第二部 二章 縮む距離
第143話 二人で買い物
白雪は駅前にある交番のところに、目的の人物が立っているのを見つけて、少し嬉しくなって早足になった。
もちろん、立っていたのは和樹である。
先日、和樹に連休後半一緒にお出かけしたいと希望したわけだが、その和樹から提案されたのが、意外にもショッピングだった。
というより、日用品で足りないものを買うべきだろうという提案だった。
なのでこれはお出かけにはカウントしないらしいが、白雪からすればこれでも十分なところはある。
一緒に暮らし始めて一月半ほど。
新しい生活に白雪としても慣れては来ていたが、一方で前の環境とは当然違うところも少なくなく、また、ちょっとしたところで不便を感じることがないわけではなかった。
特に台所関連ではそれが結構ある。
とはいえ、居候の身で贅沢を言うべきではないし、致命的に困っているというほどでもないから、と思ってはいたのだが、しっかりと和樹にはそのあたりを見抜かれていたらしい。
そんなわけで、この際色々買いそろえようということで、一緒に出掛けることになったのである。
今日は木曜日で、明日からは連休後半だ。
本来であれば白雪は当然大学の講義があるのだが、見事に午後の講義は休講ばかり。
なので、講義が終わってから和樹と待ち合わせをしていたのである。
(考えてみたら、外で待ち合わせるのは初めてですね)
これはまでは、どちらかの家に赴いてそこから出発というのが普通だった。
世間一般のカップルだとその方が珍しく、このように外で待ち合わせをするのが普通なのだろうと思うと、なぜか心が躍る。
「遅くなりすみません、和樹さん。バスがちょっと渋滞に巻き込まれてしまって」
「いや、そう待ってもいないから大丈夫だ」
もう気温はかなり高いこの季節、和樹は薄手のジャケットとスラックスといういつもの格好だ。
白雪も今日は無理におめかしをしてきてはいない。
ブラウスにジーンズ生地のスカート、上にスプリングセーターという装いだ。
アクセサリは和樹にもらったネックレス。
下手にめかし込んでいくと、大学で美雪辺りにからかわれてしまうというのもある。
とはいえ――やはりこれでも人目は引いてしまっているのは自覚があった。
一応、ここに歩いてくるまでは、バイトの時に使っている似合ってないメガネをかけていたのだが、和樹の前であれを付けるつもりは全くない。
「それじゃ、行くか。もっとも、俺はどういうものが足りていないのかは、把握しきれていないんだが」
「そうですね……」
今のキッチンの様子を思い浮かべる。
家電製品の類は大半は白雪が使っていたものを持ってきている。これらは問題はない。
足りないのは、意外なところでは鍋やフライパンだ。
かつて和樹の家で食事を作っていた時はあまり気にしなかったのだが、実は和樹の家にある調理器具の類は、標準的なサイズより少し小さい。これは、一人暮らしだから当然と言えば当然だろう。
また、時々白雪は和樹の家で料理する際に、自分の鍋などを持ち込んでもいた。
ただ、引っ越す際に鍋などは白雪の家にあるものは、明らかにオーバーサイズだったので持ってこなかったのだが、そうなるともう少し大きいサイズが欲しくなってきているのだ。
一つ二つは持ってくるべきだったか、と少しだけ後悔している。
あと欲しいものはブレンダー。
白雪の前の家には無論あったのだが、どう考えてもオーバーサイズで、白雪は別に小型の、手で持つタイプを自分で買って使っていた。それは引っ越す際にも持ってきていたのだが、先日、うっかり落とした際にわずかに刃が欠けてしまったのだ。
独り暮らしを始めた直後にすぐ購入したもので、安物ではなかったとは思うが、思った以上に便利だったので何気に最も酷使していたキッチン家電の一つになっていた。限界が来ていたのかもしれない。
「なるほどなぁ。俺はそのあたり無頓着だからな……適当というか」
「そこがとても出来てしまうと、私の出番がなくなってしまいますから、そのくらいの方が助かります」
「世話になりっぱなしというわけにも良くないとは思うが……まあ、今は白雪がキッチンの主だからな。任せるよ」
「はい、任されました」
最寄り駅周辺はとても店が多くて、キッチン用品のお店も少なくない。白雪はそういう製品を見てまわるのも好きだったので、買う商品の候補はすでに頭の中にリストアップ済みで、店の場所も把握している。
最終的には和樹にも確認してもらってから購入するつもりだ。
なお、白雪はこういう日常使いする者に関しては、あまり安物は買わないことにしている。
こういう製品は、高い物にはそれなりの理由があるものなのだ。
この辺りは、両親もそうだったと記憶している。
「俺はホントに適当な量販店とかで買うからな……こういう店はほとんど来ないが、色々あるもんだな」
和樹が感心した様に店の品揃えを眺めていた。
実際、男性でこのような店に頻繁に来る人はそうはないだろう。
「そうですね……まあ、普通の男性の一人暮らしなら、それで十分なんだと思います。そんな料理に凝ることもしないでしょうし」
「いや、でも料理にこだわることの重要性は、白雪に会ってから痛感してるよ。日々の楽しみの一つだからな。本当にありがとう」
「それは……とても嬉しい評価ですが」
そう正面から言われると、こちらとしては恥ずかしさの方が先に来てしまう。
思えば最初は一週間に一回だけだったのに、気付けば毎日食事を一緒にするようになり、ついには一緒に住むようになって一ヶ月半。これでも付き合ってないというのはやはり異様だというのは、白雪自身も分かってはいるが――こればかりは仕方ない。
とりあえず白雪は、目を付けていたいくつかの調理器具を和樹にも確認してもらいながら購入しつつ、ちょっとした便利グッズもいくつか購入。
あとは、駅からすぐの大型家電量販店に行って、ブレンダーを買いに行く。
こちらについては、和樹からも色々意見をもらった。
やはり機械関連は和樹の方が強い。
色々迷ってから、結局国産メーカーの製品にした。
重量と手入れのしやすさを重視した結果である。
買い終わって、店の外に出ると、もうさすがに暗くなっていた。時計を見ると、午後七時近い。
結局、四時間近く買い物をしていたらしい。
「もう遅いな。今日はどこかで食べて帰ろうか。白雪が準備してたらそっちを優先するが」
「いえ。正直どうなるかなと思ってたので、準備はしてないです。でも、このまま帰っても今日の夜ご飯くらいは何とかなると思いますが」
「学校行って、こんな時間まで買い物で歩き回って疲れてるしな。荷物もそんなに多くはないし、食べて帰るか」
「はい」
白雪にとっては、本当に最後までデートでしかない。買い物デートと言うべきか。
実用性に全振りの買い物ではあったとはいえ、とても楽しかったのでこれでも十分だと思えてはいたが、外でゆっくり食事をできるなら、と思ったところでふと思いついたことがあった。
「あの、それでしたら……ちょっと食べてみたいものがあるというか」
「珍しいな。なんだ?」
「その、焼き鳥って食べてみたくて」
その言葉が予想外だったのか、和樹は目を
「珍しいものでもないと思うが……いや、もしかして食べたことがないのか」
「はい……」
白雪は小さく頷いた。
両親のレシピノートにも、焼き鳥の類は載っていなかったので、白雪は作ったことがない。
定義的には、串に小さく切った鶏肉などを刺して塩をまぶして焼いたり、あるいは焼いてからたれに付け込むのだと分かってはいる。
スーパーの総菜コーナーにはよく売っているのは見ているのだが、白雪はあまりそういうのを買うことはないし、あえて選ぶこともしてこなかった。
「なるほどなぁ。確かにそれは盲点だった」
「和樹さんはあるんですか?」
「まあそれなりにな。居酒屋の定番メニューだしな。ゼミの打ち上げとか、あとは誠たちと……ああ、それならいい店があるな」
「え?」
「ここの近くに、美味しい焼き鳥屋があるんだ。今日は……混んでるかもしれないが、二人くらいなら大丈夫だろう。多少遅くなっても問題ないだろうし」
高校生では夜十時以降は基本的に外出していると問題がある。
当然和樹もそれは気にするだろう。
だが、大学生になった今なら、その時間制約は基本ない。少なくとも、和樹が一緒であれば、何か問題が出る可能性もほとんどないだろう。
「はい。じゃあぜひ。和樹さんお勧めの店なら、ちょっと期待したくなります」
「まあ……そうだな。多少期待してもいいとは思う。じゃ、行くか」
そう言いながら、和樹はスマホを取り出すと何かを調べて、それから歩き出す。
白雪もそれについていくと、和樹はどうやら電話をかけているようだ。
雑踏で内容は良く聞こえないが――。
「よし。二人なら入れるらしい。行くか」
「はいっ」
どうやら店に電話をかけていたようだ。
案内された店は、運河沿いの道を少し入ったところにある店だった。
店構えは黒を基調にした建物で、すぐ隣にはイタリアンの店。こちらもとても気になる。
そして店には日本酒の瓶と思われるものが見えるように陳列されているが、何か雰囲気がある店だった。
それはいいのだが――。
(こ、これはこれでちょっと……)
問題は店の向かい側は――ホテル街だったのだ。
それも普通の宿泊に使うものではない。
ある意味すごい場所にある店だと思えたが、しかし同時に、とても繁盛しているのが分かる。
もっとも、当該のホテルも電飾などでのいわゆる歓楽街的な雰囲気は全くないので、変に意識してしまうのは、子供だからだろうか、と思えてしまう。
店の入口で受け付けはすぐ終わって、カウンターに案内される。
カウンターというか、目の前が焼き場だ。
「こういう感じなんですね、焼き鳥屋さんって」
「そうだな。大抵はそうだと思うが、俺もここ以外はあまり知らないが」
「他では行ったことはないんですか?」
「普通の居酒屋はこんな施設ないしな。家族で来るような店でもちょっとない。誠や友哉とは何回か来たんだが」
そうしてる間に店員がやってきて、注文を、と言ってきた。
白雪はこういう店は初めてだったので、ちょっとどうしていいか分からず和樹を見ると、和樹がとりあえず飲み物は何がいいか、と聞いてくる。
「えっと……じゃあ、ウーロン茶で」
「じゃあウーロン茶と……生一つで」
店員が大声で注文を繰り返し、去って行った。
「さすがに和樹さんもお酒なんですね」
「まあこの店だとな……飲み過ぎないようにはするが」
「大丈夫です。酔っぱらったら私が連れて帰りますから」
「いやいや、それはさすがに保護者失格過ぎる」
「そのくらいは別にいいのですけど……」
白雪はその言葉に少しむくれてしまう。
そうしてるうちに最初の飲み物とお通し――白雪は初めてだったので和樹に説明してもらったが――が出てきて、それから注文をする。
ほどなく、次々に料理が運んでこられたが、そのどれもがとても美味しかった。
美味しすぎて、思わず食べ過ぎたかと思うくらいである。
結局二時間近く店にいて、気付いたら午後九時を回っていたので、さすがに食事を終えて店を出た。
結局和樹も最初のビールに加え、日本酒を二回ほど注文していたが、それで酔った様子はない。分量的には多分一回一合ちょっとだと思われ、お酒に強い人なのだろうかと思うが、こればかりは周囲に参考事例がないのでわからなかった。
家では和樹もあまり飲まないので分からない。
「とても美味しかったです。特にあの鳥皮の串、絶品でした」
「あれはあの店の名物でもあるからなぁ。ともあれ、満足してもらえてよかった」
「あの、でもお支払いは……」
「この位はどうということはない。気にするな。いつも美味しい食事作ってもらっているんだから、このくらいさせてくれ」
そんなことでは返しきれないほどなのにと思うが、多分そういうことを和樹も望んでいないことは分かっていた。
それに、今日のこれは一応先日のお礼でもあるのだろうから――。
「それじゃ、帰りましょう、和樹さん」
そう言うと、白雪は和樹の手を取って歩き始めた。
和樹は一瞬戸惑ったようだが、それでもその手を離すことはせず――。
二人は並んで、家路に就くのだった。
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焼き鳥屋はリアルなモデルがあります(w
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