第28話 西部領2
クロエの案内で屋敷近くの森にあるらしい湖へと向かう。
最前線での囮役に放り込まれると知って嫌がっていたキリコも逃れられないことを知り諦めたように付いてきた。
「そういえばあんたら、汎用魔法についてはどの程度まで習ったの?」
「魔術式概論まで」
サニーの問にアイギスが端的に答える。
魔術式概論、魔力から魔法を発現させる際に必要な魔術式の構造についての学科である。
「ひょっとして私の時と講義名変わった?」
「変わってるわね、旧課程だと汎用魔法初級ぐらいの内容じゃないかしら」
「それなら試験の時に誰かしら使っててもおかしくないでしょ」
実技試験とは名ばかりの模擬戦だったが全員固有魔法と身体強化で戦っていたのでなんか妙だなとサニーは思っていた。いや、戦力向上を突き詰めるとそういう形になってしまうので決して間違いではないのだが。
「汎用魔法は2年次で固有魔力波長に合わせた変換式を作ってからって言ってたもの」
「これだから学者肌は……使える手札の多さはそのまま戦術の幅になるでしょうが!一つ二つ教えておきなさいよ!」
クロエの発言に怒りをあらわにするサニー。
効率的な教育方針は彼女の重視する実戦主義と噛み合わないことが多々ある。
「そういうわけで今から簡単な汎用魔法講座です」
「うわー、この無茶振り感久しぶり」
呆れるキリコを他所に汎用魔法講座が始まった。
「汎用魔法の魔力効率の悪さは固有魔力波長からのズレが原因なのは習ったでしょ?」
「な、なんとなく……」
「ああ、そういう話ね。つまりこういうことでしょ?」
話の冒頭だけを聞いて何かを理解したクロエがおもむろに魔法で雷を落とす。いつものそれと違うのはその色、いつもの赤黒い色ではなく白色を基調とした自然現象として存在するそれと同じ色。
「そういうこと、クロエは理解が速くて助かるね」
「……ねぇ、私が汎用魔法を使う利点なくない?」
「えっなに?私まだピンときてないんだけど?」
理解が追いついてないキリコを他所にアイギスが結論にたどり着く。
「そうなんだよね、うちの家系は汎用魔法に回せる適性が少なくって。アイギスは特にその傾向が強いのよね」
「固有魔力の性質から汎用魔法の起動式を構築し直せばいいんじゃないの?」
諦めたように同意するサニーに対しクロエが提案を持ちかける。
「クロエの言う通りなんだけどさ、アイギスの場合使い道がほとんど同じになっちゃうのよ。それなら固有魔法で運用したほうがいいでしょ?」
「あー、確かにそうね。使い道から考え直さないとどうにもならなそう」
「あの、もう少し詳しい説明をですね……していただけると嬉しいなーなんて」
先に理解してしまった人達で進められる会話にキリコが口を挟む。
「ごめんごめん……えーっと、固有魔力波長は固有魔法の性質に依存するのよ」
「なるほど……?」
「私の場合は『形のないもの』を『高出力』で『放出する』とかになるのかな?そこから性質の近い汎用魔法を探すなり構築するなりして……こんな風にね」
サニーが突然右手を上に掲げ青い炎を天に向かって打ち出す、炎は空高く立ち上って見えなくなったがその通り道にあった木々は灰も残らず消失していた。
「サニー、人の領地の森林内で炎を出すのはどうかと思うわ」
「燃え尽きれば!火事にはならない!」
「開き直るんじゃない!」
クロエに怒られ開き直るサニー。
この人ほんとろくな大人じゃないなとキリコは思った。
「キリコの場合はそうね……『形のあるもの』『鋭利なもの』『貫くもの』あたりでいいんじゃない?なにか思い当たる物はあった?」
ここまで説明を受けてキリコはようやくその骨子を理解した。
詳しい仕組みは未だによく理解っていないものの、固有魔法と性質の近い汎用魔法を選んで使えばいいのだ。それなら講義中に習ったアレが近いはず。思い立ったキリコは手を近くに立っていた木に向ける、クロエには後で謝ろう。そう決意すると魔術式を記憶の中から思い出し構築、氷の矢を作り出し打ち出す魔法。
小気味よい音が連続して鳴り響き木に突き刺さる。
「その調子!いい感じじゃない!」
「キリコは私の話を聞いてなかったのかな?ねぇ?」
「ごめんなさい!」
クロエに詰められるキリコにサニーの称賛は届いていたのかいなかったのか微妙なところであった。
それからしばらくして、一行はクロエの案内で湖へとたどり着いた。
「ほら!私の言ったとおりでしょ!」
「嘘だ……私これを見逃してたの?」
自身の正しさに胸を張るクロエとまさかこんなに特徴的な物を見逃すと思っていなかった事に打ちひしがれるサニー。澄んだ水をたたえる湖から見える位置には雨ざらしで放置されて劣化してしまったテーブルセットがあった。
かつてローザが生きていた頃にパーティーに利用していたものである。
「へぇ~、きれいな湖だね。なにか居ないかなー?」
「あんまり近づきすぎると落ちるわよ」
「そんなヘマしないって」
テーブルセットを見つめ楽しかった時期を反芻するように思い起こすサニーの後ろでキリコ達がはしゃぐ。
「……これもいい加減片付けないと。それとも新しいものを買おうかな?」
サニーは一人で思い出と向き合う。
楽しかった過去、充実していた記憶。
くだらない理由でもまっとうな理由でも幾度となくパーティーを開き仲間とともに時を過ごした。だけどそれは過ぎ去った昔の話、残った友人はいるけれど以前と同じように楽しめるかと問われるとそれはきっと無理だろう。
きっとクロエはこれを見せるためにここへ連れてきたのだ、湖うんぬんはそのついでだと思う。
思い出を振り切るように振り返ると、キリコがいない。
「大変!キリコが湖に落ちたまま上がってこないの!」
「バカなの!?」
アイギスとクロエの助けを求める声に湖のそばへ駆け寄る、幸い水は澄んでいてキリコの大体の位置は把握できる。突然音もなく溺れるとか幼児でもあるまいし、流石にいい年してこんな馬鹿な死に方は止めてほしい。
サニーは意を決して飛び込んだ。
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