第30話 西部領4

「ちょっとこれ、どういうつもりよ?」

 ローザのお気に入りだった真っ赤なドレスに身を包んだサニーが屋敷全般の業務を一手に引き受ける執事を問い詰める。

「おや?お気に召しませんでしたか。これは失礼」

「理解っててやってるなら相当質悪いわね、先代様?」

 サニーはこの老年の姿をした執事の正体を知っている。

 いや、知っているというより教え込まれたというべきだろうか。

「いまは先々代でございますよ、サニー様」

「……そうだった」

 指摘を受けたサニーはきまりが悪い表情で答えた。

 老年の執事を装っているこの人物は、ローザの父であり、先々代西部領領主であり、西部領の前身となったシュヴァリエ王家を終わらせた人でもある。

 ローザとつるんで色々やらかしたあとにお叱りを受けるのがお決まりのパターンだった。半分くらいはローザの方から誘ってきたから私はあんまり悪くない……とサニーは思っているが。

「それで、どうして自分の屋敷で執事の真似事なんかしてるのよ?」

「かわいい孫娘の成長を見守りたいから、辺りでいかがでしょうか?」

「なにも執事のふりをする必要はないじゃない」

 クロエのことを見守りたい、その気持はわかる。

 しかしながら正体を隠して執事のふりをする必要が見当たらない。ローザが没した頃クロエはまだ5歳だったのだから、先々代としてそのまま保護すればなにも問題はなかったはずである。

「私が表に出ることで見えなくなる問題もあるということです」

 あくまで執事然とした態度を崩さず彼は言う、ここでこうしていることにも理由があるのだと。

「わからないけどわかった。万が一の時はクロエ達のことよろしく」

「かしこまりました」

 理由はわからないままだけれど彼が戦力として数えられないのは確かなようだ。

 だから保険として子供達のことをお願いしてこの話はこれで終わり。

「ところで、夕飯のメニューに苦手なものはございませんか?」

「ないわよ、子供じゃないんだから」

 私も彼から見たらまだまだ子供なのかもしれないけれど。


 キリコ達と合流して城の食堂へと向かう。

 途中でクロエの父親とも顔を合わせたがなにやら予定があるらしく一言二言交わすと足早に立ち去ってしまった。

「やっぱり今のうちに仕留めておいたほうが良かったんじゃない?」

「向こうが手を出してくるまでダメって言ったでしょ。とは言え、すごく怪しいのは事実なのよね……」

「誰が?」

「お父様よ、領主の仕事こっちで引き取ったからやることなんて何もない筈なのに」

「やっぱり今のうちに首を切っておこう……」

「ダメだって言ってるでしょうが!」

 一回り以上年下の少女に再三にわたり制止されるサニー、我慢のきかない女である。


「皆様、夕食の準備が整いました」

「えぇ……そのキャラ続ける気なの?」

「はて?なんのことですかな?」

 未だに老年執事のふりを続ける先々代様に指摘をしたら見事なまでにとぼけられた。なんならクロエも『なに言ってんだこいつ』と言わんばかりの懐疑的な視線を向けてきている。

「あー……クロエ、お爺さんに会ったことはある?」

「いきなりなによ?お祖父様ならお母様が生きてた頃に一度会ってるはずよ。まあ、覚えてないんだけど」

「そっか、なら仕方ないわね」

「だからなにが言いたいのよ?」

「なんでもない。ちょっと気になっただけ」

 どうやらクロエは自らの世話を焼く執事が自身の祖父であることを知らないらしい。

 その正体が発覚したときの反応を少しだけ楽しみにしているサニーであった。


「今日はいつにもまして豪華じゃない?」

 テーブルの上に所狭しと並べられた料理を見てクロエがそんなことを口にする。

「お嬢様が久しぶりに戻られましたからな、豪華にもなりましょう」

「別にこのくらい普通じゃない?来客があればもてなすくらいするでしょ?」

「領地も持たず金の使い道がないあんたの家と一緒にしないでほしいわ」

 クロエが苦言を呈する、サニーの実家であるアージェント家は領地を持たない。

 未だ復興もままならない大陸中央を破壊し尽くした魔神を撃退したのがサニーの母であるセレスティアなのだが、その功績に報いるだけの報酬が用意できなかったからだ。

 結局、新しく区画を整理し立て直した王都中央に広々とした屋敷をもらい、残りは金銭で報酬を受け取ることとなった。

 ひどい言い方をすると、サニーは働かなくても食べていけるのだ。

「金の使い道くらいありますぅー。家政さんの給金とか部隊員飲みに連れて行ったりとか……」

「あんたの収入ならどうとでもなる話じゃん!」

「えへへ……」

「褒めてないわよ」

 領主としてあるべき姿を理想として振る舞うクロエと完全に道楽で生きてるサニー、付き合いの長さ故か相手の事情を知っている者同士の煽り合いは頻繁に起きるのであった。


「この味付け、ケイシーさんのとこのと似てる気がする……?」

 食事中、キリコが疑問を浮かべる。

「おや、懐かしい名前が出てきましたな。ケイシー君は元気にしてましたか?」

「もうケイシー君なんて年じゃないでしょ、あれはもういいおじさんよ」

「ふむ、でしたらサニーおばさんと呼ぶべきですかな?」

 先程から事あるごとに執事に食って掛かるサニー、その理由は当人同士しか知らない。

「ケイシーさんはお元気そうでしたよ、王都のレストランで働いてました」

「それはそれは、教えたかいがありましたな」

「じいやったら料理が好きなのは知ってたけどそんな事やってたの?」

「クロエお嬢様が生まれるより昔の話ですな、そこにいるサニーとセヴァライド家のリリーお嬢様、ケイシー君と……ローザ様にも。教師の真似事をしておりました」

 少しだけ空いた間は懐かしさによるものだろうか。

「サニーの昔話とか興味あるんだけど」

「ふむ、ちょうどいい機会ですしいくつかお話しましょうか」

「ちょっ、やめなさいって!」

 アイギスの興味をきっかけに始まる楽しさと後悔に溢れた昔話。

 静止するサニーをよそにそれは夜遅くまで続いた。

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