5.罪を着せられて
異様な空気のもとで、わたしはサヴァランに向かって話した。ヴァニーユに何をされたのか、そして、何を聞かされたのか。どこへ連れて行かれたのか。ヴァニーユがグリヨットを食い殺そうとしたことも、アンゼリカを殺してしまったことも、全てサヴァランに話した。
睨みつけられていると、時折、話が途切れそうになる。彼の睨みつけるというその行為自体にとんでもない威力を感じてしまった。だが、わたしは屈しなかった。後ろにはフィナンシエもいるし、アマンディーヌやビスキュイもいる。それに、フィナンシエの屋敷の者たちも立ち会っていた。大勢の味方がついているお陰か、恐怖に潰されるようなことはなく、全て洗いざらい話すことが出来た。
「──以上が、わたしが目撃し、体験したことです」
しかし、真実を述べたところでサヴァランが認めるはずもない。
「ばかばかしい」
真っ先に彼はそう言った。
「それでは何かね。うちのヴァニーユが嘘を吐いていると、君はそう言いたいのかな、マドレーヌ嬢」
「それはこちらも同じですよ」
真っ先にフィナンシエが言い返した。
「うちのマドレーヌが嘘を吐いていると言うんですか、サヴァランさん」
「場合によってはね」
サヴァランは平然と言い返す。
「ビスキュイ君、君はどうなんだい? その場に居合わせたのかね。それに、フィナンシエ君にアマンディーヌ嬢もどうなのかね。マドレーヌ嬢がうちのヴァニーユとトラブルになった時、君たちは一緒にいたのかね」
「それは──」
フィナンシエが口ごもる。アマンディーヌも、そしてビスキュイもそうだった。わたしもまた俯いてしまった。確かに、この場にいる人たちが見ていたわけではない。ヴァニーユとわたしの間に起こったことを目にしたのは、フランボワーズだけだった。彼女が割って入ったお陰で、わたしは助かる事が出来たのだから。
「おやおや、黙ってしまわれましたな。では、誰も見ていないわけだ。うちのヴァニーユが傷つけられる瞬間を。おぞましい赤い翅の妖精が、あろうことか人間に愛される良血妖精を傷つけたその瞬間を」
「わたしは見ていました」
サヴァランの言葉にわたしは咄嗟に噛みついた。
「あの方には助けてもらったんです。サヴァラン様、あなたはわたしを殺す気でいましたね? ヴァニーユはそのつもりでわたしを連れ去ろうとしたのです。そこへ、“彼女”が助けてくれた。傷つけるために飛び掛かったのではありません。わたしを助けるためだったんです!」
「それが間違いなく正しいとどうして証明できる」
サヴァランは言った。その鋭い眼光に心身が貫かれる。
「どんな事情があろうと、野良が良血妖精を傷つけるなんてあってはならないことだ。君のような良血妖精が存在していることと同じくらいね」
その冷たい言葉に、わたしは言い返す気力さえも奪われてしまった。この小さな勝敗にサヴァランは満足したのか鼻で笑い、フィナンシエへと視線を戻した。フィナンシエは怒りを込めた目で彼を睨みつけている。
「おや、言い過ぎましたかな」
サヴァランは言った。
「しかし、間違ったことは言っていないつもりだ。世間はどのように判断するでしょうな。私はルールを破った覚えはない。協会の定める範囲でヴァニーユを養い、時折、自由にさせているだけだ。君の妖精を傷つけたという証拠もない」
「証拠なら……」
フィナンシエはそう言って、わたしの腕を掴んだ。
「この子の腕に痣が出来ていました。お宅の妖精に捕まれた時に出来た痣だと」
「痣だけではお話になりませんな」
サヴァランは睨みつけながら言った。
「第一、それを証言出来るのはマドレーヌ嬢以外にはどなたかいらっしゃるのかな? その目で確かに見たという者は? ビスキュイ君、君はその時に一緒ではなかったそうだね。一緒だったのはおぞましい蝶の翅を持つ野良妖精。まさか、野良妖精などに証言させるわけでもあるまい」
彼の嫌らしい笑い声が頭に響く。フィナンシエもアマンディーヌも返す言葉がすぐに見つからないようで、ただただサヴァランを睨みつけていた。
「意地になることはないよ、フィナンシエ君」
サヴァランはフィナンシエに言った。
「君はまだ若く、経験も浅い。初めて手に入れた妖精に思い入れがある気持ちも理解しているつもりだ。しかしね、蝶は人気品種だ。良い配合で生まれ、良い躾をされた素晴らしい蝶なんていくらでもいる。最初は辛いかもしれないが、すぐに忘れられよう。マドレーヌ嬢にこだわる事はないのだよ」
「余計なお世話です、サヴァランさん」
フィナンシエは一喝したが、サヴァランはちっとも動じなかった。悪びれた様子もなく、ただ平然とフィナンシエを見つめていた。
「私は悪い事を言っているつもりはない。君が素直であれば、私だって未来ある若者を虐めたくはないのだよ。私はただ、不安を取り除きたいだけ。安全な環境で、妖精を愛でたいだけだ。そのためにも、この問題に関しては手を抜くことは出来ないのだ。分かっておくれ、フィナンシエ君」
「フィナンシエが間違っているとあなたは仰るつもりですか、サヴァランさん?」
アマンディーヌが冷静に問いかけると、サヴァランは堂々と頷いた。
「ああ、その通り。私は何も間違っていないつもりだ。だが、今ここでマドレーヌ嬢を引き渡さず、私こそ間違っていると君たちがそう仰るつもりならば、私は構いませんよ。法廷で決着をつけましょう」
彼の要求に寒気が走る。こんな事が許されるのだろうか。フィナンシエがここで拒否したとしても、没収という形で連行されるようなことがあり得るのだろうか。にわかには信じたくないところだが、人間たちの社会のルールの詳細は、歯痒くなるほどわたしには分からない部分も多かった。
「分かりました」
フィナンシエは言った。その狐のような目で、サヴァランを睨みつける。
「法廷でお会いしましょう」
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