第31話 西部領5

「あんたも居れば楽しかったのにね」

 夕食後、主のいない部屋で一人グラスを傾けるサニー。

 グラスの中身は赤いワイン。

 銘柄を『乙女の命』と称するそれは部屋の主であったローザが好きだった物。

「あたしはこれ、あんまり好きじゃないんだけどね。今日だけよ」

 妙に気が合うせいで深い交流のあった二人だが酒の趣味だけは合わなかった。

 ローザがいなくなってもう11年になる。いい加減割り切るべきと理性ではわかっているものの今日ぐらいはいいじゃないかと感情が押し留める。

 そのうえクロエからローザが生きているかもしれないと聞かされてサニーの思考は散らかっていた。

「どうしろっていうのよ……」

 まとまらない思考を酒のせいにして結論から逃げる。

 無為に過ごした時間の先で睡魔に襲われるのをただただ待っているのだ。

「今日ばっかりは落ちるわけにもいかないんだけどね」

 グラスに口をつけたのは一度切り、おそらく起きるであろう襲撃を警戒して態度には出さないものの先程から薄く広く周囲に意識を向けている。

 キリコ達には3人一緒の部屋にいること、交代で休息を散りながら警戒することを伝えてある。

「それにしても動機がわからないんだよね……」

 ローザを襲った件もそうだが相手を殺してなんのメリットが有るのか結局の所なにもわからなかった。

 土地を奪うつもりなら領主を殺しておしまいという話ではないのだ。

 むしろ人心を集めるという点においては悪手とも言える。

 暴力によって強制させることもできるだろうが、それをするならば大陸全土を相手に戦いを挑む必要が出てくる。

 戦って、勝利して、その後どうする?

 運よく相手が生きていたとして従ってくれるだろうか?

 それとも空っぽになった土地を今よりも少ない人員でどうにかできるとでも思っているのだろうか?

 そんなはずはない。そんなはずはないのに実行に移してしまった相手だからこそ考えていることがなにもわからない。

「あー、考えるだけ無駄かも」

 ああだったかもしれない、こうだったかもしれない。

 事後に想像を働かせるのは自由でそれでいて甘美なものだ。

 しかしながらそれは事実ではなく、また起きてしまった事に対しなんの効力も持たない。

「それに……」

 来客などないはずの扉が無造作に開け放たれる。

「おや、待っていてくれたのかな?」

「そうよ、あんたをぶち殺すためにね」

 用事があると言って席を外していたクロエの父親が真っ黒な人型をしたなにかを引き連れていた。


 襲いかかってきた黒い人型のなにかを蹴り飛ばし壁に叩きつける。

 叩きつけられたそれは緩慢でいて一様な生物らしさを感じられない動きで起き上がった。

「あら?意外と頑丈ね、それなりに強く蹴ったつもりなんだけど」

 人型のなにかを躊躇なく蹴り飛ばしたサニーはそれの頑健さに目を見張る、勢いよく壁に叩きつけて気絶しないならば対応の仕方を変える必要があるだろう。

 主に、命を奪う方向に。

「ふむ、オリジナルのような特異性はないが基礎スペックはそれ以上か。むしろ素体の調達コストを鑑みれば優秀といえよう」

 実験の成果を確かめるように感慨深く男が言う。

 一応はクロエの父親のはずだけれど、こうなってしまった以上その呼び方はクロエに失礼だ。

「どこからなにを連れてきたのか知らないけど、ロクなもんじゃないわね」

 魔界と呼ばれるこの大陸において真っ黒い姿は忌避される対象だ。

 理由は単純、大陸中央にあった都市群を壊滅させた魔神がそのような姿であったこと。そして現在、魔神の影響を受け変質した魔物と呼称される存在が皆全て同様に真っ黒い姿をしているからである。

 今まで人型のそれは報告されていなかったが、きっと何かしらの手段で変質させられたものであろうことは容易に想像がつく。

「ご明察、それらはロクでなしだよ。生きる価値のない者共を集めて再利用したんだ、むしろ褒められるべきだと僕は思うけどね?」

「クズが、ここで死ね」

 サニーの行動は早かった。

 一息で間合いを詰めて殴りかかるが、それは横から飛び出てきた黒い人型が身代わりになるようにして阻まれてしまう。

「おおっと、怖い怖い。君を倒せるなんて思っていないし僕にはまだやることがあるんだ。足止めは任せて、僕はここらで失礼させてもらうよ」

 男は人型のなにかに抱きかかえられるようにしてその場を去る。

 残されたサニーは山のようにいる黒い人型の敵を前に内心少しだけ焦っていた。

『追いかけてあいつを殺るべきだけど、これらを引き連れて子供達の近くに寄るのは危険ね。なら……』

「この程度の雑魚ならどんだけいてもかまわないわ。むしろストレス発散にちょうどいい、全部ぶちのめしてあげるわ!」

 覚悟を決めて眼の前の戦いに集中する、自身の戦力にはなんの心配もない。


「えっ!?ちょっ、なに!?なんの音!?」

 一瞬前まで寝ていたキリコが轟音と振動に反応して飛び起きる。

「始まったみたいね。キリコ、アイギス、準備はいい?」

「大丈夫」

「ちょ、ちょっと待って顔洗いたい」

「却下。作戦通り行くわよ!」

「なら初めから聞かなきゃいいじゃん!」

 抗議するキリコを無視して抱きかかえたクロエが部屋の窓から飛び出す、アイギスも顕現させた盾に飛び乗り後に続く。

 屋内での戦闘訓練はまだ受けていないため屋外の開けた場所へ。

 救援が駆けつけられるようになるべく見晴らしのいい場所を目指す。


 夜の闇は深い、照らす月の光は少しだけ頼りなく、日の出まではまだ時間がある。

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