第一部 十四章 未来への選択
第99話 最後の半年
長い夏休みが終わり、学校が始まった。
三年生である白雪達にとっては、定期試験は実力の確認程度の意味合いしかないが、推薦を狙う生徒にとってはある意味最重要である。
そして白雪は、一般公募推薦に応募するつもりなのだ。
進路相談の担当教員には、指定校推薦ならほぼ確実に合格するだろうというところを、いくつか紹介してはくれている。
ただ、それらに情報系はなく、白雪の希望する進路からかけ離れているのもあり、そして央京大学に行きたいという気持ちが強いので、それらは断った。
元々、聖華高校はその特殊性ゆえに、やや指定校推薦には弱いところがある。
夏休みが明けてからの教室の雰囲気もずいぶん変わってきた。
去年はまだ夏休みの余韻を引きずっている感じもあったのだが、今年はみんなやはり気持ちを引き締めているとわかる。
夏に部活動に打ち込んでいた者も少なくないだろうが、運動部はほぼ全員引退し、今はもう受験勉強に邁進している。
「やっぱ教室の雰囲気も違うね、姫様」
お昼休み、白雪のところにお弁当を持ってきた雪奈と佳織が、神妙な顔になっていた。
「勉強ばっかりしてていいのかなぁ、と思うこともあるけど、お姉ちゃんに言わせると勉強だけしてればいいって、すごく羨ましいって言われるんだよね」
「それ、和樹さんも仰ってました」
「うわ、別方面からも。てことは、やっぱそういうものなんだろうねぇ」
学生の身からすれば、勉強勉強と言われる学生時代、まして受験という関門を控えた身としては、そのプレッシャーに押しつぶされそうになる。
社会人になって、やるべきことを成しつつ自由な時間を確保できるならそのほうがいいと思えてしまうが、和樹も朱里も同じことを言ってくるなら、多分そちらが正しいのだろう。
彼らとて、学生時代は自分たちと同じように感じていたはずなのに、それでもそう言うのだから。
「多分私たちでは分からない大変なことが、あるんでしょうね。そういえば、朱里さんはお元気ですか?」
誠と朱里の家は雪奈の家、つまり実家からはそう離れていないと聞いている。
なので、時々会っているとは聞いているが。
「うん。まだお姉ちゃんもバリバリ仕事してるけど、あれから半月ちょっとしか経ってなくても、お腹ずいぶん大きくなってきてる。そろそろ性別わかるかもって、一昨日会った時楽しみにしてた」
予定日は一月ということだから、受験の直前ということになる。
もっとも、初産は時期がズレやすいともいわれるので、年末に生まれたりすることもあり得そうだが、少なくとも白雪が高校在学中に生まれるのはほぼ確実なので、二人の子供の誕生を祝うことはできそうなのは、少しうれしい。
もっともその時期にのんびりしてられるとは思えないが――推薦で合格してくれればあるいは、か。
「そういえば姫様、公募推薦目指してるって?」
「ええ。一番行きたいところは指定校推薦はないんです」
「央京大かぁ。結構うちから行く人もそこそこいるはずだけど……ないのは意外」
「情報学部以外ならあるそうなんですけどね」
すると佳織が、何やら遠い目をしているのに気付いた。
「佳織さん?」
「同じ情報ダメ同盟だった姫様が……遠い場所に行かれてしまった……」
「か・お・り・さ・ん?」
「はひぃっ」
佳織が酷く間抜けな返事をして、思わず白雪と雪奈が笑う。
「私はとっくに克服しましたから。佳織さんだって、前ほどじゃないでしょう?」
「それは……そうですが」
実は佳織の情報の成績は、何気に大幅に伸びている。
元が低過ぎたというのはもちろんあるが、休み明け直後の小テストの成績は、平均をやや超えていたくらいだ。
「あれでしょ。唐木君に教えてもらったんでしょ」
「そ、それは……そりゃ、利用できるものは利用しますっ」
休み前なら恐らく即否定していたと思われたが、なんと肯定してきた。
その態度と、花火大会の時の違和感が、急激に白雪の中で繋がっていく。
「あの、佳織さん。唐木さんと何かありましたよね?」
ありましたか、ではなく確信を持って聞く。
すると、雪奈がニンマリと笑い出した。
そして佳織は――熱でもあるのではないかというくらい真っ赤になる。
「ほら、隠すの無理だって言ったじゃん」
「えっと……?」
「佳織と唐木君、付き合うことになったんだって」
思わず目を丸くしてしまった。
「なんか夏休みにそうなったって。まあ私が気づいたのは偶然。私と佳織が行く塾、違うとこなんだけど近くにあってさ。帰り道途中まで同じっていうか同じ電車なんだけど、佳織と唐木君は同じ塾みたいでね」
そして偶然電車の中で見かけたらしい。
だが、そこでの雰囲気が夏休み前とまるで違ったので、数日後の帰り、二人が一緒だったところに突撃して確認したという。
「ということは、あの花火の時にはもうそうなってましたよね?」
「……はい」
「ようやく違和感の正体わかりました。なんか二人の雰囲気違うなって思ってたのですけど、あの時は忙しくて確認できませんでしたし。おめでとうございます、佳織さん」
「えと……その、ありがとうございます……」
消え入りそうな小さな声。
しかしとても嬉しそうでもある。
白雪にとっても本当に嬉しくて――そして羨ましい。
「ところで、きっかけは何だったのですか?」
「え、そ、それは……」
「私も聞いてないなぁ。もう姫様にもバレたんだし、白状しなよ、佳織」
「い、一緒に勉強してただけ、です」
「それだけではさすがに情報少なすぎでは……」
「ほら、姫様も納得してないし、ちゃんと話さないと。そしたら姫様も何か話してくれそうかも?」
「はへ!?」
突然こっちに飛び火してきて、思わず変な声が出てしまった。
あまりに素っ頓狂な声だったからか、教室の注目が一時的に集まってしまう。
「な、なんでもないですから」
なおもざわついている教室の雰囲気に背を向けて、白雪は雪奈を睨む。
「姫様。それで動揺するってことは、何かあるって白状しているようなものなんだけどね」
「なにもありません。怒りますよ」
実際、現状何もない。
正しくは、去年から何も変わっていないだけだ。
「姫様が怒るところ見たことないからそれはそれで興味あるけど……」
「雪奈さん?」
「……うん、なんか怖い気がするからやめとく。で、佳織?」
矛先が変わったと期待していたらしいが、こういう時の雪奈は、文字通りの意味で狙った獲物は逃がさない。
「ほ、本当に一緒に勉強してただけ、です」
「本当に勉強してるだけでそうはならないよねぇ、さすがに」
「そ、その、と、俊夫がその、学校違ったら、これっきりは嫌だっていうから」
「いうから?」
佳織が文字通り茹蛸の様に真っ赤になって、それで机に突っ伏してしまった。
頭から湯気が出ているイメージが幻視出来るレベルだ。
ただ、なんとなく流れは想像できる。
これは確信に近いが、佳織も俊夫も、お互い好き合っていたのは確かだ。
ただ、昔のすれ違いからお互い素直になれていなかっただけだろう。
しかし、あと半年で進学というこの時期、少なくとも佳織と俊夫の進路は重ならないことは確実だ。
俊夫は少し離れた、高度な情報技術を勉強できる大学を目指しているし、彼の成績なら恐らく合格する。そうなると、家を出ることになるだろう。
一方佳織は、教員となるべく、都心の大学を考えており、進学すれば、おそらく普段会うことすら難しくなるだろう。
これまではとても近所だったし、学校は同じだった。
だが、あと半年でそういう距離が出来てしまう可能性が高くなったことで、お互いちゃんと気持ちを確認する気になったというところか。
「良かったですね、佳織さん」
白雪の言葉に、佳織は机に突っ伏したまま、耳まで真っ赤になっているがそれでも小さく頷いた。
あるいは、あと半年という時間制限が、二人の気持ちを向かい合わせてくれたのかもしれない。
この二人なら、きっとこの先幸せになってくれると思える。
きっと半年後、受験が終わった後も、その先も――二人は付き合っていくのだろうし、いつか結ばれるのだろう。
自分のことではないとはいえ、それが本当に嬉しい。
(あと、半年……)
それで、白雪の
白雪自身の気持ちは、もうこれ以上ないほどはっきりしてはいるが、同時に、和樹が、俊夫の様に白雪を想ってくれているかと言えば……多分それはない。
好意はあっても、それは家族としてだというのは分かっている。
この気持ちを押し付けることは、白雪にはできないし、許されない。
ただ、だからこそ――残された、あとの半年を、後悔のないように過ごしたい。
それが今の、白雪に出来る精一杯のことだった。
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