第23話 講評

「おつかれさまー。一年目にしてはいい戦い方だったんじゃない?」

 試合終了後、会場の控室で反省会を兼ねた講評が行われていた。

 全力で戦ったので疲労感はかなりあるけれど、ダメージを肩代わりするお守りのお陰で全員無事である。

 クロエの無差別雷撃を食らった人達は若干精神的に参っていたけれど。

「結果を言えば2対1でクロエチームの勝ちだった訳だけど……」

 結局あのまま時間切れまでアイギスはキリコと接近戦をしつつ、時折死角から放たれるクロエの雷撃を防ぎ続けていた。


「リュウガチームにも勝ち筋があったはずよね、リュウガ?」

 サニーが尋ねる、気づいていたはずだよね?どうして選ばなかったの?とでも言いたい様子で。

「犠牲を払ってでもアイギスと一緒に特攻を仕掛けるべきでした」

「そうしなかった理由は?」

「もっといい形で、誰も犠牲を出さずに勝利できると思ったからです」

「予想が外れることって結構あるのよね、こればっかりは回数こなしていくしかないけど。でもリュウガは覚えておきなさい、誰かを犠牲にしないと切り抜けられない時が来るかもしれないってことを」

 この中でリュウガとクロエだけは軍属ではなく領主として生きていかなければならないことがほとんど確定している。

 いつか誰かに犠牲を強いる機会が訪れるのは他の同期のメンバーよりも早いはずだ。

 覚悟を決めるのならなるべく早い方が良い。

「そういう意味で言えば、クロエはだいぶ思い切ったね」

 相手チームも自チームも両方含めて決定的なダメージを負わせたのはすべてクロエ一人によるものだった。

「怪我もしないし死にもしないんだから取れる手段は全部取って勝ちに行くのが基本でしょ?」

 自身の行為を悪びれることなく、さもそれが当然であるかのように宣言するクロエ。

 その覚悟は正しい、正しいが故に受け入れられない可能性をはらんだ上で。

「犠牲になるメンバーに事前に説明はした?」

「してないわ。捨て駒だって感づかれたらまともに相手なんかしてくれなくなるでしょ?」

「間違ってないから指導しづらい……あー、遺族の保護だけは手厚くしなきゃダメよ?」

「わかってるって」

 最多撃墜を誇ったクロエへの指導はそこで終わった、わかった上で覚悟を決めているのならば取り立ててなにかを言う必要はない。


「キリコはよく頑張りました!事前の作戦があったにせよ誰が見ても面倒くさい立ち回りを完璧にこなすのはすごいと思うわ」

「あ、ありがとうございます」

 手放しで褒められると思っていなかったキリコの返事は少しぎこちない。

「ところでキリコ、黒峰って名前に聞き覚えはない?」

 サニーは戦闘中のキリコの動きを見てある可能性に行き着いていた。

「真希ちゃんを知ってるんですか!?」

 食い気味に答えるキリコ、真希ちゃん……黒峰真希はキリコの幼なじみで、キリコが刺してしまった友人で、過去に戻ったキリコからすれば未来人である。

「いや、真希ちゃんが誰かは知らないけど……黒峰徹心って知らない?」

 当然、まだ生まれていないのでサニーが知る由もない。

 サニーが気にしているのは人間界で出会った黒峰を名乗る人物、キリコの戦い方はその男によく似ていた。

「あ、そうか……徹心先生なら知ってますよ、真希ちゃんの曾祖父で子供の頃から付き合いがあります」

「徹心……先生!?あいつが?ほんとに!?アハハハハ!全然想像つかないんだけど!」

 腐れ縁とも呼ぶべき旧知の間柄の予想だにしない未来に腹を抱え狂ったように笑い出すサニー、会話をしていたはずのキリコは取り残されてしまっている。

「あ、あの、サニーさん?」

「決めたわ、キリコ。絶対にあんたを強くして見せる、いままで以上に訓練も厳しくする、目標は徹心をボコボコにできるくらいね」

「全力でご遠慮させていただきます!」

「させないわよ」

 この瞬間、キリコの休日は消えてなくなった。

 この時の事をキリコは後に『いっそひと思いに殺してくれと何度思ったことか』と語っている。


 アイギスは明らかに落ち込んでいた。

「アイギスは守れるからこそなんのためになにを守るのかを考えなさい」

「……はい」

 他の誰よりも防御技術に長けておきながら蓋を開けてみれば誰一人として守れなかったのだ、無理もない。

 だからこそ、サニーは言う。

「きっといつかアイギスだけが生き延びるような場面に遭遇することもあるはず、それでもあなたはその先を生きる人達のためにその盾を構え続けなければならない事、覚悟を決めておきなさい」

 敗戦の土を、汚名を、守りきれなかった人の命を、それら全てを抱えた上でそれでもなお先を生きる人達のために自らの盾を構え続ける。

 それはきっと命を投げ出すような生き方よりもはるかに苦しい生き方なのだろう。

 しかしそれがアイギスが持って生まれた力であり、その力を十全に振るう在り方はきっとそういうものだから。

「もう誰も傷つけさせません。この盾の届く全てを守ってみせます」

 それは覚悟の現れ。

 茨の道を誰より強く踏みしめる彼女に迷いはない。


「4人は……どうしようかな、このクラスに居ると強くなってる実感が湧かないでしょ?」

 概ね同意といった方向性で頷いたり、返事をする4人組。

 4人共訓練を乗り越えた以上強くなってはいるのだ、一年前の彼らと比べれば雲泥の差である。

 ただ、クラス内で相対的に見るとなんの変化も見られない。

 今後の訓練へのモチベーションを考えるとあまり良い状況とはいえなかった。

 サニーはしばらく思案したあと意を決する。

「よし!本格的な休暇に入る前に他のクラスの連中と模擬戦をセットしましょう!ちゃんと強くなってるってこと実感させてあげるわ!」

 この後、日頃の鬱憤を晴らすかのように他クラスの選抜チームを蹂躙するのだが、それはまた別の話。


「次は……いいところが見られなかったアヤメ!あれは何?」

「うぅ……申し訳ありません」

 反省会開始からものすごく居心地が悪そうにしていたアヤメに矛先が向く。

「謝ったってあまり意味は無いのよ。カーラに対応するために空中戦に出たのはわかるけど、どうしてアイギスのカバーできる範囲を越えて上空に飛び出たの?」

 空中からの奇襲を防ぐために誰かが対応する必要性はある。

 それでも遠距離での攻撃手段がアイギスによって防がれてしまう以上、必要以上に高度を上げる相手に付き合う必要はない。

 光に群がる羽虫のように上へ上へと向かっていったアヤメにサニーは奇妙さを感じていた。

「どうして……どうしてでしょう?何故かあの時は上空を取らないとという気持ちが妙に強く……あれ?」

 空を飛べると言っても重力の影響を受けないわけではない、相手の上を取って攻撃するのは考え方として自然ではあるが行き過ぎた行動は不自然である。

 自身の行動を振り返ってみてもなお不明瞭な動機にしか行き当たらないアヤメは首を傾げた、本人にその意識がないとするならば。

「ひょっとして、カーラの仕業?」

 サニーが予想、どちらかと言えば可能性の一つにすぎない選択肢を候補に上げる。

「その通りです。魅了を使わさせて頂きました」

 カーラが同意する、自慢げなその仕草は仕掛けていたトリックを見破ってもらえて嬉しいようにも見える。

「なるほどねー、その使い方は思いつかなかったわ」

 魅了やその他精神攻撃はサニーが担当する訓練で取り扱った事がある。

 使用者と対象者の基礎能力の差で成功率や効果の程に影響が出るため、ほぼ同格同士の今回の戦いではおそらく役に立たないだろうと踏んでいたので気づくのが遅くなった。こういう使い方もできるならばカーラの評価を改める必要があるとサニーは考えていた。

「ひょっとしてリュウガのやつもそう?」

「そうです、成功したかどうかは微妙でしたが」

 仕掛けはした、しかし直後の雷撃に巻き込まれてしまったため影響の程をカーラは知らない。

「ところで誰のアイデア?」

「キリコ様です」

「キリコ……様?」

 クロエの、厳密に言えばクロエの家に仕えていたカーラがクロエを持ち上げるのならわかる。だけれどもキリコを特別敬う理由がサニーには見当たらない。

「クロエお嬢様の大切な方とお伺いしましたが?」

「……クロエ?」

 サニーの問い詰めるような視線がクロエへと向かう。

「ちょっと血を融ずゅっ!」

 クロエがその答えを言い切る前にサニーがげんこつを見舞う。

「そういう事はきちんと報告しなさい!」

「ま、まだ契約してないし別にいいかなって」

「良くない!クロエは訓練の効果と体調管理の重要性について補講ね?」

「うぇ……」

 クロエが引きずられていく、抵抗してどうにかなるような相手でないので諦めた表情を浮かべながら。

 その姿を呼び止めるカーラがいなければきっとそのままだったろう。

「あの、言うべきかどうか迷ったのですが、クロエお嬢様に催眠がかけられれています」

「へ!?」

 一年が終わって休暇に入ろうという一同に緊張が走った。

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