第102話 大学見学

「そういえばなんだが、白雪の第一志望って、央京大だよな?」


 いつも通りに和樹の家で夕食を食べ終わった――最近はほぼ毎日――ところで、和樹が思い出したように聞いてきた。


「あ、はい。情報学部ですね。一般公募推薦を狙ってますが……」


 推薦の試験は十二月上旬にある。

 推薦の場合は小論文と面談だけだ。

 あとは志望動機などを書いた応募書類で、こちらはすでに準備している。

 推薦応募の受付は十一月一日から十五日まで。

 試験は十二月上旬に行われ、合否発表は一月と、少し他の学校より遅い。

 白雪が推薦で応募するのは央京大だけなので、試験が終わった後は一般入試の対策をするし、推薦がダメだった場合は、一般入試でも再挑戦するつもりである。


「そか。そういえば学校の成績がいいからな。ただ、あそこの公募は結構合格率低いらしいが」

「みたいですね。評定以上に、論文と面接を重視して、合格率も一般的な推薦入試の半分と聞きます」


 指定校推薦と違って、一般公募推薦は合格するとは限らない。

 たいていの大学でも半分は落ちる。

 ただ、央京大の情報学部はその中でも難易度が高いとされ、合格率は二割ともいわれている。


「学部の規模が小さいからな……そもそも」


 学部生の入学定員は、一般入試も併せて百人ほど。調べて分かったが、指定校推薦は実はどこの学校にもない。

 その割に、大学としてそもそも人気があるし、情報学部としても設備が充実しているため、最難関とされる情報専門の国立大と同じくらい人気がある。


「和樹さんは一般入試で?」

「ああ。正直受かるかどうかって思ったが、運よく受かった。まあ、楽しかったけどな。っと、まあそれはいいとして。で、大学に見物に行ってみないか?」

「え?」

「来週、学祭があるんだ。せっかくだから、一度見てみてはどうかと思ってな」


 驚いてスマホで調べてみると、確かに十一月の一日から四日まで、大学の学園祭が開催されている。

 この時期は、本来は青蘭祭の時期とも被るのだが、今年の青蘭祭は、学校側の都合で去年より一週間遅い開催となっている。

 正直、受験生には厳しい時期な気はするし、ゆえに今年の三年生の参加率は非常に低く、七クラス中二クラスしか参加しない。

 問題はそのうちの一つが白雪のクラスなのだが。

 いずれにせよ、その準備はあるが、少なくとも三日と四日は休みだ。


「白雪、行ったことはなかったよな。一度見ておくのはどうかと思ったんだが」


 確かに、実際に行くことでモチベーションが上がる。

 なんなら、応募書類にも、もう少し書けることが増えるかもしれない。

 それに今の口ぶりだと、和樹が案内してくれると思われ、白雪にとってはそれはデートに等しい。


「はい、それはぜひお願いしたいです。やる気に繋がる気がしますし」

「わかった。もっとも、学祭だから結構雰囲気違うところもあるがな。行くなら三日か?」

「ですね。えっと……案内をお願いしてもいいのでしょうか?」

「もちろんだ。でなければこんな話題出さない。じゃあ……」


 交通手段はバスとなった。

 駅前のバスターミナルから一本で行ける。

 歩いても行けなくもないらしいが。


「じゃあ当日は……ま、早めに八時半とするか」

「はい、楽しみにしてます」


 白雪は満面の笑みでうなずいていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 前日に服装をどうするかと聞いたところ、制服だと逆に目立つから、動きやすい服装で、と言われたので、白雪にしては珍しくジーンズを着用した。五月の連休でグランピングに行った以来だ。

 上は綿生地のシャツに、少し厚手のカーディガン。

 季節的には秋も深まっている時期だが、まだそれほど寒くないので、これで十分だろう。

 あとは、肩にも描けられるバッグ。

 髪は、今日は邪魔にならない様に低い位置でシニヨンにしている。


 時間ぴったりに和樹の家に行くと、和樹もすぐ出てきてくれた。

 服装はやはりいつも通りだが、やはりこの人はこれが一番よく似合っている。


「おはようございます、和樹さん」

「おはよう、白雪。じゃ、行こうか」


 駅前までは十分とかからず到着し、そこでバスを待つ。

 見ると、ちょうど同年代から少し上くらいの人がたくさん並んでいた。


「皆さん大学生……でしょうか」

「多分そうだな。……うん、やっぱ自分が年取ったと思うな……彼らが若く見える」

「まだまだ若いですよ、和樹さんも」

「三十路って事実は動かんからなぁ」


 ちなみに今日は、白雪は伊達メガネを付けている。

 フレームの太いメガネで、これを付けると結構顔を誤魔化せるからだ。

 ちなみに和樹のアドバイスである。

 どこでそんなことを知ったのだろうと思ったのだが、「友哉が時々そうやって顔を誤魔化していたんだよ」とのこと。

 ちゃんと見られたらともかく、第一印象がメガネに集中するので、すぐには気付かれにくいらしい。


 実際その効果はあったようで、比較的混んでいるバスの中でも、あまり注目を浴びてはいない。

 これは、普段と違って少しラフな格好をしてるのも功を奏したのかもしれない。


 バスで揺られること十五分ほど。

 バスは大きなロータリーに入った――と思ったら、これが大学専用のバス停留所だったらしい。


「ほえ……広いですね、本当に」


 知ってはいたが、予想以上に広かった。

 丘陵地にある央京大は、バスを降りて大学側を見ると、丘を見上げる様になっていて、そこにいくつもの白い校舎が見える。

 校舎までは、一番手前にあるところまででも百メートル以上、一番奥に見えるところだと、三百メートルはありそうだ。


 白い校舎と、赤い石畳の道、それに緑のコントラストが美しい。これだけでちょっとした観光名所にもなりそうだ。

 大学祭の名称が『白翼祭』というが、この、ことごとく白い校舎がその元だというのは、納得できる。

 見る角度によっては、巨大な白い翼が広がってるように大学の校舎が配置されているのだ。

 少し目を転じると、山の方は赤や黄色に染まった木々が見える。


 見ると、門のところにも青蘭祭のウェルカムゲートとは比較にならないほど大きなゲートが設置されていて、すでに多くの人が並んでいる。

 開場は九時らしいから、入場待ちの人だろう。

 あと五分ほどだが。


「すごいですね……これだけ広いと、迷いそう」

「都会の陸の孤島、とか言われてる大学でもあるけどな……交通の便は良いんだが、大学周辺に何もないんだ。その分やたら広くて、大学内で大抵のものがそろうのが特徴だが」


 二人がターミナルを出て、校門の列に並んだところで、ちょうど会場の時間となったらしい。

 どこにあるのか、スピーカーから開催を告げる声が響き、同時に入場が解放――校門はすでに開いていたので――された。


 白雪は和樹と並んで、央京大の敷地に踏み入る。


(ここが、和樹さんの通った大学――)


 高校とはまるで雰囲気が違う。

 文化祭をやっているからとかそういうレベルではなく、何かが高校とは根本的に違うと感じた。

 思わず、身震いしてしまう。


「白雪?」

「あ、いえ。ちょっと大学って場所に初めてきたので、緊張してしまったみたいです」

「まあそう固くなるな。実際の試験の時にも来ることになるしな。その意味でも、一度見ておくのは十分意味があるだろう」

「はい。これだけでも来てよかったです」


 白雪は和樹の手を取って歩き始めた。

 一瞬戸惑ったようになった和樹だったが、すぐ一緒に歩いてくれる。


「どこへ行きましょうか? なんかパンフレット見ると……すごく広そうで」

「定番だと法学部とかがある辺りだが、とりあえずデッキまで行くとしよう」

「デッキ?」


 すると和樹が、今昇っている坂道の先を指さす。

 そこには、巨大な建物が何棟も並んでいるが、その手前に大きなデッキが張り出していた。坂道はその下にもぐりこむ様な高さまで続いている。


「ペデストリアンデッキっていうんだが、とりあえずあのあたりなら出店も多いしな」

「なるほど……」


 規模の大きさが高校とは段違いだ。

 聖華高校もいろいろ普通の高校からすれば規格外なところはあったが、大学はさすがにレベルが違う。


「そういえば、こちらの林は……もしかして桜ですか?」

「ああ、そうだ。ほとんどソメイヨシノだな。なので、桜の季節はみんなで花見をやってるよ」

「和樹さんたちも?」

「ああ。毎年定番だったな。大学生だと酒が入るしな」

「それは……賑やかそうです」


 春にやった花見での、お酒が入って楽しそうにしていた年長組の様子を思い出した。

 お酒が美味しいのかどうかは分からないが、楽しそうだと思ったのは確かだ。


 デッキの下に入ると、予想以上に天井が高い。五メートル以上ありそうだ。

 暗いかと思ったが、十分光が射し込むので外から見るほどに暗くもない。

 建物を見ると、それぞれの一階の高さとデッキの下が同じ高さで、二階がデッキと同じ高さになってるらしい。


 通路の両脇はいくつもの出店が並んでいて、活況を見せている。

 普通のお祭りだと定番の食べ物などがありそうだが、そこは大学祭。

 実にいろいろな催し物がやってるようだ。


「ディベート参加にテーブルゲーム、クイズ大会……いろいろありますね」

「一つ一つ全部参加してたら一日では到底足りないがな」

「そういえば、和樹さんは学生時代何をしてたんですか?」

「あー。俺らはサークルってわけじゃなかったからな……普通に適当に参加してたが……二年の時は来なかったしな」

「え?」

「高校と違うからな。文化祭は別に参加しないなら、大学に行く必要もない。実際この時期に旅行に行くやつとかもいたし」


 高校と感覚が違うので驚く。

 だが、確かに考えてみたら、そもそも講義単位で出欠をとると聞いているので、講義が休みになる文化祭期間は、来なくても問題はないのだろう。


「ただ、正式に研究室ゼミに入ったら参加しろって言われて、ゲーム作ったりしてた」

「ゲームですか」

「ちょうど当時、先輩が作った人工知能のテスト兼ねてな。で、それを応用してチェスのやつ作ったら……強くなりすぎた」

「え?」

「人工知能の基本構成がチェス向きだったのもあると思うが……友哉がチェスが得意でな。あいつに付き合わせて延々学習させたら、友哉以外誰も勝てないような奴が出来た。あれは驚いたな」


 大学のチェスサークルのメンバーが何人も挑んで惨敗したらしい。

 挙句には、友哉が――大学でもチェスが強いことで有名だった――が後ろで操作してるんじゃないかとすら言われたという。

 ちなみに、何とか最後にサークルのリーダーが引き分けたらしいが。


「そういえば、和樹さんの研究室って、大藤研究室……でしたっけ?」

「ああ、こないだ話したな。あるいは白雪も関わるかもな。あの先生、文化祭みたいなお祭りは大好きだから、いつもサークルに入ってないゼミ生は強制参加させてるんだ。今年もなんかやってるかもな……」


 それはちょっと興味がある。

 情報学部の研究室なら、入学出来たら関わる可能性だって高い。


「見に行ってみませんか?」

「……まあいいか。知り合いに会う可能性はあるが……」


 それはそれで楽しみな気がする。

 和樹の案内にくっついて、白雪は初めて見るものばかりの大学を楽しんでいた。

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