9.久々の愛好会

 恋の季節がすっかり過ぎ去り、最初の愛好会の日がやってきた。あれほど辛かった心身のざわめきも、蜜への渇望も消えてなくなって久しい。今では蜜飴で十分なくらいだ。時折、アマンディーヌと共に現れるビスキュイと過ごすのも楽しかったが、二人きりに物足りなさを感じる頃に開催される愛好会は、退屈しのぎに打ってつけの機会だった。

 二回目の出席とあって、わたしも少しは慣れていた。相変わらず人間と妖精の多さに驚いてしまうところはあったけれど、顔見知りの妖精を見かけると心細さはなくなった。ヴェルジョワーズの妖精であるシュセットと打ち解けるには、もっともっと時間がかかりそうだけれど、少なくとも他の蝶の少年少女たちは馴染みやすい子ばかりだ。なによりビスキュイの存在のお陰もあって、わたしもすっかり話の輪に加わる事が出来ていた。

 妖精たちのお喋りの話題は恋の季節についてだった。どうやら、あれが初めての体験だったのはわたしだけではなかったらしい。そして、興味深い事に男子と女子とで過ごし方も大きく違ったようで、お互いにお互いの過ごし方に興味を抱く妖精も多かった。特に違ったのは、花の妖精の存在だった。わたしのように花の妖精と過ごしていたのは少女だけで、少年たちは身体を動かすなどして過ごすのが大半だったらしい。

 当然ながら、少年たちが興味を持ったのは、わたしたち女子が花の妖精とどのような過ごし方をしていたかだ。けれど、真正面から少年たちにどのように過ごしたのかと問われると、何故だか気恥ずかしくて堂々と答えられなかった。やましい事なんて何もないはずなのに、カモミーユから蜜を貰っていた時の事を思い出すと、興奮で顔が真っ赤になってしまうのだ。

 恐らく他の少女たちも似たような感覚に陥ったのだろう。しつこく訊ねてこようとする少年に対し、シュセットほどではないけれど勝気なところのある少女が突っぱねるように文句を言った。

「もうしつこい! それよりも、あんたたちの事を教えなさいよ!」

「何だよ。怒らなくたっていいじゃんか」

 怒られた少年が口を尖らせる。そこへ宥めるように割り込んだのがビスキュイだった。

「まあ、話したくないみたいだし無理強いは駄目だよ。それよりさ、良かったらさっき君がちらっと言っていた話をしてよ。一角獣流の……剣術だっけ?」

 すると、少年は途端に嬉しそうな顔をして、胸を張った。

「おう。俺のご主人様が特別に教えて下さったのさ。蝶の女王様をかつて守っていた一角獣とその弟子たちが心得ていた剣術らしくて──」

 意気揚々と語り出す彼の話に、他の少年たちが関心を寄せる。少女たちの中には興味がなさそうな者もいたが、とりあえず、花の妖精との過ごし方について興味を失ってくれたので、ほっとしていた。わたしも同じだ。赤裸々に語らされずに済むならば何より。そんなわたしにビスキュイはそっと耳打ちしてきた。

「実はね、ちょっとだけアマンディーヌ様に聞いたんだ」

 その告白に、わたしは納得した。

「だから止めてくれたんだね。アマンディーヌ様に感謝しなくちゃ」

「……うん。ところでさ、蜜ってどんな味だった?」

「美味しかったよ。でも……今思うと蜜飴とそんなに変わらないかも」

 味だけなら、と言いたい気持ちを抑えて、わたしはそう言った。カモミーユに求めたのは蜜の味だけではなかった。けれど、そんな話を語ったところで不毛なだけだ。だってビスキュイにはこれからも無縁の世界なのだから。むしろ、知らない方が恵まれているかもしれない。思い出してしまうと、カモミーユの存在が恋しくなってしまう。蜜飴では物足りない。一度、その事実を知ってしまうと簡単には忘れられなかった。カモミーユの蜜を吸いながら、香りと温もりと声とあの表情を楽しめるのも二年以上先の話。そう思うと寂しくて仕方がなかった。

 だが、そんな寂しさが顔を覗かせ始めたその時だった。

「マドレーヌ、ビスキュイ」

 遠くから名前を呼ばれ、わたしはビスキュイと共に驚いて振り返った。そして、そこにいた人物が目に入ると、パッと視界が明るくなった。

「シャルロット様!」

 すぐに駆け寄って挨拶をすると、シャルロットは微笑んで挨拶を返してくれた。

「お久しぶりです。カモミーユは元気ですか?」

 問いかけるわたしを宥めるように片手をあげ、それから目線を合わせて答えてくれた。

「ええ、元気にしているわ。あなたとの日々が楽しかったのでしょうね。近頃はその話ばかりをしているの」

 朗らかに語るシャルロットの前に、少し遅れてビスキュイもやってきた。彼は周囲を窺いつつ、そっと話しかけた。

「お母さんになる準備をするって聞きました」

 すると、シャルロットは静かに頷いた。

「その通りよ。赤ちゃんを宿す準備をしているの。マドレーヌの相手をするのはだいぶ先になりそうだけれど、無事に生まれた時はあなた達にも特別に会わせてあげるわ。生まれたばかりの花の子は天使のように可愛いの。楽しみにしていてね」

 その言葉にわたしはすっかり舞い上がってしまった。二年も先と聞いて寂しかったけれど、もっと早くに会えるかもしれない。そのことが嬉しくて仕方なかった。

「はい、楽しみにしています」

 興奮を必死に抑えながらそう言うと、シャルロットは静かに頷いた。彼女がそのまま何処かへ行ってしまった後も、わたしは未来への楽しみに取り憑かれていた。カモミーユの赤ちゃん。天使のように可愛い花の子をその目で見られることが、今から楽しみだった。

 少し離れた場所では友人妖精たちがひそひそと話をしている。どうやらシャルロットが遠ざかっていくのを待ってから、口々に何かを囁き合っていた。戻っていく前に耳をそばだててみれば、もっとも近くにいた少年と少女の会話が真っ先に聞こえてきた。

「ねえ知ってる? 花の交配って特別に訓練された蝶の妖精がやるんだって。確か、授粉用の蝶って言われるんだったかな」

「聞いたことあるよ。売れ残ってしまった可哀想な蝶の中でも、ずば抜けて頭のいい子だけがなれるんだってさ」

「授粉って具体的に何をするの?」

「さあ?」

 首を傾げあう彼らを振り返り、わたしもまた内心、首を傾げてしまった。そういえば、具体的にはよく知らない。カモミーユは一応、蜜を渡す代わりに血を運んでもらうなんて言っていたけれど、特別に訓練されなくては出来ないことなのだろうか。人間に支配される前の先祖たちの時代は、訓練されなくとも花たちに子を宿すことが出来ていたはずなのに、不思議なものだ。教えてくれるかは分からないけれど、次にカモミーユに会った時には訊ねてみよう。そんな事をひっそりと思いながら、その日の愛好会は穏やかに過ごしたのだった。

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