する。

 同時に、多くの生徒にとっては重要な、クラス替えが発表される日でもある。


(私はどこでもいいですが……雪奈さんや佳織さんが一緒だと嬉しいですね)


 多くの生徒に『白雪姫』とも呼ばれる白雪にとって、彼女らは学校でも比較的気楽に話せる友人だ。

 呼び方こそ『姫様』だが、そこには親しみがあり、少なくとも遠巻きに見て、本当に『お姫様』的な視線を向ける他の生徒よりは、よほど一緒にいたいと思う友人たちである。


(これで和樹さんが同じ学生なら……って、そうしたらそもそも、私があの人を父親と感じることはないですね)


 それはそれで楽しいとは思う一方で、同級生の和樹は想像ができなかった。


 そうしているうちにクラス分けが発表されている掲示板の前に到着すると、すでに雪奈と佳織の姿も見えた。

 そして二人が、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 それで、だいたいの状況を察することができた。


「おはようございます、雪奈さん、佳織さん。その様子からすると……?」

「うん、姫様。今年もおんなじクラス!」

「今年もよろしくお願いしますね、姫様」


 二年でクラスが同じという事は、これで三年間同じクラスという事が保証された。

 聖華高校は、三年進級時はクラス替えがない。

 聖華高校のカリキュラムは三年次は特殊で、ほとんどが選択科目になる。

 そのため、クラス全体の行動というのがほとんどないため、クラス替え自体を行わないのだ。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 学校初日の今日は、午前中に学校は終わる。

 その最後のホームルームの挨拶を終えた白雪は、教室で一人ぼうっとしていた。

 なぜか、周囲に少しもやがかかったような感覚すらある。


(あれ……なんかちょっと……疲れているんでしょうか)


 久しぶりの学校で疲れたのだろうか、朝はそんなこともなかったはずだが。


 ふと見ると、雪奈と佳織がなにやらチラシを持って話していた。

 最近オープンしたパン屋のチラシだ。確か白雪の家の郵便受けにもチラシが入っていた。

 雪奈と佳織は、そのパン屋に寄ってお昼ご飯を食べてから帰るつもりのようだ。

 

「姫様、一緒にどう? ……姫様?」

「……あ、すみません。ちょっとぼうっとしてました。えっと……そうですね」


 雪奈が心配そうにのぞき込んでくる。

 

「じゃあ、えっと……」

「ごめん、今のなし」

「え……?」

「姫様、顔赤いよ。熱があるんじゃないかな」


 雪奈がそういうと、白雪の額と自分の額に手をあてる。


「……やっぱちょっと熱い気がする。せっかくだけど、今日は早めに帰った方がいいよ。明日お休みだし、ゆっくりした方がいいと思う」


 言われて、自分の手を頬に添えてみると、確かに少し熱い気がした。

 そういえば、先ほどから少しフラフラする。


「……そう、ですね……ごめんなさい、また今度誘ってください」

「姫様大丈夫? 送ろうか?」

「いえ……大丈夫です。それに雪奈さんは、家が逆でしょう? 歩いて帰るだけですから」


 そういうと白雪は立ち上がった。

 今日はカバンの中身はほとんど空なので、とても軽いのが幸いだ。


「それでは、失礼します」


 学校を出ると、そのまままっすぐ家路につく。


(熱なんていつ以来でしょう……)


 帰る途中で、だんだん悪化していったようだ。

 頭が呆けていくのが自覚できる。自覚できても、どうにもならなくなりつつあった。

 学校から家までは歩いて三十分弱で、慣れた道のりのはずである。

 しかしそれが、ものすごく遠く思えた。

 視界が少しだけぼやけている気すらする。

 正月に疲労が限界に達した時よりも、さらにふらふらする。


 それでもどうにか――マンションのエントランスまでたどり着いたところで、予想外の人物に会った。


「和樹さん……こんにちは」

「白雪? ああ、今日から学校……って、大丈夫か?」

「大丈夫です。ちょっと……熱っぽいだけで」


 和樹もちょうど帰ってきたところのようだ。

 考えてみたら、入口でこのように偶然会うのは初めて。

 それがちょっと嬉しくなりつつ――彼の顔を見たらなぜか安心してしまったのか、気が抜けてしまった。

 とたん、身体を支える力が失われ――床が近づく。

 まずい、と思ったがすでに手遅れだった。


 その後に来る衝撃を覚悟していたが、それが訪れることはなく、その時になって白雪は和樹の腕の中にいることに気付いた。


「あ……す、すみません」

「それはいいが、かなりの熱だぞ。大丈夫じゃないな」

「いえ、大丈夫です。ちゃんと……」


 立とうとしても体に力が入らない。


「いつぞやの逆だな」


 そういうと、和樹は白雪を支えつつエントランスに一緒に入ってくれた。


「あの……和樹さん?」

「家まで送る。家に入れたくないなら、入口まででいい」


 朦朧とした頭で、判断ができない。

 ただ、家まで送ってくれるなら、その方がありがたいと思ってしまう。


「わかりました……お願い、します」


 エレベーターに乗ると、四階まで上がる。

 四階の一番エレベーターに近い場所の扉を、スマホで解錠した。

 和樹が扉を引くと、廊下の照明が灯る。


「寝室……まで、お願い、します……」

「……わかった」


 無駄に広い家のため、和樹の家のように、すぐ右手の部屋といった指示は出来ない。

 それでも何とか寝室までたどり着くと――そのままベッドに倒れ込んでしまった。

 本当は制服も脱ぐべきなのだが、その気力すらない。


「とりあえず、ちゃんと休んで……ああ、食事できそうか?」


 正直食欲は全くない。

 ただ、今この家で、一人になりたくはなかった。


「いか……ないで……お父、さん……」


 虚空をつかむ。

 しかし気力が続いたのはそこまで。

 白雪の意識は、沈み込んだベッド同様、深く沈んで落ちていった。


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