第24話 長期休暇

 クロエが催眠にかけられていた。

 カーラの衝撃の告白から一夜明けて、クロエは寮の部屋でゴロゴロとくつろいでいた。部屋の割当はキリコと同じ部屋である。

 事態の解決に向けて動き出していないじゃないかとお怒りの諸兄は少しばかり待って頂きたい、物事を進めるにはそれなりの準備が必要なのだ。

 カーラを含め精神攻撃の素養があるものはその状態を認知する能力がある。仕掛けたはいいものの成否がわからない洗脳や催眠などなんの役にも立たないからだ。

 カーラがクロエの状況を読み取った内容では、仕掛けられた時期はちょうど西部領の襲撃があった頃、術者は不明でおそらくは記憶の改竄に類するもの。

 カーラは早めの解除を申し出たが、その内容がおそらく厄介なものだと鑑みたサニーが準備をするからとストップを掛けた。

 そうして出来上がったのが、ベッドの上でゴロゴロしてるクロエである。

「クロエ・シュヴァリエ様、お届けものです」

「はーい」

 間延びした声で配達物の受け取りに向かうくらいにはだらけていた。

 納品に来た業者が配達物と引き換えに寮に備え付けのベッドを運び出していった。部屋に残されたのは到底寝具にはなり得そうもない、人一人が入って少し余裕があるかと思しきサイズのちょっと豪華な装飾の施された箱、つまり棺桶である。

「……なにそれ?」

「棺桶よ」

 これには同部屋のキリコも微妙な表情をせざるをえない。

 自室に棺桶のある生活、間違いなくQOLの上昇には寄与しないと思われる。

「やっぱり使い慣れたベッドじゃないとよく眠れないのよね、思い切って家にあるやつと同じものを頼んじゃった」

 しかしこれを注文したクロエはご満悦と言う他ない表情だった。

「やっぱり吸血鬼って棺桶で寝るんだ?」

「キリコも使ってみる?きっと好きになると思うわ」

「えぇ……死んでもないのに棺桶に入る趣味はないんだけど?」

「これってそういう用途に使うものなの?通りで寝具売り場に売ってないはずだわ……」

 棺桶での睡眠を勧めるクロエと引き気味に断るキリコ、それにしても寝具売り場で自らが入る棺桶を探す吸血鬼の姿はなかなかに滑稽だったに違いない。

 ふと部屋のドアがノックされる。

「クロエー、いるー?」

 部屋の外からサニーの声がする、どうやら準備が整ったようだ。

 お気に入りのベッドを自称する棺桶から名残惜しそうに離れるクロエ。

「気をつけてね」

「いまさら気をつけてどうするのよ、過去なんだから決めるべきは覚悟よ」

 自らの過去と向き合おうとする彼女の肚はすでに決まっている。

 何があっても受け止める、受け止めた上で障害になるようなら排除する。

 単純で強力な理論を前に起きる全ては些事にすぎない。

「普段使いは嫌だけど興味が無い訳じゃないんだよね」

 部屋に残されたキリコは棺桶を前にそう呟いた。




 所変わって人間界、北欧あたりのとある都市、地域の指定がアバウトなのは個人情報保護のためだと思いたい。

 20代後半と思しき容姿の彼女は日が沈んでからゆっくりと起床する。

 シャワーを浴び最低限の身支度を済ませると、彼女にとっての朝食に当たる冷凍ピザをオーブンに放り込み、ここ10年ほどの日課となっている映画鑑賞のタイトルを雑に選ぶ、人気のある有名作品だけでは長い時間を埋めることが出来なかった。

「今日の映画はファイナルギャラクシーメカシャークセカンドマークスリー……って何この見るからにB級っぽいタイトルは」

 二作目なのか三作目なのかハッキリしてもらいたい、ひょっとすると一作目の可能性すらある。タイトルを見るからに微妙そうな映画を流し見しつつ、温めた冷凍ピザを貪り、清涼飲料を飲む。実に怠惰な振る舞いを見せるが至って健康そのものである、身体の作りが違うのだろう。

 普通の人々が一日の終わりに向かう時間帯に彼女の一日は始まる。

 もっとも、始まったところで人間界の誇るエンタメコンテンツを浪費しダラダラと時間を潰し床につくのがここ10年、もう11年目になる彼女の生活ルーチンではあるのだが。

 今日も変わらず一日を浪費するかと思っていた所を携帯の着信音がそれを阻む。

 彼女の友人……というべきかどうか微妙な関係性の知人からの電話だ。

「マリアじゃーん、久しぶりー。どしたのー?」

 着信に応対する彼女の声音はふわふわとしている、それはきっと余裕の現れ。携帯でつながっている向こう側から激しい金属音や銃撃音らしき物が聞こえてきてもその態度が揺らぐことはない。

「ん?いま?ヒマじゃないよー、ピザ食べて映画見るので忙しい」

 一般的にそれは忙しいとは言わない。

「はいはい、わかりましたー。報酬は?」

 誰が見ても明らかにしぶしぶと言った表情で相手のお願いを聞き入れる彼女。

「んー、もう一声。デザートも付けて」

 報酬の話をしていたのではなかったのか、それとも彼女は現物支給が好みなのだろうか?

「それじゃあ今からそっち向かうから、やられないように頑張りなさいよ?」

 今はまだ手が届かない場所にいる電話口の相手に少しばかりの声援を送り彼女は通話を終了する。役目を終えたはずの携帯に今度は別の相手からメッセージが入ってきていた。

 待ち望んでいた内容はもっとも相手をしたくない腐れ縁から。

「本当は今すぐ娘に会いに行きたいけれど、まずは目先の救援を片付けてからよね」

 外出の準備を……といっても人に見られても問題ないちょっとしたおしゃれな衣装に着替えるだけなのだが。支度を済ませ夜の街へ向かおうとする彼女に部屋にあるインターホンが待ったをかける。

 こんな時間に誰だろうと思いながら扉を開けると

「ローザ・シュヴァリエ様、お届け物です」

 そこには通販で購入した新作のゲームを持った配達員が。


 既に死んだとされていたクロエの母親は遠い異国の地で生きていた。

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