第27話 西部領1
「やっと着いたー!」
王都中央から魔導列車に乗り込みじっくりガタゴト3~4時間、キリコ達一行はクロエの実家がある西武領中央に到着した。
11年前にクロエの母ローザを刺した、おそらく当時の西部領襲撃事件に加担しているであろうクロエの父を問い詰めに行くという目的の道中であったにも関わらず、その様相は観光旅行のそれと大差なかった。
キリコも駅弁に舌鼓をうったり、車窓から見える風景を眺めたり、名物マドウレッシャスゴクカタイアイス――魔法技術を駆使して作られた自ら冷え続けるとても硬いアイスと格闘したり、かけらほどの緊張感もない時間を過ごしていた。
「それで?この後の予定は?」
最悪を想定するならば敵地に乗り込む形になるのだからそれなりの準備を整えて向かうのだろうとキリコは思っていたのだが。
「日中はこのまま西部領を観光して夕飯頃にはクロエの屋敷に向かうよ、どこか行きたい所ある?」
だいぶ無計画かつ気楽なサニーの発言に呆れるしかなかった。
「ほんとにただの観光旅行じゃないですか……」
「一応やることはやってるんだよ?西部全域に7班の連中配備したり、伝令用の人員配備したり、万が一のために他の班のスケジュールも空けておいたし、緊急時の輸送用に魔導列車も借りておいたりとか」
なんだかんだで裏で動いていた、傍目には自分の部下と子供達を連れて観光に来ているようにしか見えなかったのだが。
「めずらしい、サニーが真面目に仕事してる……」
クロエが驚きと共に感想を漏らす。
「これでも治安維持担当の公務員なんですぅー」
ふてくされるように愚痴をこぼすサニー、真面目に仕事してないように思われるのは普段の彼女の言動が原因なのだから自業自得というやつだろう。
「夜までこの辺で時間潰すならお昼を駅弁で済ませなくても良かったんじゃない?」
クロエが言うことももっともである、どうせ旅をするというのであれば旅先のご当地料理に挑戦するのも一つの楽しみである。
「旅先の飯屋でハズレを引くと辛いっ……!」
苦い記憶を振り返り悲痛な表情で訴えるサニー。
「私の地元だからね!?御飯の美味しいお店ぐらい知ってるわよ!?」
すっかり観光旅行の体だったが、どちらかといえばクロエの里帰りといったほうが正しい。行くあてが解らなければ彼女に聞けばよかったのだ。
「意外ね、ずっと屋敷にこもってるとばっかり」
「領民の生活を知らなくて領主を名乗れるわけないでしょ!」
仲がいいのか悪いのか、少しばかりの喧しさとともに西部領の街並みを歩いて行く。これも一つの日常の形なのだろう。
「やっぱり観光向けの施設がまだまだ足りないわね……」
自らの手で領内を案内しながらクロエは嘆息を漏らす。
「そう?あの状況から10年ちょっとでここまで復興したならむしろよくやったほうだと思うけど」
謎の集団による理由不明の襲撃事件、後に魔神教団と名付けられたそれの起こした凶行により当時の西部領領主であったローザが死亡、領地や領民にも少なくない被害が出た。
当時のクロエはまだ5歳、次に領地を継ぐのは彼女であったがその年頃の子供に当然領地の運営などできるはずもなく父親がその任を代わりに負うこととなる。
ただ、婿養子として領地に迎えられた彼に領民の人心がついてくることはなかった。
クロエが3歳の時にローザの夫として西部領にやってきた男、そしてその後に起きた襲撃事件。実に自然な流れで領主代行の地位に収まった彼に対して、元からそれが目的の婚姻だったのでは?裏で事件の糸を引いていたのではないか?そういう噂は当時から流れていた。証拠こそ見つからなかったものの、そんな状況で領地の復興などできるはずもなかった。
年々寂れていく自領の様子に耐えきれなくなったクロエが母親であるローザに仕えていた元執事と共に領地の復興に乗り出したのがクロエが10歳の頃、ローザの実の娘であるという立場と前領主の執事の組み合わせは凄まじく、離れていた領民の人心を手繰り寄せ、徹底した内需の拡大施策により西部領は襲撃事件が起きる前に近いレベルで復興を遂げた。
実生活に必要な産業をとにかく優先して立て直したため観光向けの娯楽施設がまだ不足している。
それを今後の課題として改めて認識したクロエはふとあることを思い出した。
「ねぇ、屋敷近くの森に湖があるんだけど見ていかない?」
「屋敷近くの森ってあそこよね?湖なんかあったっけ?」
サニーが自身の記憶を振り返りながら問う。
屋敷近くの森に開けた場所を作り、そこでローザや友人たちとパーティーを楽しんだ記憶。今となってはもう叶うことのないささやかな楽しみ。
違う、今必要なのは感傷に浸ることじゃない。
サニーは感情をねじ伏せると自身の記憶と再度向き合う。
「やっぱり湖なんて見た覚えないんだけどな……」
「あるわよ、絶対にある。いいから付いて来なさい!」
覚えのないサニーとムキになってその存在を証明しようとするクロエ。
「記憶に残らない湖とかちょっと気になるんだけど」
「私はない方に賭けるわ。サニーのほうが記憶操作に引っかかってないパターンだと思う」
奇妙な現象に興味津々のキリコと冷静にあり得る予想を立てるアイギス。
「屋敷の方に向かわれるのですね?それでは私はこの辺りで待機します」
「あれ?ナタリーさんは一緒に来ないの?」
街なかに残ろうとするナタリーに対しキリコが問いかける。そういえばいつの間にか七班の隊員たちも何処かへ消えてしまっている。
「お姉様が一人居ればあなた達を守る戦力的にはそれで十分、それに今回は向こうに尻尾を出させなきゃいけませんので」
「それってつまり囮ですか?」
「そうですよ?聞いてないですか?」
全力で首を左右に振るキリコ、カチコミついでの観光旅行with大人の社会見学と洒落込んでいたら思いもよらない最前線の危険地帯に叩き込まれるところだった。
「まぁ、拒否権はないんだけどね?」
「そんなー」
サニーに襟首を掴まれそのまま引きずられていくキリコはアイギスとクロエに生暖かい目で見守られながらクロエの屋敷がある方へと進んでいく。
時刻はすでに夕暮れ時、陽が落ちるのはもうすぐ。
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