第115話 白雪の現況
「じゃあ、白雪は望まない結婚させられそうになってるってことか?」
「そういう事です。彼女の婚約者候補の選定は、それこそ彼女が高校一年の時から行われていたんです。私もその候補の一人でした。ああ、誤解しないでください。候補の一人というだけで、彼女に何かしたりはしてません。そもそも、彼の伯父である玖条貫之氏が勝手に選んでいるだけで」
征人の話に、和樹は少なからず驚いた。
高校生の白雪の話とは思えないような話である。
まだ高校生の身で婚約者をあてがわれるというのは、いったいどういう心境なのだろうと思ったが、そういえば、生まれた時からあてがわれていた事例を、本当に身近で聞いたことを思い出した。
友哉と沙月。
だが、少なくともあの二人はそれを望んでいるように見えた。
対して、白雪は――望んでいない気がする。
少なくとも、今彼女が結婚したいと考えているとは思えない。
「さすがに本人の意思を無視しての婚姻は――」
「ええ。本来はあり得ない。ですが、現状玖条さんは拒否していないらしい。さらに言えば、最終的に婚約者として選ばれたのは
征人が嫌悪感をあらわにする。
彼がこのように人を評すること自体、珍しいように思う。つまり、それだけの相手という事か。
「一度ならず、女性関連で問題を起こしてます。家の力でもみ消してますが」
「なっ……」
「ただ、十色家は商売を手広くやっていて、その関連で一部業界での立場が強い。玖条家も色々やってますが、お互いの分野が被ってないんです。勢力的には玖条家には及びませんが、そのあたりが、十色家が選ばれた理由だと思われます」
正直雲の上の話だ。
だが、そこに白雪が関わっているなら、和樹にとってはもはや他人事ではない。
「さらに言うと、十色家は京都を拠点とする一族です。なので、玖条さんが十色泰と結婚するとなった場合、ほぼ間違いなく京都に行くことになるでしょう」
つまり、その家の男と結婚させられるということは、白雪は央京大学に進学できないということになる。
「それが、彼女がこのところ落ち込んでいた理由なのか」
「ああ、やはりそういう感じでしたか。理由はそれだけ……では、多分ないのですが、それも大きいとは思います」
白雪の現状は分かった。
だが、どうしてもわからないことがある。
白雪がどうしてそこまで、伯父に逆らわないか、だ。
確かに、生活を支援されているというのは当然あるだろう。
むしろ普通に考えれば、それが一番大きな理由だ。
だが、和樹は白雪が央京大学に入るためにどれだけ努力してきたかを知っている。
その道を断たれて、自らの結婚に関することでまで玖条家に従う理由が、分からない。
「彼女は……どうしてそこまで、従おうとする?」
「実は私もそこが分かりません。彼女にとって、玖条家にいるということが何よりも大事だというなら別ですが……」
「それは……ない、と断言できる」
「あなたがいうなら、間違いないでしょうね」
「しかし、なぜ君がここまで俺に教えてくれる?」
考えてみたら、そこも謎だ。
確かに征人は、白雪の先輩であり、かつて『味方でいたい』とも言っていた記憶がある。
だが、普通に考えればこれは玖条家と十色家の問題であり、いくら同じ名家だからといって、部外者である彼が関わる話ではない。
さらに言えば、上流階級と言える名家同士の話で、特に十色泰に関する情報など、ある種ゴシップに属する話で、一般人である和樹に暴露するのは、本来は良くないのではないかと思える。
「理由は……まあいくつか。一つは、私は十色泰が嫌いです。なので、それの嫌がらせになるかと思うのが、一つ。あとは……意趣返しですかね」
「意趣返し?」
あまり彼には似つかわしくない言葉が出てきて、和樹は戸惑う。
「さっきも言いましたが、かつては私も玖条さんの婚約者の一人でした。これをあなたに言うと微妙な印象になるでしょうが、私も彼女は気になってたんですよ。あれほどの美貌と才能を持つ女性は、そうはいない」
和樹は何とも言えない表情になってしまった。
これが、娘に彼氏が現れた時の父親の心境なのだろうか。
「ああ、そんな怖い顔をしないでください。それでも、彼女が私を選ぶとは思ってなかったですし、私も彼女自身と、付き合っていけるとは思ってはいなかった。ただ、それでも私は有力な候補ではあった筈なんです。西恩寺家は首都圏を拠点としますから、京都を拠点とする玖条家としても魅力的でしょうし」
確かに、名門の出身で、白雪と
そして、西恩寺家は京都ではなく首都圏を拠点とするというのであれば、玖条家にはない、こちらでの人脈というものも持っているだろう。
征人個人としての資質も、申し分ないと思う。
「ただ、私はまだ学生です。だから、彼女の婚約者になれば、彼女自身にもう少し時間を与えられると思っていた。彼女が、自分でやっていけるだけの、ね」
確かに、学生同士で結婚することもあるだろうが、それは征人が拒否すれば済む話だ。もっともそれは、現在の白雪にも同じことが言えるはずだが、少なくとも現状、白雪はそれを拒否していないのは確からしい。
「そう思ってたのですが……私は早々にその候補から外されました。おそらくそういう意図も、貫之氏に読まれたのだと思います。で、そこまでする彼にちょっと仕返しをしたくなったというところです」
それと、と征人は言葉を一度切る。
「十色泰が嫌いだと言いましたが、別に彼個人と関わったことがあるわけではありません。というか、私の倍近い年齢ですしね」
「倍!?」
「ええ。確か三十五歳です。玖条さんの相手として考えても、いくら何でも年齢が離れすぎているというのは……まあともかく。この男、本当に評判が悪いんです」
「さっきも言ってたな。女性関係で問題を起こしたとか」
「ええ。それを、家の力でもみ消したことは、一度や二度じゃない。そういうことをする家ということで、十色家に対する印象も、私は悪いんです」
征人の年齢なら、そういう行為は非常に汚く映るだろう。
無論和樹も、家の事情だから仕方ないとは思えない。
何よりそれを許容する家に、白雪が嫁いで幸せになれるとは、とても思えない。
「もみ消した内容も、去年まで高校生だった私が言うと、問題が出るようなレベルの話です。普通に犯罪一歩手前か、アウトだったんじゃないかというほどですね。だから、いくら何でも、玖条さんに――聖華高校の生徒会長まで務めた彼女には、
「なぜそんな男を、白雪の伯父は婚約者に……?」
どういう感情があるか分からないが、白雪は貫之にとって、血のつながった姪だ。どう考えても不幸になるとしか思えない、そんな縁談を用意すること自体、普通なら考えられない。いくら、十色家の力が必要だとしても。
「それは私にもわかりません。一応言っておくと、貫之氏自身は、そのあたりについてはむしろ潔癖と言えるほどの人物だと聞いてます。それだけに、十色泰という、ある意味最悪の人間を選んだのは、私にとっても意外です」
そこまで話して、征人は一度言葉を切ると、和樹に向き直った。
「さて、ここまで話した上で――まだ関わりますか? 私が言うのもなんですが、ことは普通の家の話ではありません。さらに言えばあなたは完全な部外者で、失礼ですが何の力もない一般人です。それでも、玖条さんのために何かできることがあると……思えるでしょうか」
言われて、一瞬考える。
普通に考えれば、和樹にできることは、おそらくない。
個人で何かできるレベルの話ではないだろう。
陰謀論めいているが、下手に関われば本当に自分自身の生活にすら支障をきたす恐れすらある。
まともに判断するなら、これ以上関わるべきではないのは明らかだ。
だが。
和樹にそれは出来なかった。
ここ最近ずっと感じていた嫌な感覚の正体は、おそらくこれだろう。
そして、何の根拠もないが、まだ終わっていないという感覚がある。
ならば、まだ逆転の目は残されている。
何より、家族として、まだできることがあるかも知れないのに、ここで引き下がるなどあり得ない。
白雪が
この状況を打開する一番の手は、白雪が玖条貫之に逆らう事だ。
白雪は今日で法的には成人。
自分の意思を押し通すことができる立場になっている。
ただ、白雪はそれをしていない。
白雪がなぜ玖条家に逆らわないのか。
その理由――あるいはその原因が分かれば、そこが突破口になる可能性がある。
しかしそれを知るには、白雪本人に聞くしかない。
もう一つあるとすれば、彼女の伯父である貫之が、なぜこのようなことをするか。
その理由次第では、まだ逆転の目はあるかもしれない。
ただその場合でも、やはり白雪が玖条家に、貫之に逆らわない理由がわからないと、有効な手は打てない。
現状、和樹はたとえ盤面上に上がれたとしても、手札が何もない状態なのだ。
そのためにも、何としても白雪に会う必要がある。
「俺になにができるかは分からない。だが、ここで引き下がる気はない。それなら、そもそも君に会っていない」
すると征人は、少しだけ安心した様に笑った。
「わかりました。こちらを」
征人がカバンから大きめの封筒を出す。
「玖条家と十色家の、こちらでの拠点や関係施設の情報です。おそらく、彼女はこのどれかにいます。というか、他に行く場所があるとも思えない」
渡された封筒を開くと、地図と説明が記載されている。
いずれも、ここからなら電車で行けば一時間もかからない場所だ。
「分かった。色々ありがとう。……最後に聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」
「なぜ、俺なんだ?」
普通に考えれば、まだ高校生である白雪のことを頼むなら、学校の教師などが真っ先に思いつく。
確かにこれは公職にある者でどうにかできる話ではない気はするが、それでも、同じ聖華高校出身の征人なら、そちらに相談しそうなものだ。
「月下さんが一番、玖条さんのために動くと思ったからです。もちろん母校の先生とかも考えましたが、現状を打開できるとは思えない。それに、玖条さんに一番近いのは、間違いなくあなただと思いましたので」
「……そうか」
和樹はもう一度礼を言うと、そこの支払を終えて――征人が払うと言ったがさすがに和樹が払った――店を出ていく。
ダメ元でもう一度白雪に電話をかけたが、やはり出ない。
しばらくすると留守電メッセージの案内に切り替わったところで、和樹は伝言を残さずに電話を切った。
多分残しても無駄だろう。
和樹は持ち物を確認すると、そのまま駅に向かって行く。
何ができるかは分からなくても、今動かないという選択は、和樹にはなかった。
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