第26話 進捗ゼロ

 人間界、日本、ちょうど去年の今頃までサニーが使っていた事務所で叫び声を上げる女性が一人。


「なんの成果も得られませんでした!」

 机に突っ伏し項垂れるリリーは一年近く費やして探し続けてきた女性の手がかりを何一つとして見つけられず憤慨していた。

 独り言、残念なことに誰に対する報告でもなく独り言なのである。

 確かに目の前で突然消えていった人物を探そうなどというのが馬鹿げた目標であることくらいはわかっている、それでも何かしらの手がかりくらいは見つかってもいいじゃないかと考えていたのだが、現実はそう甘くなかった。

 眼の前で突然消える女性はどちらかというとフィクションのような気もするが。

 本当の本当になんの痕跡も残さなかったのだ、現代に広まる科学技術でなく、人間社会と分かれて発展する魔法ですらなく、彼女に理解できない現実だけを残してその女性は消え去った。

 調査を打ち切るべきだろうか、いつまでも進展の出ない行為にいい加減嫌気がさしてくる。

 時折、魔界から人間界にやってきて羽目を外す阿呆共を捕まえて送還したり、最近はめっきり少なくなったものの、人間の文明で対処できない超常に対応するのが魔界から出張という形で常駐しているリリーの役割なのだが、この件に関して言えば完全にお手上げだった。

 特段悪さをするわけでもない、たった一度見たきりの人物を捜索するなど馬鹿げた行為にも限度がある。

 自腹を切って依頼している探偵業者からの定期報告に手がかりがなければ今度こそ調査を打ち切ろうと決意したところでリリーの携帯に着信が入る。

 画面に表示された通話の相手は同僚のコーイチだった。

「見つけたぞ!例の女だ!目撃者もいる!ただ……」

「ただなんなのよ?」

「トラックに轢かれた……いや、轢かれてはないのか?よくわからんが眼の前から消えた!」

「今そっちに行く!場所教えて!」

 理解の及ばない報告を電話口から受け取るとリリーはコーイチから連絡を受けた地点へと走り出した。


「なにこれどうなってるの?」

 連絡を受けたリリーがコーイチの指定した現場に到着すると、そこには警察から事情聴取を受けるコーイチと、彼に助けられたらしい女性と、どうやったのか知らないが荷台の半分程度で前後に分割されたトラックと、散乱しているそれに積み込まれていたであろう荷物があった。

 二次被害を防ぐため付近を封鎖している警察にコーイチの同僚であることを伝え現場内へ、一見して訳の分からない状況に至った経緯を本人から聞き出す。

「俺もよく理解っていなんだが……まず、ガキがそこで二つになってるトラックに轢かれそうになるだろ?そんで、それを助けるためにそこの女が飛び出してガキを放り投げる。その時足を痛めたのか何か知らねえが道路の真ん中で動けなくなってる時に現れたのがお前が探してた例の女だ。そいつが庇うようにトラックの前に立って片手をかざすとそこで二つになってるトラックの前半分がワープしたみたいに後ろに出てきてだな、どういうわけか例の女はその瞬間消えちまったんだが、残りの後ろ半分を俺が片付けて……今に至るって訳だ」

「なんなのそれ……」

 簡潔で明瞭でそれでいて肝心の謎の女性について知りたい情報がさっぱり分からない。

 一番知りたい事柄を一旦保留してとりあえず負傷しているらしい女性に目を向ける、成人済みだと思えるが若い身なりをしている、地味ではあるが動きを阻害しない機能的な服装だ。

「大丈夫?どこか痛いところはない?」

「お気になさらず、この程度の痛みには慣れていますので」

「いや、慣れてるとかじゃなくて負傷したならちゃんと治療しなさいって。コーイチ、救急の手配は?」

 どこかズレた返事をする相手をきちんと治療に行くように促す。

「済んでる、じきに来るはずだ」

 既に手配が済んでいるのならこの場を離れて消えた女性の捜索に移りたいとリリーは考えていた。

「ところでコーイチ、なにか手がかりは”見えた”?」

 コーイチには魔法が見える。

 それがどんなに秘匿されたものであってもその魔法を構成する魔術式を見ることができる、それが彼の固有魔法から派生する能力でそれ故に彼は謎の女性の捜索にこの一年引っ張り回されていた。

「なんにも。アレはきっと俺達とは別の理屈、別の力で活動してる何かだ」

「やっぱりかー……薄々そんな感じじゃないかと思ってはいたんだけどね」

 リリーは気の抜けた表情を隠さずに項垂れる。

 件の女性を探していたこの一年、それどころか出会った当初からその予想は常に頭の片隅にあった。それは魔力、魔法を介さずに不可思議な現象を発露させる存在。魔法ならばコーイチがそれを見ることができる、魔法ならばリリーがそれを理解できる。

 そう自負していたからこそ最悪の予想としていたそれ以外の存在、今のところ敵対する様子はないものの理解の及ばない力あるものが確かに存在しているという事実にリリーは頭を悩ませる。

「埒あかないわね、なにか別の形で情報を集めないと」

 そう独り言を漏らすと彼女は自身の思考に集中する。

『遭遇回数は2回、こちらに来てすぐと今しがたあったもの。他の発見報告があるかどうか調べるのと出現範囲の特定、それから得体の知れない能力についても類似のものがないかどうか調査しないと、初回の消失と今回のトラックの件を見る限り物や人を移動させる辺りで抜き出して……』

 一人思索にふけるリリーをよそにサイレンを伴って救急車が到着する。子供の救助と引き換えに足を捻った女性を担架に乗せると足早に現場を離脱しようとする。

「あの!コーイチ様!必ずお礼に参りますので!」

「別にいつでもいいから、まずは怪我治してからな?」

 担架に乗せられた女性がコーイチに感謝を述べる、妙なことが起きたとはいえ彼女を救ったのは彼であるからしてその振る舞いに何らおかしなことはない。

「黒峰理沙と言います!必ず!父と一緒にお礼に……!」

 救急車の扉が閉められる。自力で移動できない状況にもかかわらず声を上げる彼女を精神的に不安定な状況にあると見たのだろう、それ以上言葉をかわすことなく病院に向けて走り出した。

「待て、今なんて言った!?」

 黒峰、その名前に聞き覚えのあるコーイチは今まで雑に扱っていた彼女の方を振り返る。しかし既にそこに相手はいない。

「黒峰、まじかよ……あのおっさんの娘とかじゃねぇだろうな?」

 コーイチの頭に厄介な人物の姿がよぎる。

 こういう場合、悪い想像というのはだいたい的中してしまうのだが。


 そしてまた、事件が新たな事件を呼び寄せる。

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