6.火の力を持つ武器

 大変な事になってしまった。わたしもビスキュイも戸惑いながら広場の様子を眺めていた。王立歌劇場の美しい石像たちの見つめる下で、人間と妖精が乱闘している。すぐに騒動は大きくなり、部外者も恐る恐る見物していた。だが、人間側が持っている銃が怖いのか、誰も止めには入れなかった。

 耳が壊れてしまいそうな銃声が響く中、わたしは必至の思いでフランボワーズの姿ばかり見つめていた。風の力を借りる彼女に、人間たちの持つ銃は当たらない。しかし、他の妖精たちはどうだろう。彼女を助けようと割り込んだ妖精たちは。次第に人間たちの狙いはフランボワーズではなくなっていった。自分たちの動きを邪魔する野良妖精たちに牙をむき始めている。

 フランボワーズだって分かっていただろう。けれど、よそ見はしなかった。自分を狙っているわけではない銃声が聞こえる中、彼女はひたすら拘束された仲間たちの元へと駆けつけ、頑丈そうなロープをあっさりと千切ってしまった。仲間たちを信じていたからこそ、なのだろう。せっかく捕らえた妖精たちの拘束が解かれたことに気づくと、人間たちは焦り始めた。次々に銃を向け、しっかりと狙いもせずに撃ち始める。

 フランボワーズは、野良妖精たちは、ちゃんと分かっていた。銃弾は無限ではない。彼らの縋る火の力には限りがある。それに、相手を残らず倒すことが勝利ではない。全員を連れて帰る事こそが、フランボワーズにとっての勝利に違いない。

 いける。やっぱり彼女ならば人間たちに勝てる。そう思うと気が立って、わたしは思わず飛び出しそうになってしまった。だが、そんなわたしの手を背後から掴む者が現れた。驚いて振り返ると、そこにはマロンがいた。グリヨットも一緒だった。ビスキュイも二人に気づき、そっと後退する。

 マロンは一つ頷いてビスキュイの手も掴むと、“声”を伝えてきた。

『行ってはダメだよ。フランボワーズ様を信じて』

『……ごめんなさい』

 思わず謝ると、グリヨットが笑いかけてきて、わたしの頬にそっと触れてきた。

『気持ちは分かるよ』

 元気な“声”が慰めてきた。

『でも、大丈夫。フランボワーズ様ならきっと。だから、ここで待っていよう。ここで見守って、皆が逃げる時に誘導するんだよ』

 グリヨットの言葉に、わたしはようやく冷静になれた。そうだ。逃げなければならない。その際にうまく誘導することがわたし達の役目になるのだ。きちんとした役割が出来てしまえば、あとは──あとは、信じて見守るだけだ。わたしは必死に祈った。一体誰に。カモミーユが死んでしまった時は、ただ闇雲に祈ったものだった。

 誰でもいいからこの祈りを聞いて欲しかった。悲しみと向き合い、心の整理をつけたかった。しかし、その後でわたしは、先祖たちの祈りを知った。わたしはルリジューズのようには祈れない。見様見真似でしかない祈りだ。それでも、必死だった。フランボワーズたちが無事にあの場を脱出し、逃げおおせることを願い続けたのだ。

 息を殺しながら見守っていると、戦う人間たちの様子に変化が現れた。弾切れだ。狙い通り、焦った彼らに隙が生まれた。あとは、ここで全員逃げるだけ。フランボワーズはそう判断したのだろう。木槍を構え、仲間たちに向かって叫んだ。

「退避だ!」

 その声を聞いて、マロンとグリヨットが頷き合った。上手く行った。あとは彼らに位置を示すだけ。きっと、願いが通じたのだ。わたしはすぐにそう思った。

 けれど、深く考えてみれば、浅はかなことだったかもしれない。何故なら、わたし達の先祖は一度敗北しているのだ。人間たち相手に敵わず、生き残りは従うしかなかった。その当時、先祖たちだって散々祈っただろう。その祈りが足りなかったというのだろうか。いいや、そうではないのだろう。祈りというものはそもそも、叶わない願いを実現するような強力な力なんてないのだ。わたし達の見ている前で、状況は一変した。

 マロンとグリヨットが大声でフランボワーズ達を呼ぼうとしたその時、新たな銃声が聞こえてきたのだ。怯むわたし達の前で、ひとりの妖精が銃弾に倒れた。フランボワーズがはっと振り返る。その先には、制服姿の人間たちがいた。

 ──管理局の制服だ。

 フロマージュがいつも着ているものと同じ。しかし、人相がだいぶ違う。ただの野良狩りの職員とは違うのだろう。武装している彼らは随分と戦いに長けているようだった。そしてどうやら、妖精を撃つことに躊躇いなどないらしい。フランボワーズが茫然としているうちに、また一人、また一人と妖精が撃たれていった。いずれもぱたりと倒れてそのまま痙攣している。まずい状態だということはすぐに分かった。分かったものの、わたし達は恐ろしくて動くことが出来なかった。

「フランボワーズ様っ、お逃げください!」

 叫んだ妖精もまた撃たれて倒れる。そんな中で、フランボワーズは木槍を構え、管理局の者達を睨みつけた。

「よくもっ……よくも仲間たちをっ!」

 怒りに満ちた彼女の声に、わたしは震えてしまった。大きな翅を広げ、フランボワーズは愚直にも突進する。蝶というよりも鷹のようなその動きに、かけつけた職員のうちの何名かは怯んだが、全く動じない者もいる。狙いを定めた一人の狙いは正確で、無慈悲にもフランボワーズの肩を打ちぬいてしまったのだ。

「うぐっ──」

 鈍い悲鳴があがり、フランボワーズはその場に倒れた。状況を忘れて仲間たちがすぐさま駆け寄ろうとしたが、近づいた傍から根こそぎ打ちぬかれていった。何か、目的でもあるのだろうか。フランボワーズ以外の者たちは、頭を撃たれている。即死を免れた者もいたようだが、長くはないだろう。

 そして、とうとう妖精たちは殲滅されてしまった。あとに残されたのは、撃ち抜かれた肩を必死に抑えて這いつくばるフランボワーズだけだった。そこへ、人間たちは恐る恐る近づいていき、取り囲んでいく。そこまで見せられて、わたしもまたじっとしてはいられなかった。

 ──フランボワーズ様!

 飛び出しそうになり、透かさずビスキュイに手を掴まれた。グリヨットも、マロンも、わたしの行動に気づいて、必死に首を振る。冷静さを欠いたわたしはただただフランボワーズを助けたい一心でしばらくもがいてしまった。だが、その最中、グリヨットとマロンの悲しそうな目に気づき、冷静さを取り戻した。

 もう駄目だ。蹲るフランボワーズを囲みながら何やら話し合っている人間たちを前に、わたしは奥歯を噛みしめた。ここで飛び出したって、助けられやしない。わたしとビスキュイはともかく、グリヨットやマロンはどうなってしまうだろう。

 歯痒さに打ち震えながら、わたし達はしばらく広場を見つめていた。だが、そのうちに人間の一人が周囲の路地裏に疑いの目を向けだしたことに気づくと、苦しそうな声でマロンが言った。

「──帰ろう……このことを報告しないと……」

 人間たちが動き出そうとしている。その前に、わたし達は路地裏の奥の奥へと一目散に逃げていった。

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