11.とにかく伝えたくて
決してフィナンシエを困らせたいわけではない。それでも、サヴァランが帰ってしまうと、すぐにわたしは機会を窺い、躊躇いもなく屋敷を抜け出していた。一度脱走してしまったことで悪癖がついたのだろうか。以前のような多大な緊張と恐怖はなく、背中に翅でも取り戻したかのような軽やかな気持ちでわたしは屋敷の庭を抜けていた。
今回はグリヨットもいなければ、ビスキュイもいない。たった一人で歩む林道は、全く知らないわけではなくとも心細さがあった。馬車から何度か目にした景色と、グリヨットに率いられて一度だけハッキリと見た景色を何度も思い出し、確認しながら歩まなくては迷ってしまうだろう。
町中とは違って舗装されていない道を歩き続けるのは少し疲れる。けれど、そのお陰で轍を確認できると、あとはもう怖くなくなった。手掛かりを味方につけて進み続け、わたしはようやく一人の足で王都の中心部にたどり着いたのだった。その中へと踏み込む前に、わたしはしばし美しい建物のひしめき合うその景色を眺めた。木々が集う森林にも言えることだが、一塊に王都を形成するその建物の群れは、それ自体が怪物のようにも見えた。
あの中で、グリヨットたちは懸命に生きている。そして、今、恐ろしい危機に瀕している。そう思うと居ても立っても居られずに、わたしはいよいよ歩みだした。町中に入ってすぐに鉢合わせた人間たちが、わたしのことを不審な眼差しで見つめてきた。その視線になるべく反応しないように努めて、わたしは堂々と物陰へと歩いて行った。こういう時は変におどおどしないことが重要だという直感のもと、なるべく人間のいなさそうな道を選んで裏通りへと足を進めていった。そうして迷い込んだのが、建物と建物の間にひっそりと存在する、野良妖精たちの世界だった。
さて、ここまで来られたのは計画通りだ。しかし、重要なのはここからだった。危険をいち早く、尚且つ正確に伝えるには、わたしの話を落ち着いて聞いてくれる知り合いと会わなくてはいけない。いくらフランボワーズのお墨付きだと名乗ったところで、初めて顔を合わせる野良妖精がまともに取り合ってくれるとは思えない。だから、目指すべきは祈り場だろう。そこへ行けば、少なくともルリジューズがいるはずだ。しかし、その祈り場は一体どこにあるのか。
案内人なしでここに飛び込んだのは無謀だったかもしれない。同じような景色ばかりが続き、仮に特徴があったとしても覚えきれていない道を右往左往していると、やがては体力も尽きてしまうだろう。それに、野良狩りをしているということは、わたしもまた捕まる可能性があるということだ。収容所送りにはならないと思っているのだが、楽観的だろうか。いずれにせよ、フィナンシエがわたしの脱走に気づいていたとしたら、強制送還されることになるだろう。せめてその前に、野良妖精たちにこの危険を伝えなくてはならないのだが。
日の明かりの少ない不気味な道を進みながら、わたしは焦燥感に駆られていた。せっかくそれらしい場所を歩いていても、しばらくは野良妖精の一人にすら出会わなかった。そうなってくると恐怖と不安が顔を覗かせてくるのだ。まさか、グリヨットたちはすでに根こそぎ捕まってしまったのではないか等と。けれど、すぐにその不安は解消された。少し開けて日の差した場所で、数名の野良妖精たちが屯していたのだ。見知った顔はいなかったものの、背中に小さな翅があるのはグリヨットやババ等と同じ。わたしは安心して彼らのもとに近づいて行った。
「あ、あの……ちょっとよろしいですか?」
話しかけたはいいが、振り返った彼らの眼差しの厳しさに、わたしは一瞬だけ怯んでしまった。だが、ここで怯んでどうする。屋敷を一人きりで脱走し、ここまでやってきた自分の勇気を信じて、わたしはその視線に耐えながら問いかけた。
「ルリジューズのもとに行きたいのですが、道に迷ってしまって。よかったら、場所を教えてもらえませんか?」
はっきりとルリジューズの名を出したからだろう。彼らの視線が少し変わった。互いに顔を合わせて、何やら話し合った後、その集団のリーダー格らしき女性がわたしを少しだけ睨みながら問いかけてきた。
「彼女に何の用だ?」
「伝えたいことがあるんです」
「伝えたいこと?」
厳しさのある問いかけに、わたしは恐る恐る頷いた。
「はい……人間たちの動きのことです」
わたしの言葉に野良妖精たちの一部が不安そうに何か呟いた。リーダーの女性もまた眉を顰めたが、落ち着き払った様子でわたしを睨み続け、そして試すように聞いてきた。
「君は良血蝶々だね。名前を聞いておこうか」
「マドレーヌです。フランボワーズ様にも先日ご挨拶をいたしました」
丁寧にお辞儀をしてそう言うと、やや彼らの眼差しが和らいだ気がした。
「なるほど。顔合わせ済みってことか」
野良妖精の一人がそう言うと、リーダーの女性もそれに頷いた。
「分かった。ついて来な。祈り場まで連れて行ってやろう」
ぶっきら棒にそう言うと、野良妖精たちは一方に向かって歩みだした。
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