7.うつろう季節
カモミーユと共に過ごす半月は、やっぱりあっという間だった。恋の季節は過ぎ去って、わたしの心身も段々と平常時に戻っていく。その些細な変化に目ざとく気づいてしまったのはキュイエールで、彼女の報告を受けたフィナンシエは、早々にシャルロットとやり取りを始めてしまった。話し合いがまとまれば、カモミーユとはお別れとなる。次はいつ会えるのだろう。出来れば次の恋の季節もカモミーユに来てもらいたい。けれど、その願いが通じたとしても先の事だ。いずれにせよ、しばらくは会えない。会わせて貰えない。恋の季節にビスキュイと引き裂かれてしまったように、恋の季節以外ではカモミーユたちとは引き裂かれるのが通例らしい。そういうものなのだと言われたら、納得するしかなかった。
だが、せめて後悔はないか。再び会うまでにやっておきたいことはないか。蜜への欲求がわたしの中で着実に薄れていく最中、カモミーユとの何かしらの思い出作りをわたしは望み始めていた。そして、その思いが強くなっていった頃、わたしはフィナンシエに呼び出された。告げられたのは、カモミーユとの別れの日だった。具体的なその日付を聞かされると、いよいよわたしは追い詰められ、意を決してフィナンシエに申し出たのだった。
「フィナンシエ様。どうかわたしのワガママを聞いてくださいますか」
すると、フィナンシエは意外そうな表情を浮かべて頷いた。
「内容によるかな。話してみなさい」
落ち着いたその言葉にわたしも頷き、緊張を抑えながら告げた。
「カモミーユとお別れする前に、何か思い出になる事をしておきたいのです。もしも可能でしたら、ビスキュイの事も彼女に紹介してみたくて。可能だったら、なのですが」
「思い出になる事、ねえ」
そう言ってフィナンシエは考え込むと、顎を掻きながら頷いてみせた。
「分かった。ちょっとアマンディーヌに相談してみようかな。もしも可能であったら、シャルロットさんとアマンディーヌたちをここに招待して、ちょっとしたお食事会をするのはどうだろうか」
「え……?」
思わぬ言葉にわたしは驚いてしまった。駄目で元々のお気持ち表明だったものだから、具体的な返事が来るとは思わなかったのだ。わたしは思わず大声で訊ね返してしまった。
「よろしいのですか!」
胸の高鳴りが抑えられず、そっと手を当てるわたしを前に、フィナンシエは微笑みを浮かべながら頷いた。
「そのくらいの事はしてあげられるよ。ただまあ、二人の都合を聞かなくてはいけないけれどね。あまり期待しすぎずに待っていなさい。確認が出来たらまた教えてあげるからね」
彼の言葉にわたしは何度も頷いた。ありがとうございます、とその言葉は興奮のあまりきちんと声にならない。それでも、フィナンシエは分かってくれた。下がっていいと言われると、わたしはキュイエールが迎えに来るのを待たずして、すぐに部屋へと戻った。とにかく嬉しかった。お食事が実現するかどうかはまだ分からなかったけれど、わたしのワガママを聞いてフィナンシエが準備してくれると約束してくれた事自体が、あまりに嬉しかったのだ。立ち止まることなく部屋まで走って帰ると、待ち受けていたカモミーユにぎゅっと抱き着いて、わたしは興奮しながら告げた。
「カモミーユ! あの、あのね!」
驚いている彼女を身上げ、わたしはどうにか心を落ち着けようとした。だが、気持ちはなかなか収まらなかった。
「あのね、フィナンシエ様とさっき話したんだけど、連絡を取って確認するらしいんだけど、確認が出来ないと分からないんだけどね……」
「マドレーヌ様」
カモミーユは静かに微笑み、わたしの頬を撫でてくれた。
「どうか落ち着いてください」
優しいその言葉に一度だけ頷くと、深呼吸をしてからわたしは再び口を開いた。
「お別れの前にお食事会が出来るかもしれないの。フィナンシエ様にお願いしたら、シャルロット様に確認してくださるって。あのね、同じ蝶の妖精のビスキュイや、フィナンシエ様の恋人のアマンディーヌ様にもお声をかけるんだって。ビスキュイをあなたに紹介したいの。アマンディーヌ様の妖精で、とても綺麗な男の子なんだよ」
「アマンディーヌ様の妖精……」
カモミーユはそう言って目を細めて答えた。
「婚約者を紹介してくださるのですね」
「婚約者……そうなのかも……で、でも、ビスキュイはね、今はわたしの一番の友達なの」
そう言うと、カモミーユは何故だか笑った。どうして笑うのだろう。分からずに首をかしげるわたしに、カモミーユは言った。
「そうですか。お食事会が……実現したらわたくしも楽しみです」
わたしのように舞い上がったりはしなかったけれど、静かに声を弾ませていた。どうやらカモミーユにとっても嬉しいお知らせとなってくれたらしい。ほっとして笑みを浮かべると、わたしの頬を撫でながらカモミーユは言った。
「フィナンシエ様は、あなたの事を本当に愛してらっしゃるのですね」
しみじみとそんな事を言う彼女に、わたしは思わず訊ねた。
「シャルロット様は違うの?」
するとカモミーユは小さく首を振った。
「いいえ、シャルロット様はわたくしの事をとても大事に思ってくださっています。もともとあの方は花の妖精の中でもわたくしの母をとても愛してらっしゃいました。けれど、母が亡くなったので、忘れ形見であるわたくしを気に入ってくださっているのです」
「じゃあ、お食事会のことも承諾してくださるかな?」
わたしの言葉にカモミーユは頷いた。
「ええ、もしかしたら。やむを得ない事情でもない限りは、フィナンシエ様のお誘いに乗ってくださるかもしれません」
「本当? わたし嬉しい。こういうのって初めてだから」
その興奮は、飛び跳ねないでいるのが大変なくらいだった。あまりに浮かれていたからだろう。カモミーユは優しい笑みを浮かべつつ、わたしを諭すように言ったのだった。
「あまり期待しすぎてはなりませんよ。人間たちとの付き合いは、疑いすぎず、期待しすぎず。それがちょうどいいのですから」
彼女の言う事ももっともだ。わたしは自分の気持ちを引き締めると、黙ったまま頷いた。
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