第22話 期末試験~1年目~その2

 両チームの作戦会議が終わり会場に入場する、試合開始前から妙に熱気のある会場には、大勢の観客が待ち構えていた。

「どうして観客がいるんですか!?」

「やっぱり儲けるなら胴元やるのが一番よね!」

 いい笑顔で教え子達の疑問に答えるサニー、試験を試合形式にし観客から金を巻き上げる様は控えめに言って下衆である。

「全員準備はいいかな?……試合開始!」

 あまりやる気を感じないサニーの掛け声で試合が始まる。


 開始直後、強襲を仕掛けるリュウガチームの面々をクロエの雷撃とキリコの投擲槍が襲う、当然のことながら突進よりも遠距離攻撃の方が展開が早く、もしや初撃で脱落者が出るかと思われたが、アイギスが展開した浮遊する盾がそのことごとくを防ぐ。

「うっわ、もしかしたらと思ったけど実際やられるとショックね」

 アイギスが居る限りこの反則めいた防御性能を誇る盾が常にある、これをどうにかかいくぐって攻撃を与えないことには自チームの勝利はあり得ない。

 それを確信したクロエは悪態をつきながらも次の手段に出る。

「カーラ!」

「お任せ下さい」

「させません!」

 空を飛べるカーラをメンバーの頭上を飛び越えるような形で突撃させる、それに応えるようにアヤメが迎撃に出る、周囲のメンバーよりも一足先に空中での駆け引きが始まった。

 一歩遅れてそれ以外のメンバーも戦いを始める、空中でカーラとアヤメが、遠距離でクロエとアイギスが、地上でリュウガとキリコ含む3組が、武具をぶつけ合う金属音と雷撃が発する轟音がその激しさを物語る。


「真面目に戦え!」

「嫌です!負けるので!」

 全体的に拮抗している盤面で一際目を引くのはキリコとリュウガの立ち会いだった。

 キリコは普段使っている槍よりも長いそれの先端を使い相手と数度打ち合うと、持っている得物を横向きに放り投げ相手の進路を塞ぎ、その隙に距離を取りいつもの投擲槍を他所で戦っている敵チームに投げつける。

 投げつけられた槍はアイギスの操作する盾により叩き落されるのだが、そんな真似を繰り返せば彼女の相手をしているリュウガがしびれを切らして叱責するのは当たり前である。

 何度か同じような真似を続け再び距離を取ったキリコに対し、リュウガはキリコを追うことを止め標的をクロエに変えて突撃する。

 突然矛先を向けられたクロエが驚愕の表情を浮かべ

「もらった!」

 武器を振り上げたリュウガを背後から板で叩いたような衝撃が襲う。

 突撃を中断し振り向いたリュウガの目の前にあるのはキリコが突き出した槍とそれを受けるアイギスの盾。

「チャンスだと思ったんだけど」

「やってくれたな……!」

 作戦の失敗に悪態をつくキリコに標的を定める、先程までのやる気の感じられない立ち回りは目眩まし、戦いの勝利の重きが個人にあるかチームにあるかの違いでしかなく、キリコとリュウガは先程よりも近い間合いで激しく武器を打ち合わせ始める。


 雷光は音よりも速い。

 空気中を突き進む雷の速度は最大で光の三分の一程度だが、それでも試合用に用意された会場内ではその速度差は考慮される余地もなく、当然見てから防御や回避ができるような性質のものではない。

 それにも関わらずアイギスは試合開始からクロエの魔法による雷撃を防ぎ続けている。

『こんだけ完璧に防がれてるならなにか理由があるはずよね』

 クロエは思索にふけりながらも雷撃を放ち続ける、彼女自身の魔力によって赤黒く変色した雷ではあるものの、それは自然に発生するものと相違ない威力を持つ。

 それは彼女が母から受け継いだ固有魔法、他にも吸血鬼然とした多様な手段を持ってはいるものの、遠距離の打ち合いでこれに勝る方法は彼女の選択肢の中には思い当たるものがない。

『順番を変えてもダメ、頻度を変えてもダメ』

 誰をどう攻撃しても絶妙なタイミングで差し込まれるアイギスの盾に不満が募るが、これを攻略しないことには先が見えない。

 思考が行き詰まりかけた時、クロエの脳裏にふと授業の記憶がよぎる。

『基本的に魔法で引き起こされる現象は世界の理に依存する。水は低きに流れ、条件を満たさない炎は消え、電気は通りやすい方へと進んでいく。稀に理にそぐわない魔法という分類をされるものがあるが、摂理に反しているわけではない、我々がそれを理解していないにすぎないのだ』

『そう、アイギスは何かを察知して盾を差し込んでくる。だから……』

 アイギスがなにかに反応して防御している以上、魔法を発動する過程の何処かで盾を差し込んでくるタイミングがあるはず。

『汎用魔法も固有魔法も基本的な原理は同じ、違いは魔力変換効率と魔術式の露出だけ』

 空気は電気を通しづらい、だから魔法による雷撃を目標に向けて放つ時は発射点から目標地点までの空間を魔力によって変質させる必要がある。

 厳密にはこれ自体が一つの魔法ではあるのだが、この魔法を単独で利用する機会が殆どないために意識されていないことが多い。

『座標指定、最短経路導出、空間への干渉開始……』

 普段無意識下で行っている固有魔法の行使を意識し、分解し、一工程ごとに進めていく。

 それは、初めて自分の足で歩いたときのように。ゆっくりと、一歩ずつ。

『なるほど?空間への干渉中に盾を展開してるみたいね?それならこれは?』

 一旦雷撃を放ち魔法を終了させると、クロエは続けて二人を対象に発動する。

『両者を狙う空間に干渉して、片方だけに撃つ!ビンゴ!』

 展開された盾は2枚、落ちた雷撃は一本、その役目を披露することなく消えていく盾が一枚。

 瞬間、アイギスの視線が強くクロエを捉える。

『やっばい……仕掛けを解いたのがバレた』

 クロエを潰すべく突撃を開始するアイギス。

 しかし、その足が急に止まる。

「アヤメ!降りてきて!カバーできない!」

 はるか上空でカーラと戦うアヤメに対して指示を飛ばすアイギス。

「その言葉を待ってたのよ!」

 アイギスの指示に誰よりも速く反応したのは敵対するはずのクロエだった。

 その雷光は音より速く。

 瞬間、アヤメの身体に雷撃が直撃しアヤメは戦闘から離脱した。

『さあ、ここからは時間との勝負よ!』

 クロエは奮起する、アイギスが守るべきものを捨てて突撃してくれば負ける故に。

 試合会場の空間全てに干渉し雷撃の通り道を構成する。

「なに考えてるの……」

 無差別攻撃の準備にしか見えない行動にアイギスは躊躇する。

 一名が脱落し、試合は再び硬直状態に陥った。


「カーラちゃん、魅了って試合中に使えたりする?」

「使えますけど試合中は効果薄いですよ?力量差もほとんど無いですし、魅了単体で勝敗を決めるのは無理だと思います」

 試合前の作戦会議中、キリコはカーラに興味を持っていた。

 実技訓練中に魅了及びその他精神攻撃は一通り習ったり実際にやられたりもした、魅了にかかった男子生徒諸君がなかなかに悲惨な状況になったりもしたけれど、それは置いといて。

 ちなみにクロエはリュウガが犬のように振る舞うさまをこっそり動画で保存している。

「ちょっと有利になるように相手の思考を誘導したいんだけど」

「そのくらいであれば内容次第で通ると思います」

「ほんとに!?じゃあこういうのは……」

「なに面白そうな話してるのよ、私も混ぜなさい」

 キリコ、カーラ、クロエ、三人寄ればなんとやら、姦しい作戦会議が繰り広げられていたことを相手チームは知らない。

『早く地上へ戻りませんと、それにしてもキリコ様は面白い考え方をされますね』

 アヤメが退場したあと、カーラは次の作戦を実行するために全速力で地上へと舞い戻る。

 アヤメをアイギスがカバーしきれない上空へと誘導したのもこれから仕掛ける試みもキリコが発案しカーラが魅了で持って実行したもの、カーラはいままでにない発想で作戦を組み立てたキリコに対し好感を抱いていた。


「全員武器を捨てろ!雷撃を警戒!」

 リュウガが叫ぶ。

 クロエがフィールド全域に雷撃を落とせる空間を構築した以上、電気を通しやすい金属製で長さのある武器を手放さなければならないのは当然と言える。

 武器を手放してしまえば勝利は遠ざかる、手放さなければ雷撃が容赦なくチームを襲う、悪質な二択を押し付けられている時点で戦術的な敗北は決定事項だが諦める理由にはなり得ない。

『状況を打破するにはクロエを……と行きたいところだが』

 武器を手放したリュウガに急速に接近するキリコ。

『やっぱりそう来るよなぁ』

 何故かその手にはなんの武器も握られていない、雷撃の発射タイミングを決めるのは同じチームのクロエであるにも関わらず。

 リュウガの頭に一瞬だけよぎった疑問をキリコの攻撃が塗りつぶしていく。

 速く、鋭く、躊躇なく、徹底的に急所と関節を狙った打撃の雨。

 細かなステップを刻み反撃の射線を執拗に潰しながら放たれるそれは先程まで槍を振るっていた彼女とはまるで別人のような動きであった。

『なんだコイツ……!この一年こんなものを隠していたのか!?』

 キリコの予想外の動きに対しリュウガは強引に距離を取る。

 素手の格闘戦での勝算が薄い以上、雷撃の危険性を犯してでも武器を取って仕切り直すべきかと逡巡したところでキリコの更に後ろ、上空から声を上げて突撃してくるカーラと目が合った。


 リュウガが武器を手放した直後、キリコは相手に届かぬ謝罪をした。

『ごめんね親友』

 それは、共に育った幼なじみへ。

 たとえ故意でなかったとしても、自らの手で刺してしまった友へ。

 きっともう叶うことのない再戦を誓ったライバルへ。

 この想いがあなたに届かないことを知っているけれど、私はまだ私の魔法と向き合いきれていないから、あと少しだけあなたに頼らせて。

 手に持っていた槍を固有魔法の反転運用で消し、持てる魔力の可能な限りを身体へ回し運動能力を向上させる。

 地面を蹴り滑るようにリュガに肉薄し一撃、二撃、反撃の射線をステップワークで潰しながら攻め立てる。

 正面からの突撃に合わせるように鼻、膝、顎、相手の射線から逸れるように横に回りつつ肝臓、金的、こめかみ、背後に回り込んで膝裏、頸椎。

 クリーンヒットしなくても構わない、相手に山ほどの弱点があることを叩きつけ防御を押し付け正常な思考を奪うのが目的。

 突如として魔法が使えるようになってからこの一年、練習してきた槍の扱いよりも、幼少期から友と競い、その祖父から教えを受けた格闘術の方がいまのキリコにとって慣れ親しんだ動きであった。

 人間界で人が人と相対するために積み上げられた技術であるそれは、野生動物の延長上である魔物と戦うことを念頭に置いてる魔界の住人にとって対応しづらいものでもある。

『やっぱり、こっちの人達は対人戦の技術が磨かれていないみたい』

 サニーやナタリー、それに七班の人達との訓練ではそう思うことはなかったのだが、養成所に入ってからはそれを顕著に感じるようになった。

 思うに、あの人達が特別なのだ。

 だがそれ故にキリコの提案した作戦は通用しやすいものとなる。

 素手での立ち会いになってから急に優位に立ったキリコに対しリュウガは仕切り直そうと強引に距離を取る。

 その時、背後からカーラの声が聞こえた。

 上空からの奇襲、しかしなぜかその存在を相手に知らせるかのように。

 その本命はカーラの奇襲に見せかけた魅了。

 仕掛ける時はいま、このタイミングをおいて他にない。

 キリコは再度その手に槍を生成する、いつもより長く、天に向かって伸びるように。

「欲しかったんでしょ?それあげるわ」

 煽るように、促すように、リュウガに対し声をかけながらせっかく作ったはずの槍を縦に向けたまま放り投げる。

 リュウガが槍を受け取った瞬間、まばゆい光と轟音が会場を埋め尽くした。


 光が収まり、耳が轟音の影響から立ち直った頃、キリコとクロエはその結果に落胆していた。

「嘘でしょ、一番厄介な相手が残ったんだけど……?」

「どうやったらあれを倒せるのか教えてほしいくらいね」

 先程の光はクロエによる最大火力の無差別雷撃、飛んでいたカーラを撃ち落とし、天に向けて槍を掲げていたリュウガを直撃し、周囲で戦っていた4人を巻き添えにし、その状況でなおアイギスは自身の全周囲に盾を展開し電撃を地面に逃がすことで被害を最小限に抑えていた。

 呆れるほどの防御性能。

 アイギスが防御を解いて突っ込んでくる。

 戦況は2対1、普通に考えれば余裕があるはずだが有利なはずの二人にそれは見当たらなかった。

「ごめんキリコ、あたしそろそろ魔力切れ」

「ちょっとクロエ!?」

 接近戦ではアイギスに立ち向かえないクロエ、それも魔力切れが近づいている彼女と、ここまでの戦闘でアイギスの守りを突破して有効打を与えられる手段が思いつかないキリコ、ならば採用する作戦はたった一つ。

「時間切れを狙う!援護よろしく!」

「あんまり期待しないで」


 アイギスのプライドをかけた突撃をキリコが受け止める。

 勝負の趨勢が決定しても意地の張り合いが終わることは決してなかった。

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