第92話 授業風景・3年目
養成所の授業内容は3年目になると、そのほとんどが実習形式になる。
その理由は単純で、卒業生のほとんどが配属される軍での基本的な行動様式について学ぶためだ。
2年次までに行っていた戦闘訓練に加えて、王都から外に出て魔獣を討伐するために必要な訓練、すなわち行軍や索敵、野営拠点の確保や警戒などといった内容が追加される。
安全性を確保するため王都の敷地内で行われるが、その様相は授業というよりも実地訓練にほど近い。
その中でも夜間拠点警戒は一番不人気な科目である。
その理由を挙げるのならばまず初めに時間だろう。
夜間から翌朝にかけての訓練なのだが、初日の午前中も翌日の午後も当たり前のように講義がある。
現代の労働基準に照らし合わせれば怒られそうな内容だ。
その内容は22時から6時の間、指定された拠点を事前に決められたチーム編成で警戒しなければならない。交代制で休息と警戒を繰り返し、神経をすり減らしながら時間を過ごす事になる。
そして神経をすり減らす追加の要因がチームごとに配布される襲撃予告である。この予告表には困った事に時間帯ごとの襲撃可能性だけが記されている。
確率、それは人を狂わせる魔性の数字。
5%が当たることもあれば90%が外れることもある。
加えて言うならば襲撃の確率と襲撃の人数は関係がない。いつ来るのか、どれだけの頭数が来るのか不明瞭な襲撃者を常に警戒し、その予兆を察知、必要であれば休息に回っている人員の協力を仰いで迎撃体制を整えるまでが訓練の主な流れである。
そして何度目かの夜間警戒訓練の日。
「これは……予想してたよりも辛いわね」
「夜に強い私達でこれですから、他の方々には相当堪えるかと」
深夜帯の警戒担当になったクロエとカーラが感想を漏らした。
二人は吸血鬼にサキュバス、どちらも夜に強い……というか昼間は能力が低下する種族であるからして、必然的に一番厳しい時間帯を任されがちである。
警戒訓練では全クラスから抽選される形でチームが組まれる。1チーム20人の5チームのうち同一のチームに特定の二人が配置される……なにやら数学の問題集みたいな雰囲気だが、彼女ら二人が同じチームに配置されるのはかなり珍しいという事が分かっていただけると思う。
そんな状況だから警戒中のお喋りに花が咲いてしまっても仕方ない。
「襲撃担当にサニーが含まれていないのが救いよね」
「そもそもあの人レベルの脅威がある場所を拠点にするのが間違いですよ」
「初回なんかまるで訓練にならなかったじゃない」
「あれは、酷かったですね……」
二人は荒れに荒れた初回の訓練に想いを馳せた。
あれを大惨事と言わずしてなんというのだろう、暴力とその報復の暴力がぶつかり合うどうしようもなくとんでもない事態だった。
そのとんでもない事態を引き起こした結果、新たに制定されたルールが、拠点周辺を離脱しての索敵行為の禁止である。これは例の初回でキリコがやらかした暴挙のせいで追加された物だった。
彼女が何をしたのか察しの良い方はなんとなく気づいているかもしれないが「襲われる前に殲滅しちゃえば良いのよ!襲撃者が居なければ安全じゃん!」などと言い出して軍から派遣されている襲撃担当者に逆に奇襲を仕掛けて強引に安全を確保した結果、報告を受けて怒ったサニーにボコボコにされた。
「戦場で目立ったせいで優先的に叩き潰されてしまいました。全部キリコのせいです、あーあ」とそれはもう念入りに叩きのめされた。そんな事もあったのだ。
一方その頃、別チームの拠点では。
「お前、卒業後はどうするつもりだ?」
「軍属のつもりだが、それ以外になにかあるのか?」
深夜帯の何もない時間というのは話が進む。
もちろん警戒中ではあるのだが、幾度か訓練を重ねて余裕が出てくる頃になると少し気を抜いて喋るようになる。3年次ともなれば養成所を卒業した後の身の振り方についても考えなければならない。最終的な決定を下すのが自分自身であることに違いはないが、それでも気心の知れた友人の話を聞きたくなるのが人情なのだ。
「勧誘とか受けただろう?」
「言われてみればそんなのもあったな。俺は実家のある西部方面に行く予定だが、お前は?」
特別クラスの面々という逆の意味で配属を考えなければならない連中の他にも勧誘を受ける人々というのはそれなりにいる。飛び抜けてというほどでなくとも優秀であったり、あるいは各々の実家と各地方との関係性であったり。そのような形で勧誘を受けた結果、自らの配属先を希望する者もいるのだ。
「実家のある奴はやっぱりそうだろうな。俺は……正直迷ってる。北部だからな、果たして戻るべきなのかどうか」
そういう彼はどうやら実家のある北部方面への配属希望を出すかどうか悩んでいるらしい。
「何を迷っているんだ?帰ればいいじゃないか」
魔界において実家との関係性が芳しくない人というのは存在し得ない。精神性やらなにやらが現代人と違うという訳ではなく、くだらない内輪もめをしているような集団ならば外部から襲ってくる魔獣の脅威に立ち向かえないというだけのことである。
それ故に何を馬鹿なことを悩んでいるんだと言わんばかりの彼の返答もこの場においては正しいことなのだ。
「そう……なんだがな、家と連絡がつかないんだ」
パシャ!
なおも悩み続ける男の背後から聞こえた明らかに場違いなシャッター音と閃光。
音と光に反応した二人が背後を振り返ると、そこに居たのは二人を背後に自撮り写真を撮影したサニーであった。
「サニー教官!?一体いつから!?」
「卒業後の進路を語り始めたあたりから。ところで君、その話ちょっと詳しく聞かせてもらえる?」
「その話って一体どの話ですか!?」
「北部の家族と連絡が取れないんでしょ?訓練が終わったら私の所に来るように。それと君ら二人は評価点数引いておくから」
「そんなぁ」
「実地で怪我とか死んだりするよりマシでしょ?私は襲撃担当じゃないけど全く気づかないのは問題よねー。それじゃあ、残りの時間も頑張って」
現れるはずのないサニーの姿を見て慌てる二人を適当にあしらいつつ、彼女は要件を伝えると軽い足取りでその場を後にした。
なお、完全に調子を狂わされたこのチームの訓練結果が散々なものであったことは改めて言うまでもないだろう。
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