第25話 西へ
魔導列車は西へ向かう。
たくさんの乗客と貨物とそれらに込められた想いを載せて。
「付いてきてもらってる身で文句言うのもどうかなって思うんだけど、身辺警護っていうより観光旅行にしか見えないんだけど?」
クロエが愚痴をこぼす、そういう反応をするのも無理もない。
なにせクロエの帰省に同行したのはキリコとアイギス、それにサニーとナタリーそれと彼女達の率いる第7班の面々。
車両を一両貸し切って目的地までの時間を好き好きに過ごすその様はどうみても護衛ではなく慰安旅行か何かにしか見えない。
もともと一人で済ませるはずだったクロエの帰省がこんな大事になってしまったのには理由がある。
クロエにかけられていた催眠が偶然にも発覚し、アフターケア含めた諸々の準備をしてから催眠の解除とそれに付随する情報の取得を試みた結果、彼女の母親であるローザを刺したのは襲撃者ではなく彼女の父親であったこと、催眠をかけた術者の情報は巧妙に隠されていて見つけ出すことが出来なかった事などである。
なぜ記憶を偽装したのか、なぜ術者の情報を秘匿するだけの力量がありながら催眠の痕跡自体を隠さなかったのか、それらの意図が不明ではあるものの、彼女の父親に疑いがあることは間違いない。
友人を殺された怒りをぶつけようとするサニー、『お姉様が行くなら私も同行します!』と付いてきたナタリー、『きっと争いごとになると思うけど社会見学のいい機会よ』と連行されたキリコとアイギス、そして11年前の西部領襲撃事件の再来を防ぐべく招集されたサニー率いる第7班の班員たち。
結果、養成所の長期休暇中に一度実家に帰る予定だったクロエに大勢の同行者が集まることとなった。
サニーはリュウガも連れて行こうと呼び掛けたが、試験での敗戦が影響しているらしく訓練に時間を当てたいとのことなので姉のステラが率いる第1班の訓練にねじ込んできた。今頃彼は新兵と同等の訓練を課されて悲鳴を上げている頃かも知れないし、サニーのもとで一年間鍛えられた彼は意外となんとかなってるかもしれない。
「クロエは自分の父親と戦うかもしれないのに平然としてるね?」
クロエがあまりに普段と変わらない様相を呈しているのを見てキリコは疑問を口にした。
自身の記憶が上書きされていたことを知り、他でもない自身の父親が母親に手をかけた首謀者であったことを知ったにも関わらず、その様子は普段と何も変わらない。
むしろ平然としすぎていて気味が悪いくらいだ。
「それは私が偉大なローザお母様の娘だからよ!」
クロエは胸を張り答える。
「それはそうなんだけど……?」
なんだか話が噛み合っていない。
お母様の娘なんだから当然お父様の娘でもあるだろうに、これからおそらく一戦交えることになるはずなのにその表情からは悲壮感や迷いを感じられない。
「あれ?キリコは吸血鬼が単性生殖できること知らなかったっけ?」
「なにそれ初めて聞いたんだけど」
驚きの新事実。
「吸血鬼はどちらかと言えば死体寄りなのよね。肉体を活性化させて普通の生物と同じように子供を作るより、血液から情報を取捨選択して自らのコピーに近い個体を作り上げたほうが簡単でしかも強い後継ぎができやすいのよ」
「なる……ほど……?つまりクロエはローザさんの娘であって父親とは血縁関係にない?」
どうにかこうにか情報を飲み込んだキリコはその情報をもとに仮説を立てる。
確かに書類上の父親で結果的に他人であれば躊躇せずに戦えるのかもしれない。
「そういう事。まぁ私もなんであんな事件が起きたのかは知りたいから即座に襲いかかったりはしないつもりだけど……だめよサニー?」
「そ、そんな事しないよ?」
「どうだか?」
「うぅ……」
一回り以上も年下のクロエに窘められるサニー。
事実、クロエにかけられた催眠が解け本来の記憶を聞いた結果、一番憤っていたのは殺されたローザの友人であるサニーであった。
話を聞いた直後から『私が直接行ってぶち殺してくる、謎解きをするのはその後』と息巻いていた彼女をどうにかして制し、出来上がった妥協案が今回の遠征にも似た西部領への訪問である。
はっきり言って戦力に秀でているという話をとんと聞かないクロエの父親やその配下を含めたとしても相手取るには過剰戦力すぎるのだが。
「ところで銀閃ってなんなんですか?」
これからおそらく戦いになるということを考えていたキリコがふと思い出した言葉の意味を問う。確か魔界に来てすぐの頃にサニーがそう呼ばれていたと記憶しているのだが、一年経っても結局その言葉の意味を知ることはなかった。
「あー、それかー。誰かが勝手に名付けた私の固有魔法」
サニーがなんだか恥ずかしそうに答える、確かに良い年をした女性にその二つ名はちょっと厳しい。
「お姉様の固有魔法はすごいんですよ!なんでも切れるんです!」
「なんでも……?」
気恥ずかしそうにしているサニーをよそにナタリーが自慢げに説明する。
それにしても何でもというのは言いすぎな気もするけれど。
「確かに切れなかった物はないけどね。あんまり好きじゃないの、なにをしてるのか自分でもわかってないから」
「どういう事ですか?」
聞いた限りではめちゃくちゃに強そうな固有魔法をサニー自身はあまり好きでないと言う。その理由はキリコにも深く突き刺さる、よくわからないまま魔法を使い自身の友人を刺した彼女なら。
「キリコもアイギスも武具全般を作れるでしょ?私はアレ、出来ないのよ」
きっと強力な固有魔法を使えるというのは修練の果てに成り立つものだと思っていたから、それに固有魔法は血筋によって受け継がれるものでなかったか。
語られることのなかったサニーの過去を想像しキリコは言葉に詰まる。
「そんな暗くならないでよ、養成所に入る頃には私誰にも負けなかったし」
「あれ、なんか思ってたのと違う」
「そりゃあね、幼少期に固有魔法の発現したステラと比べられてムカついたりはしたけど、色々あってシュヴァリエ家に預けられて徹底的に基礎体力と魔力の訓練をしてたら母さん以外には負けないようになったし、何だかよくわからない固有魔法も発現したし?結果良ければ全て良しってやつよ」
「あはは……」
なんだかんだでサニーは強い人なんだなとキリコは再認識する。
「それでも守れなかったものもあるんだけど……」
サニーの表情が曇る、その強い彼女が守れなかった過去にこれから向き合うことになるのだ。
「たぶんだけどお母様は生きている気がするの」
「クロエ?」
クロエが妙なことを口走る。彼女の母、ローザは死んだのではなかったのか?
「あれから記憶を辿ってみたのだけれど、お母様が刺されたのは一回だけ、その後父に連れられて城の隠し部屋に二人で隠れて……その後すぐよ、血まみれのサニーが私を見つけ出したの」
「それってクロエもだいぶ危ない状況だったんじゃないの?」
経緯がどうであったかは知らないが、自らの母を刺した相手と二人きりで隠し部屋にいるというのは幼少期のクロエにとってだいぶ危ない状況と言えよう。
「それもそうね。それよりサニー、お母様が死んだことを確認した?」
「え……あの時は確か、ローザに万が一の時はクロエを隠し部屋に向かわせるからそこへ向かってって言われてて……ひょっとしてローザはあの襲撃が起こることを知ってた?」
「……お母様の死亡は確認してないのね?」
微妙にずれた返答を返すサニーに対し、念を押すように確認するクロエ。
「事件当時はしてない。でもその後の葬儀で棺に入ってるローザを見た覚えはあるわ、その後土に埋められて……」
「お母様は生きてる」
一人だけ確信を得た表情でつぶやくクロエ。
「吸血鬼はね、死ぬと灰になるのよ。土葬なんかしないわ」
過去との答え合わせに向かう西部領は暗雲が立ち込めていた。
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