第29話 西部領3

「私だけずぶ濡れとかまじで意味分かんないんだけど」

「ちょっと、近づかないでよ。私まで濡れるじゃない」

 湖に落ちたキリコを助け出したサニー達はクロエの屋敷に向けて移動する。

 なぜか、救出に回ったサニーだけがずぶ濡れの状態で。

 落水したはずのキリコにその記憶はなく、気絶していた彼女が目を覚ましたときには全身びしょ濡れのサニーが不安げな表情で見つめていて状況を理解するのに幾ばくかの時間を要した。

「本当に私、あの湖に落ちたんですか?」

「ほんとほんと。サニーさんたまに嘘つくけどそれはホント」

「一気に胡散臭くなってきた……」

「湖に落ちたのは本当だから調子悪いなら言いなさい」

「んー……たぶん大丈夫」

 手足を軽く動かしキリコは自身の調子を確認する、特に変なところは思い当たらないのできっと大丈夫だろうと結論付けた。


 しばらくして屋敷にたどり着いた。

 クロエは屋敷と言っていたけれどどちらかというと城ではないだろうかとキリコは思った、口には出さなかったが。

「お帰りなさいませ、お嬢様。お客人の皆様方もよくいらっしゃいました」

「ただいま、じいや。早速で悪いのだけれど湯浴みと着替えの準備をしてくれるかしら?」

「かしこまりました。このまま浴場へとお向かいください、お召し物はこちらで見繕っておきましょう」

 城の裏口らしき所から中に入る一行を執事が出迎えた、床を濡らしてしまうのが若干申し訳ないとは思いつつも勧められるままに城の浴場へと向かった。


 汗を流す、言うほど汗はかいてないけど。

 体を洗い、湯船に浸かり、弛緩する。

 城だけあって広い浴場は4人で使用してもまだまだ空間が余っている。

「流石にここを一人で使う気は起きないわ……」

「来客用よ、私もここを使うのは久しぶり」

 持て余すほどの広い浴場に驚きつつも呆れ返るキリコ、クロエが言うには普段は使われていないらしい。

「それじゃあ、普段どうしてるの?まさか……」

「身体くらい毎日洗ってるわよ!自室の隣に個人用の浴室を作ったの!」

「お金持ちじゃん……」

 広い湯船に浸かって気が緩んでいるのか他愛もない会話が続く。


「それにしてもなんで私だけ濡れたんだろ?」

「日頃の行いが悪いからじゃない?」

「うぐ……それを言われると反論できない」

 一方サニーとアイギス、こちらはこちらで直前に遭遇した奇妙な現象について考えていた。

 水に触れれば濡れる。実に当たり前の現象であるにも関わらず、先に湖に沈んだはずのキリコは濡れていなかった。かと言って全く濡れないわけでもなく、浴場にいる今は普通に濡れている。

 今は使われていないものの、水中で水に濡れないようにする魔法はある。使用者の周りを空気で覆うという実にシンプルなものだが、いざ水中に潜った時に空気の交換ができずそのまま酸欠で倒れるというトラブルが多発したからだ。

 結局、水中での活動は適正のある種族に一任するという形になった。

「クロエ、あの湖についてなにか言い伝えとか知らない?」

 少し離れた所でキリコと会話を弾ませているクロエに問いかける、一応彼女の有する敷地内ではあるしなにか知っている可能性はある。

「私は何も知らないわ。書斎や倉庫を漁ればなにか出てくるかもしれないけど……」

「けど?」

 なにか言い淀んだような気配を感じさせるクロエに続きを促す。

「……どっちもお父様が管理してるのよ」

「よし、殺そう」

 即断即決、行動の障害は排除するに限る。

 自らの手でどうにかできるものを前にしたサニーの行動はためらいがない。

「待ちなさい!まずは詰問が先でしょ!?」

「どうして?十中八九黒でしょ?先手を取って終わらせちゃえばいいのに」

 静止するクロエに呆れたような口調で返事をする。

「証拠が足りないのよ、それだと民衆が付いてこないわ」

「……わかった。相手が仕掛けてくるならやるからね」

「それは私も止めたりしないわ」

 事後の影響を考えて引き止めるクロエに渋々了承するサニー、この判断が自身の窮地を招くことを彼女達は知らない。


 湯浴みを終えて脱衣所へ。

 特にサイズを伝えた覚えはないのに個々の体格に合わせた下着と着替えが用意してあった。

「前から思ってたけどアイギスって胸大きいよね」

「いきなり何を……」

 キリコがアイギスのそれに目をやりつぶやく、キリコもクロエも貧しい訳では無いが同年代のはずのアイギスの豊かに実ったそれは明らかに別格だった。

 そしておそらくあと数年のうちには既に成長しきったサニーを上回るであろうことも容易に予想できる。現に彼女に用意された下着は2サイズほど大きく、服装も胸元を強調しつつゆったりとした物を用意されている。

 できる執事はそんなところまで手が回せるのかと感心する、ただ一人サニーを除いて。

「なによこれ。あの執事、喧嘩売ってるつもり?」

「あー、たまたまサイズの合う衣装がそれしかなかったとか……かな……」

 衣装を目にするなり明らかに不満な様子のサニーと歯切れの悪い返答をする他ないクロエ。その理由を記憶の中から探り当てたアイギスもなんと声をかけたらいいかと逡巡する。

 それ故に過去を知らないキリコだけが臆せず褒め称える。

「いいじゃないですか、真っ赤なドレス。似合ってますよ?」

「これはね、ローザのお気に入りなの。私にこれを着る資格はないわ」

「うわぁ……」

 褒めたはずのキリコすら言葉に詰まってしまう。

 執事がどうしてそれをチョイスしたのか、小一時間問い詰めたい。

「ちょっとあの執事に文句行ってくるわ」

 サニーは一人、執事のもとへと向かう。


 時刻は夕飯時、陽は既に沈んでいた。

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