第147話 夏服選びの待ち時間
昼食後、美雪が先導して四人はとあるブティックに入った。
どちらかというと、ゆったりとした服が多い店に思える。
ただ、完全に女性向けの服だけを扱う店なので、和樹は少なくとも今まで入ったことは一度もないのは確実だ。
隣の白雪を見ると、こちらも少し興味深そうにはしているが、慣れている様子はない。白雪の性格的に、服はいつも最低限にしていたのは容易に想像がつく。
それでも本人の容姿も相まって、普通の服がとてもオシャレに見えていたのはあるが。
「ここと……あと何カ所か目星はあるんだけど、本命はここかな。もう暑くなるし、夏向けの服が欲しくてね」
「私も……その、高校の時は結局ほとんどが制服でしたので」
確かに、白雪は元はかなり多くの服を持っていたが、その多くはどちらかというと地味目の者が多かった。それは高校生だから、と律していた部分もあるのだろう。
ついでに前に聞いたところによると、本人が自分で買った服はほとんどなく、大半は与えられた――メイドが買ってきてくれたものもあったらしいが――もので、あまり趣味ではなかったらしい。
こっちに来てからは、当然自分で服を買うことはできたのだが、消耗品である下着やストッキング類などはともかく、それ以外の服はもったいないと思ってあまり買っていなかったらしい。
服はドレスのような特殊なものを除いてほとんど持ってきてはいたものの、結局自分の趣味に合う服はあまりないので、この機会に買いたいのだという。
お金は自分のアルバイト代がこの間初めて少しだけでたのと、生活費から出すらしい。
別にそのくらいは出してもいいとは和樹は思っているのだが。
「そもそもで、自分で服を選ぶの自体、ほとんど私は初めてなんです」
そう言って、美雪と店に入って一緒に服を選ぶ白雪は、確かに楽しそうだった。
考えてみれば、子供の頃はそんな贅沢は言えないような生活だっただろうし、玖条家に引き取られてからは基本的に買い物すら自由にはならなかっただろう。
高校でこちらに引っ越して一人暮らしを始めてからも、生来の性格からか、無駄なものを買うのに抵抗があったらしい。
ちなみにたまに和樹と出かける時に来ている服は、いずれも自分で購入したものだったという。
それ以外の、普段部屋に来ている時に着ていた服は、いずれもふわりとしたスカートのワンピースなどが多く、考えてみればデザインに多少の違いはあれど、似たような服が多かった。
部屋着だからだろうと気にしていなかったが、要するにそういう服しかなかったらしい。
とはいえ、服選びにかかる時間は、男性と女性では著しく違うのは、どこの誰であろうが同じ。
そんなわけで、男性である和樹と孝之は当然のように手持無沙汰となり、店の前にあるベンチに並んで座ることになる。
「斎宮院君もお疲れ様……はこれからか」
「そうですね……ああ、私のことは孝之でいいですよ。斎宮院なんて苗字、ちょっと仰々しいので、往来で呼ばれるのはむしろ少し恥ずかしいです」
「……そういうものか。じゃあ……」
「年上の方を名前で呼ぶのは抵抗があるので、月下さんでお願いします」
機先を制されてしまい、和樹は言葉が続けられなかった。
数瞬言葉に詰まった後に、「分かった」とだけ返す。
それから二人は、店の中で楽しそうに服を選ぶ白雪と美雪に視線を移した。
「早く選べよ……と言いたくなりますね」
「まあこんなもんじゃないか。妹の買い物に昔付き合った時も、やったら選ぶのに時間がかかったからな」
「妹さんがいるんですか?」
孝之が少し驚いたような顔になる。
「ああ。面白いんだが、名前が『みゆき』なんだ。字が違うけどな。美しいに幸い、と書く」
「あ、なるほど。それで玖条さんは美雪のことをああ呼ぶのか」
「だろうな。多分紛らわしいんだろう」
名前の響きが偶然一致しているだけだが白雪からすれば美幸の方をすでに『みゆき』と呼んでいるから、美雪のことは『みゆさん』となったのだろう。
もっとも、そういう
「あの、月下さんは玖条さんと一緒に……住んでいるんですよね」
「まあ、そうだな」
「その、軽く彼女から経緯は聞いたのですが……」
孝之がやや言いづらそうにしている。
ただ、言いたいことは分かる。
普通に考えれば、これは異様な事だろう。
和樹としてはすべて納得済みだし、白雪もそのはずだが、それはお互いだけのことで、他人から自分たちがどう見えるかと言えば、赤の他人だとしたら普通はあり得ない。恋人同士だと考える方が普通だろうが。
「まあ……色々あってね。家族だと思ってる、というのが一番近いかな」
「家族、ですか」
「ああ。白雪の家族の話は?」
「ある程度は知ってます。ご両親がもう亡くなってることも」
「うん。まあそれで、俺が家族の代わりみたいになってるんだ。これは聞いているか分からないが、かつては彼女は俺の家の上に住んでいてね。それで、いわゆるご近所づきあいを続けてるうちに、お互い馴染んでしまったというか」
話していても無理があるな、とは思うが仕方ない。
「明け透けに聞きます。玖条さんと付き合うとかは考えないんですか?」
和樹はその言葉に、驚いて孝之を見た。
その顔から、少なくとも揶揄うような雰囲気はない。
本当に真面目に聞いてきている。
元々、かつて中学では同窓生だと聞いたが、意外に仲が良かったのか。
孝之に美雪という存在がいる以上、彼が白雪に恋心を持ってるとは思えない――というより今日これまでの態度でもあの二人は本当にお互いを思い合ってると分かる――ので、純粋に友人として聞いているのだろう。
「……考えたことは……ほとんどないな。むしろ、白雪に相応しい誰かがいてくれれば、と思うことはあるが……まあ、そうそういないだろうとも、な」
実際、白雪に相応しい相手となると、ちょっと思いつかない。
そういう意味では、白雪を助ける時にも手を貸してくれた西恩寺征人は申し分ないと思えたが、現状つながりがなさすぎる。
あとは目の前にいる孝之もありだろうが、さすがに婚約者がいるので論外だ。
「ご自身とは考えないんですね」
「そうだな……保護者という自認の方が強いからな、正直」
「……なるほど。突然の質問、失礼しました」
「いや。かつての友人だというなら、気になって当然だとは思うしな」
その後は、孝之は和樹の仕事について聞いてきたので、和樹は守秘義務に触れない範囲で話していた。話を聞く限り、孝之も情報系には興味があるようだし、それにどうやら和樹が携わる予定のプロジェクトにも興味があるらしい。
もっとも、そのアプローチは技術者というより、どちらかというとより高い視点という感じのようだが。
(この年齢でそういう考えを持ってる辺り、あの西恩寺征人もそうだったが、やはりちょっと世界が違うな)
白雪にしても同じだ。
自分がこの年齢だったころは、まだ自分のことで手一杯だったと思うが、白雪も孝之も、そしておそらく美雪も、ちゃんと将来のことと、そして自分が何をすべきかを考えて行動している。
そんな白雪の保護者を自認する以上は、やはり自分もまだ成長しなければならないと思わされた。
「おーい、孝君、月下さん。じゃ、お互いちゃんとパートナーの服選びに戻ってもらいましょうか」
「はいはい……でも俺のセンスに期待するなよ」
「そこはちゃんと、私が一番可愛くなる服を孝君が選んでくれると信じてるからね」
正面からそう言われて照れたのか、孝之が少し顔を赤くしていた。
それを見てると本当に微笑ましくなってしまう。
「和樹さん。私もお願いしますね。私はあまり、服選び慣れてないですから……」
「孝之君の言葉じゃないが、俺も女性の服なんてわからんぞ……妹にも散々こき下ろされた記憶しかない」
すると白雪は、なぜかそれでも嬉しそうに笑って。
「いえ。和樹さんが、私に似合うと思ってくれるなら、それが一番ですから」
その笑顔に、和樹は思わず先ほどの孝之とのやり取りを思い出さされた。
(自分が白雪と、ね――父親である以上、それはないだろうと思うがな――)
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