第21話 期末試験~1年目~その1

「相変わらずキリコは実技以外になるとポンコツになるわね」

「だってぇ~」

 くたびれた様子を隠すことなく机に上半身を預けるキリコは魔王軍養成所の1年次がそろそろ終わる頃、先程結果の発表された年度末の学科試験をどうにかこうにかパスした彼女は気力体力共に使い果たした様子であった。

 初めて魔界に来てからの1年で全く知らない文化や知識、技術を詰め込めばそうなってしまうのも無理もない、むしろかろうじでついていけてるあたりだいぶ優秀とも言える。

「いい加減潰れてないで実技試験の会場に移動するよ、ほら」

「うぅ~」

 背後からアイギスに抱えられてそのまま教室を後にする、向かう先は入所試験でもお世話になった会場だ。

 なにをするのかなんとなく予想がついた。


「今年の実技試験は!5対5のチーム戦です!」

 会場に到着した特別クラスを迎えたのは彼らを担当するサニーだった。

 チーム戦などしてどうやって個人の評価をつけるのかと不安になるクラスの皆をよそにサニーは続ける。

「私としては実技訓練も全員潰れることなく生き延びたし、試験無しで合格にしても良かったんだけど、上がうるさくって形だけね」

 一部の生徒から歓声が上がる。

 生き延びた。そう、生き延びたのだ。

 特別クラスの面々にだけ別に課せられる地獄のような悪夢のような実技訓練を生き延びたのだ。

 その内容は徹底した基礎体力・魔力の向上を目的としたスパルタだった、サニーによる各個人の限界ギリギリを攻めた……時折倒れる生徒を怪しげな薬品で復活させたりもしたが、そういう道理を無理で蹴っ飛ばす訓練の末、特別クラスの名に恥じない頭一つ抜きん出た能力を持つこととなった。

 それ故に歓声が上がるのも仕方がないこととは思う。

「なに言ってるの?あと2年続くんだよ?」

 サニーのその一言で歓声は嘆きへと変わった。


「ルール説明するよー、よく聞けー。試合形式は5対5、入所試験のときと同じお守りをつけるから心配せずに思いっきりやってね?お守りが発動してフィールド外に出た人はそこで終了、時間制限ありで多く残った方の勝ち、以上!なにか質問はある?」

 非常にゆるい説明をするサニーだが、言外の圧力『怪我しないんだから全力でやれよ?』が生徒たちを緊張させる。

「先生!チーム分けはいかがしましょうか?」

 リュウガが質問する。

 癖の強いクロエ、単独行動でストイックなアイギス、魔界一年生のキリコを差し置いて義理堅く情に厚い彼はこの一年で特別クラスの中心的な役割を果たすようになった、ならざるを得なかった。

 それでもまだクロエとリュウガの仲は険悪なままだったが。

「う~ん、あんたら4人固まると面白く……いや、相手の勝ち目がなくなっちゃうから、クロエとキリコ、アイギスとリュウガで分かれて……あとは自由にどうぞ!」

 勝敗の結果が見えてる勝負など面白くないというサニーの気分……だいたいの戦力が同じくらいになるように特別クラスの中でも抜きん出ている4人を2人ずつに分けてチームを組ませる。

「でしたら私はクロエお嬢様の方に」

「若様、私がお供します」

 カーラがクロエチームに、アヤメがリュウガ率いるチームに参加する。

「あと4人ー、早く決めなよー」

 サニーが残った4人の振り分けを急かす、会場を借りるのにもお金がかかるのだ。

「ジャンケン、ポン!」

 もうしばらく難儀するのかと思ったらじゃんけんで所属するチームを決め始めた、試験結果に直接影響しないので気が緩んでいるのかもしれない。

 ともあれ、チーム分けが完了する。

「それじゃあ、各チーム分かれて30分の作戦会議のあと試合開始!」


 ~クロエチーム~

「それじゃあ、各自自己紹介と戦闘に使える技能の説明!まずは私から、クロエ・シュヴァリエ、吸血鬼よ。得意なのは魔法による遠距離、接近戦も出来なくはないけどアイギスやリュウガに出てこられたら負けるわ。あとは、空を飛べるくらいかしら?次!」

 クロエが率先して場を仕切り、進める。

 クラス各員の大体の身体能力はお互い把握しているので、まずは各個人の戦闘にかかわる技能の再確認から、戦略やらなにやらはその後。

「白銀桐子です。得意なのは徒手格闘、あとはあんまり自信ないけど槍を使った接近戦と投擲もできます」

 キリコが続ける、魔族であるということを言わなかったのは隠しているのではなく魔界において魔族は一般的な種族だから。

 クロエだって魔族の中で吸血鬼という種族ですよという表現にすぎず、人間同士の自己紹介で人間ですなんてとぼけたことを言う人はそうそういない。

「あれ?キリコの固有魔法は槍じゃなかったの?」

「そうなんだけど、イマイチしっくり来ないというか……」

 この一年、桐子は授業における実技訓練などの時間では固有魔法で生成した槍を使用していたが、基本的な動作に問題はないものの戦い方を組み立てる部分で悩んでいた。

 これは桐子が幼少期から親友の実家の道場で徒手格闘を学んでいたことが要因になっている。

「そう、じゃあ武器を使わない間合いに近づきたいって覚えておくわ」

 リュウガとの罵り合いが目につくクロエだが、それ以外はリーダーとして非常に優秀であった。

「カーラ・クロフォード、サキュバスです。クロエお嬢様の従者をしています。戦闘はあまり得意ではありませんが、空を飛べます」

「カーラ……」

 クロエが呆れたと言わんばかりの反応を返す。

「いかがされましたかお嬢様?」

「クロフォード家との契約はお母様が亡くなったあと財政難を理由に解消したはずでしょう!?なんで未だに従者を名乗っているのよ!?」

「私の忠義は常にいつまでもお嬢様のものです」

 つまりこのカーラという娘はすでに失効した契約をもとに勝手に無償で従者を名乗っているのだ、世が世ならなかなかの不審者である。

「……ああもう。向こうのチームで空を飛べるのはアヤメね、対応お願い」

「お任せ下さい」

 クロエは諦めた様子でそれを受け入れるが、内心どうやって報酬を払ったものかと悩んでいた。

「あとの二人はアイギスとリュウガに突っ込みさえしなければ自由に動いてもらっていいわ、私が援護射撃するから負けたりはしないでしょ?」

「ちょっと!?」

「俺達の出番は!?」

 自ら始めた自己紹介を途中で打ち切り指示を出すクロエ、当然ながら反論が上がるもそれらを認めた上で無視して続ける。

「だってあなた達弱いじゃない」

 一般的に特別クラスの生徒と言うのはそう弱いわけではない、時代の魔王軍の中核を担うべく周囲より厳しい訓練を受ける彼らが他人より抜きん出ていないわけではないのだ。

 しかしながら、どの集団においても優劣の差は明確に存在する。

「基本的には私が後衛から魔法で援護、カーラは空中でアヤメの相手、なるべく高度を稼いでアイギスの意識から外れるように。キリコはリュウガの相手、二人は向こうの二人と遊んでなさい、勝っても負けてもダメよ?」

「なるほど?」

「どういうことだ?」

 勝利を目指すはずの場で戦闘を引き伸ばす指示を受けた二人はイマイチ理解しきれていない返事を返す。

「守るべきものがなくなったらアイギスが突撃してくるわ。アイギスとリュウガの二人に突撃されたらうちのチームは負けるのよ、だから必ず最初にどっちかを倒すようにしなきゃいけないの」

「わかった」

「それで肝心の二人を倒す方法は?」

 乱戦中に相手チームの中核メンバーを一番先に倒す、明らかに難しいことが見え透いている目標を達成させる手筈が……

「頑張って、キリコ。応援してるわ」

「無茶振りが過ぎない!?」

 なかった。


 ~リュウガチーム~

「作戦だが……作戦というほどのものでもないな、全員突撃」

「若様、もう少し理由を説明しませんと」

 リュウガが作戦とはとても呼べない強行突破を提案すると、傍に控えるアヤメがたしなめてくる。

 リュウガは特別に脳筋というわけではないのだが、東部領次期領主候補として言葉ではなく行動で示すべきという信念から、命令は簡潔に済ませるべきと考えている。

 もっとも彼の中では全員突撃という作戦を選ぶに至った思考もあるのだが、請われない限りそれをいちいち説明する必要はないと思っている。

 要するに、言葉が足りないのだ。

「向こうにクロエとキリコが居る以上遠距離での殴り合いに応じると負ける。だからまず俺が突っ込んでどちらかを潰す、アヤメはカーラの空襲を警戒・迎撃してくれ、勝たなくてもいいからカーラを自由にさせるな。アイギスは飛び道具の対応を頼む、二人は……やはり向こうの二人に当たらせるのが無難だな、横槍が鬱陶しくなるとは思うがそれはアイギスが対応するから頑張って勝ってくれ、勝ったら俺かアイギスと協力して突撃だ。こんな感じでいいだろうか?」

 それでも説明すれば流暢なものである、リュウガは優秀であった。

「さすがです、若様」

「異議なし」

「善処する」

 チームメンバーから理解と称賛が与えられるが、一人だけその流れに乗らない者がいた。

「どうしたアイギス?」

「その作戦だと先にキリコを倒さなきゃいけなくなるのよね?」

「出来ればクロエを狙いたいが……まあそうなるだろうな。それがなにか?」

「武器を持たないキリコに気をつけて、たぶん苦戦するわ」

 アイギスは入所前の七班との訓練を思い返していた。

 入所後の授業で見かけることは結局なかったが、あの時訓練中に横目で見たキリコは確か武器を持っていなかったのではないかと、この一年で武器を使えるように訓練していたのではなく、武器も使えるように訓練していたのではないか。

 そう考えるとアイギスは妙に不安になってきた、何か他に見落としてる危険性はないか。

「流石にそれは考えすぎだろう、俺は俺の間合いで戦う。だから大丈夫だ」

 警戒はする、しかしリーダーとしてチームを不安にさせるべきではない。

 だからリュウガは鼓舞する。

「負けても死ぬわけじゃないんだ、気楽に勝ちに行こう」


 期末試験と銘を打った余興が始まる。

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