第146話 ショッピングモールにて

 とりあえず四人はまず美雪のメモに従ってキッチン雑貨の店に入った。

 この手の店は当然最寄り駅周辺にもあるが、こちらの方がよりおしゃれな印象だ。

 和樹からすれば、どこが違うのだろうと思うところもあるが、確かにわずかな使用感の違いが、利便性の違いになることは多いし、置いてあるときの見た目にも気を配った商品というのは、確かに見ていて楽しいというのはあった。

 先日白雪と買い物に行った時も、白雪は本当に楽しそうに選んでいた。


「あった、これこれ」


 美雪が何やら物色している。

 わざわざここまで来たのは、どうやら目当ての店があったらしい。

 美雪は孝之と何やら話しつつ商品を選んでいる。意見を聞いているようだが、孝之の方はやや困り顔だ。やがて白雪も呼ばれてそちらの輪に入っていく。

 こと、キッチン用品に関しては和樹の出番はまずない。


 続いていったのは、いわゆるリビング雑貨系の店。

 小さめの収納棚なども扱ってる店のようだ。


「うち、備え付けの収納はあるんだけど、それ以外が殺風景でさ。せっかくだからオシャレにしたんだよね」


 そういうと、美雪はスマホで三人に写真を見せてくれた。

 多分リビングなのだろうが――。


「……テレビとクッションしかないですね」

「ダイニングテーブルはどうした」

「あ、それはこっち。でも、いわゆるリビングはテレビしかないんだよねー」


 見せてくれた写真によると、少なくともリビングダイニングの構造や広さは和樹の家より少し狭いくらいか。

 大学生の一人暮らしとしては破格といえるが、さすがは名家の令嬢というべきか。

 ただ、ダイニングテーブルは別にあるからいいとして、リビングにあるのは壁際にテレビ、あとは大きなビーズクッションのみ。

 空間を広々使ってるといえばそうも言えるが――。


「さすがに寂しいですね」

「でしょ。これはこれで広々してるしいいかと思ったんだけどさ、やっぱちょっと寂しすぎる!となったわけなのよ」


 美雪によると、彼女の部屋の間取りは1LDK。

 リビングの他に六畳間の寝室があって、そちらにはちゃんとベッドと机があるらしい。

 ただ、リビングは広々使いたいからと、ソファ等は実家が贈ってくれるというのを固辞したらしいが、今になって少し後悔しているようだ。


「おっきなビーズクッション一つあればいいと思ったんだけどねー。それだと孝君来てもらってもいちゃいちゃ出来ないんだよね」


 白雪と孝之は二人とも沈黙している。おそらく下手に反応するほうが藪蛇だとわかっているからだろう。

 和樹は完全に保護者枠に徹することにしてるので、無論何も言わない。


「孝君だっていきなりベッ……痛っ」


 孝之の軽く握ったこぶしが美雪の頭を直撃していた。

 名家の令嬢というと白雪しか今まで知らず、美雪を見てると本当に彼女が名家の令嬢なのかと疑いたくなるが――考えてみたら出身がどこだろうが、十八歳の、それも恋人がいる女性なんてこんなものか、と思う。

 サンプルは朱里だが。


「みゆさん、さすがにあけすけに過ぎますよ」


 とはいえ、白雪は苦言を呈していた。

 和樹としては白雪が同じような感性ではなくてよかったと思うべきか。


「むぅ……白雪ちゃんだって、むぐっ」

「みーゆーさーんー?」


 白雪が一瞬で、見事なほどに美雪の腕と首を極めていた。

 そういえば前に柔道の技などを聞いてきたことがあったが、それを見様見真似したのか。美雪の片腕がまっすぐ上に伸びきって、脇から顎にかけて見事に締まっている。というか、あれは結構痛い。


「ギ、ギブギブ。ご、ごめん白雪ちゃん」


 運動神経はいいとは思っていたが、飲み込みも早いのか。本格的に護身術を教えたらかなりモノになりそうな気がしてくる。


 そんなこんなで、午前中に美雪の雑貨探しに終始した。

 店は決めてて、購入する商品は決めていても、なぜかその場で迷うものらしい。

 そして白雪もそれに楽しそうに付き合っている。

 この辺りの感覚は和樹にはわからない。

 やがて孝之もその買い物の相談から外れ、いつの間にか白雪と美雪で相談していて、それを離れて見守る和樹と孝之という構図が出来上がっている。

 要するに買い物に対する男女差なのだろうか、などと思いつつ、和樹と孝之は二人で苦笑いしていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おー、これがフードコート。ちょっとだけ、大学の学食みたいだね」


 一行は、お昼前、少し早めの十一時半ごろにフードコートにやってきた。

 今日は普通に連休なので、このショッピングモールにもかなりの人が来ているため、お昼時だと混むだろうという判断から早めの昼食とした。


「どこも美味しそう……迷う。孝君はどうする?」

「俺も……ちょっと迷うな」


 美雪と孝之はかなり迷っているようだ。


「和樹さんはどうします?」

「俺はこの時期ならあれかな」


 去年来た時も食べたが、この季節ならではといえば生しらす丼だ。このフードコートにはしらすをメインとした海鮮丼の有名店が入っている。

 いくら白雪でも、生しらすだけは用意するのは難しいので、こういうところで食べるしかない。


「そういえば以前も食べてましたね。しらす丼は前に鎌倉に行った時にもいただきましたが、私もそれにしてみます」

「人によって好みは分かれるがな。俺は好きなんだが」


 美雪と孝之、白雪がそれぞれ店に向かってもらった。和樹は席確保係だ。

 ほどなく全員分の食事が揃う。


「美味しい。なんかこういう場所だとまた違う感じだね」


 美雪が食べているのはパエリアだ。孝之はステーキ丼。

 和樹と白雪は生しらす丼だ。ちなみにこの店のどんぶりは直径が二十四センチもある巨大どんぶりで、具材が大量に乗っているので、見た目に非常に豪華である。


「見た目すごいねぇ、そのどんぶり。次はそれにしようかな」

「確かに凄いな。見た目……よりはそれほど量が多いわけではないのか」

「盛ってあるご飯はそれほどはないですからね。それでも、ボリューム凄いですが」


 そう言いながら、白雪は美味しそうに食べている。

 実際この時期はとても美味しいのだ。


「ところで、午後はどうするんだ、美雪。買いたいものは大体買ったんだろう?」


 孝之が自分の横にあるバッグを示す。


「うん。雑貨類は終わり。あとは服だね。孝君と私と、どっちも」

「俺?」

「そ。孝君、もうちょっとおしゃれしよう」

「いや、俺は別に……」

「ダメ。決定事項だから。あとは私の服も見てもらうから」

「え……いや、美雪、十分服持ってないか?」

「普段着はね。でも、高校生の時の普段着で大学生になってい外出なんてしないよ。大学生になったら、それなりにオシャレしたいから。今日のこれはだって、ギリギリの妥協点だから」


 ちなみに今日の美雪の服装は、白の少しだけフリルのあるブラウスに、スキニーパンツ。上にグレーのカーディガンを羽織った服装。

 孝之の服装は和樹のそれに近い。

 ちなみに白雪は薄いグリーンのブラウスに、もう少し濃い色のフレアスカート、上にやはり薄手のカーディガン。

 活動的な美雪といかにもお嬢様という雰囲気の白雪だが、どちらも良く似合ってるとは思う――のは和樹があまり女性の服に詳しくないだけではあるだろう。


「連休明けからが大学生活キャンパスライフも本番だしね。春日家の娘としては気合入れるのです」

「何に対して気合入れるんだ……」

「え? 孝君に惚れ直してもらうため?」


 孝之ががっくりと脱力する横で、和樹は白雪と顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。許嫁ということだが、本当に仲がいいと思えて笑えてしまう。

 ある意味、白雪との違いには皮肉めいた感想も出そうになるほどだ。


「まあ、最後まで付き合うか」

「はい。あ、でも……私もちょっと服は欲しくて。なので和樹さんも、その、意見下さいね?」


 思わず返答に窮した。

 和樹はお世辞にも服に詳しいとはいいがたい。というより、徹底的に無頓着な自覚はある。

 とはいえ、こう頼まれて断ることは、和樹もさすがにできず――。


「努力は、する」


 和樹はかろうじて、それだけ応えるのだった。

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