12.緊急会議
野良妖精たちに連れられてやってきたわたしを迎えて、ノワゼットは非常に驚いた様子だった。たまたま遊びに来ていたというグリヨットもまた、わたしが案内もなく、またビスキュイも一緒でない状態で屋敷を飛び出したことが信じられないようだった。けれど、彼らがどんなに驚こうとも、そんな事に構っている余裕がなかった。すぐにノワゼットにルリジューズを連れてきてもらうように願い、わたしを連れてきた野良妖精たちや、グリヨットと同じくたまたまここに居て興味を持った他の妖精たちも加わって、ある程度の数の妖精たちが集ったところで、わたしはようやく切り出した。
「人間たちが今日から妖精狩りを強化するって。収容所が襲撃されたことを重く受け止めているみたい。それに、人間たちの中にフランボワーズ様の姿を目撃した者もいるみたい。彼女たちの居場所が知られたら、とても大変な事になるんじゃないかって……」
わたしの言葉に案の定、祈り場は騒然となった。グリヨットは不安そうに身体を震わせ、縋るようにルリジューズを見上げていた。そのルリジューズもまた、唇をぎゅっと結び、不安を押し殺しているようだった。だが、しばし心を落ち着けると、彼女は近くにいる妖精たちに言った。
「皆、落ち着いて。まずはこの事を女王に伝えなくては。誰か、クレモンティーヌ様とフランボワーズ様のもとに行ってくださる?」
「分かった。すぐに行ってくる」
返事をしたのは、わたしを連れてきてくれたあの野良妖精たちだった。出て行こうとする彼らにノワゼットが呼びかける。
「くれぐれも気を付けて。最近、管理者の変わった区域がある」
彼女の言葉に野良妖精たちは笑みを浮かべながら片手をあげた。
「大丈夫、忘れちゃいないよ」
「ちゃんと私道を選ぶから安心しな」
そして、彼らは出て行ってしまった。本当に大丈夫だろうか。わたしは不安になりながら、彼らの無事を祈った。野良妖精たちの暮らしの詳細まではわたしも知らない。けれど、ちょっとした騒動や手違いが彼らの命を危険に晒すと分かっている以上、心配でならなかった。
「大丈夫だよ、マドレーヌ」
きっと不安が顔に出ていたのだろう。グリヨットがそっと話しかけてきた。
「彼らはちゃんと道を選んで進んでいく。この辺りにはね、収容所の職員が立ち入れる場所と立ち入れない場所があるんだ。だから安心して」
「そうなの? それなら良かった」
しかし、安心しきって大丈夫だろうか。思い出すのは初めてここに来た日に聞いたフランボワーズの演説だった。あの時、収容所に語られていた仲間が囚われた経緯を思い出せば、いつ、どのようにして、安全な場所が奪われてしまうかなんて分からないのだと分かってしまう。けれど、幸いな事に、彼らは無事に役目を果たしたようだった。
しばらく経ってから祈り場にやってきたのはババたちだった。クレモンティーヌとフランボワーズの伝言をルリジューズ宛てに持ってきたようだった。彼らのやり取りを聞いてわたしにも分かったことは、この祈り場以外にもいくつもの拠点があるということ。それらはいずれも野良妖精に友好的な人間たちの権利で守られており、妖精たちが安全に暮らせているということだった。
双子の女王の指示は、不要不急の外出の禁止だった。もしも捕まっても助けに行くのに時間がかかるかもしれない。だから、再び指示があるまでは、安全と分かっている妖精たちの拠点から離れないようにということだった。どうやらこの指示は野良妖精だけが対象でないらしい。伝えに来たわたしもまたもうしばし留まるようにと名指しされてしまった。隠密活動が得意な妖精たちが人間たちの動きをもっと注意深く観察するらしい。その間にルリジューズのもとで双子の女王を中心とした会議が行われ、今後の方針が決まるのだと。わたしの帰宅はその後にして欲しいとのことだった。
「しかし、思っていたよりも動きが早いな」
祈り場のソファに座りながら、ババが憔悴したようにそう言った。
「放っておいてくれれば、俺たちだっていずれは出ていくというのに」
彼の嘆きに同調するように、その場にいた妖精たちもため息を吐く。その様子を遠巻きに眺めていると、グリヨットがわたしに話しかけてきた。
「ねえ、マドレーヌ。怖くなかった?」
「怖いって?」
問い返すと、グリヨットは苦笑しながら小声で言った。
「ここまでくる道のりのこと。良血さんでも収容所は怖いところなんだよ。迎えが来るまでは死の香りが付きまとうからさ。そうでなくたって、あんなにお屋敷から離れるのが不安そうだったのに」
その言葉にわたしもまた笑って返事をした。
「一度脱走したら怖くもなくなっちゃった。それに、グリヨットたちが危険かもって思ったら、じっとしていられなかったの」
素直な気持ちでそう言うと、グリヨットはじっとわたしの顔を見つめ、そして目を潤ませながら、今度は心から笑ってみせた。
「そっか。なんだか嬉しいな」
ぽつりとそう言った彼女の言葉がやけに胸に響いた。やっぱり伝えに来てよかった。その思いが、フィナンシエを心配させる罪悪感よりも上回った瞬間だった。
しばらく経つと、伝言にあった通り、会議に参加する者たちが祈り場にやってきた。ジャンジャンブルに付き添われてフランボワーズが、そして、彼女のあとに続くように現れたのが、グリヨットと同じくらいの年齢の少年妖精だった。髪色は地味な茶色だが、どことなくビスキュイを思わせる彼の名は、マロンというらしい。そして、そのマロンに続いて現れたのが、青い蝶の翅と栗色の長髪を持つ美しい女性だった。彼女こそがクレモンティーヌ。フランボワーズの姉であり、聡明な判断力で野良妖精たちのトラブルを解決しているという女王の一人だ。彼女はわたしの前を通りがかると、ふと足を止めて、じっとわたしを見つめてきた。わたしと同じ菫色の目でじっと。そして、落ち着いた声で話しかけてきた。
「マドレーヌね?」
その問いに緊張しつつもしっかりと頷いて見せると、クレモンティーヌは少しだけしゃがんでわたしと視線を合わせてきた。その動きで長い髪が揺れる。爽やかな風を感じさせるその動きに目を奪われていると、クレモンティーヌは静かに囁いてきた。
「あなたの勇気に感謝します」
頭にそっと手を置かれると、不思議なくらい気持ちが落ち着いた。フランボワーズとはまた違う何かが宿っているように感じられた。わたしと同じ女王の末裔であっても、女王の魂を継いでいるのはきっとこの姉妹なのだろう。それは、背中に美しい翅があるからという単純な理由ではない。そんな確信と共に敬意を示しわたしは頭を下げたのだった。
その後、程なくして会議は始まった。会議室は祈り場の玄関ホールからほど近い場所にあるらしい。階段をのぼった正面の扉の向こうだ。そのため、ここであまり騒いでしまえば迷惑になるかもしれない。そう言って、グリヨットは蚊帳の外の妖精たちをやや強引に束ねると、右端に繋がっている小部屋へと進んでいった。蚊帳の外になってしまった妖精はさほど多くない。わたしを送り届けてくれた妖精たちはどうやら違う場所に留まっているようだし、ババたちは会議に参加できる面々であったらしい。ルリジューズもノワゼットに付き添われて会議室に消えてしまった。
最終的に残されたのは、わたしと、グリヨットと、最初から祈り場に屯していた三名の妖精たちだった。
「黙って待っているのもつまらないしさ」
グリヨットが言った。
「せっかくだから皆でお話でもしようよ」
彼女の無邪気な提案に引っ張られるままに、わたし達は一か所に集った。
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