第32話 西部領6
「このあたりでどうかしら?」
「悪くないと思う」
屋敷を飛び出し森を越え、見晴らしのいい開けた場所に降り立つアイギスとクロエ。
「安全対策なしに宙吊りで運ぶのはやめたほうがいいと思います!」
そして文句をいうのがクロエに抱えられるようにして運ばれてきたキリコ。
腕力だけで人を抱えて空を飛ぶのは確かに危ない、主に運ばれている方が。
「なら走ったほうが良かった?」
「一人だけ走るのは嫌だな……」
とはいえ代替案が飲み込めるわけでもなく。
「とりあえず救援要請は送ってみたけど……ダメそうね、どこも交戦中」
携帯端末を操作しながらアイギスがつぶやく。
「交戦中?配備中の七班隊員全部?事前に計画して敵対勢力を配置してたってこと?」
「でしょうね。どうするの?一応あなたの父親だけど」
「殺すわ。ここまでされて覚悟を決めないのは領主じゃないもの」
「了解。キリコは大丈夫?……キリコ?」
人を殺す覚悟が持てるか、それを確認しようとしたアイギスだがなぜだかキリコは森の方を見てぼーっとしている。
「え、ああ、ごめんごめん。なんか向こうの方から声が聞こえた感じがして。大丈夫だよ、覚悟はできてる。むしろ手加減するほうが難しくない?」
「声?クロエはなにか聞こえた?」
「なにも聞こえないわ。気のせいじゃない?」
「そっか、二人が言うならそうなのかな……なにか来る!」
キリコが叫んで警戒態勢に入るとほぼ同時に森の中から黒いなにかが飛び出してきた。
「人……かな……?」
「魔物っ……!」
「お父様っ……!」
三者の発言はいずれも異なるが、現れた者が敵性であることをなんとなくだが知覚していた。
「おやクロエ、こんなところにいたのか。夜遅くに屋敷を抜け出すなんて悪い子だね」
人型をした黒いなにかに抱えられたクロエの父親が地面に降りながら語りかける。
「模範的吸血鬼だもの、夜行性なのは褒められるべきじゃなくて?それよりお父様、側にいるその黒いのは一体なにかしら?」
「これのことかい?そうだね……人体の有効利用とでも呼ぼうか。食料はいらない、命令に背かず、おまけに戦力にもなる、最高じゃないか!」
「その方法が人を魔物に変えるってこと?どうかしてる」
まるで自身の功績を誇るかのように語る男の言葉をアイギスが切り捨てる。
魔界と呼ばれるこの大陸において、全身が黒色の生物は要警戒かつ殺処分対象である。
その発端は大陸中央部の都市群を崩壊させた魔神にある。
突如として現れ甚大な被害をもたらしたそれは一説によると真っ黒い姿をした人型のなにかだったと言われている。
そして魔神が討伐された後に出現し始めたのが、今現在魔物と呼ばれている同様に真っ黒い姿をした生物群である。
今のところ人型の魔物の発生は確認されていない。
ならば魔神の再来だろうかとアイギスは最悪の想像を働かせたが、それならばきっと自分達はすでに殺されているだろうし、目の前にいるこれが移動してきたにしては被害が少なすぎることから、恐らくは出来の悪い模造品だろうと考えていた。
そしてその予想は幸か不幸か的中してしまう。
「魔物だなんて品のない呼び方はよしてくれるかな。信心の自由さ、我々はただ魔神を信奉する敬虔な信者にすぎないんだ」
「都市を滅ぼし大勢の住民を犠牲にした魔神を信じるとか趣味悪くない?」
キリコが男の言葉を一蹴する、信心の自由は結構だがそれに巻き込まれて殺されるのははた迷惑にほかならない。
「人も国もいつかは滅びるのだ。それがたまたま今だっただけのこと、滅びを、死を、受け入れるといい!」
「勝手に死んでろ!」
男の話が終わるのを待たずしてクロエが密かに準備していた特大の雷撃を相手の頭上めがけて落とす。
轟音と閃光、そして土埃が収まったあとに残ったのはその耐久性故か少々の煙を焼け焦げた匂いと共に発しながらなおも佇む黒い化け物と、一体どういうわけか全く無傷のクロエの父親がいた。
「一発で片付くとは思ってなかったけど、流石に無傷なのは妙ね」
「あれ、殴ってどうにかなると思う?」
「やめといたほうがいいわ、なにが起きてるかわからないもの」
予想を大きく上回る相手の耐久性に作戦の変更を余儀なくされる。
「無駄だ。死を受け入れるといい!救済してやろう!」
数的な有利を保ちつつも奇妙な耐久性を誇る相手との戦いが始まった。
「数が……数が多い!」
一方その頃、城内に残って黒い化け物の相手をしていたサニーは切っても切っても一向に途切れる気配のない敵対勢力の補充に辟易していた。
一体あたりの戦力はサニーから見れば遥かに格下の相手だったが、どこからか補充でもされているのか切り捨てた側から周囲の部屋から湧いて出てくるとしか言いようがない状況に翻弄されていた。
「こんだけの戦力、一体どうやって溜め込んでたのよ?」
どれほど切り捨てただろうか、すでに城内は至るところ血まみれで後片付けの悲惨さに思いを馳せる。
「私も後始末に参加しなきゃダメかな……」
なおも向かってくる新しい敵を切り捨てため息をつく。
サニーの手から伸びるのは刃を模したような銀の光、決して当たり負けることなく万物を切り捨てる光の刃。
これが『銀閃』と呼ばれる彼女の二つ名の由来となった固有魔法である。
固有魔法であるはずなのに異様に魔力消費量が大きいのが欠点ではあるが。
名誉が残っているかどうかはさておいてサニーの名誉のために言及しておくと彼女の魔力総量は魔界全体を見てもぶっちぎりの一位である。
計測可能な器具がないため出力からの概算ではあるが計算上は王都の都市機能維持で一日に使われる魔力量よりも大きいらしい、一個人が有していいエネルギー量とは到底思えない。
「やばい、魔力切れた……」
それでいてなお短時間の戦闘で魔力を使い切る『銀閃』の異様な魔力消費量なのだ。
サニーの手から光が消える、身体強化に使えるだけの魔力はまだ残っているものの『銀閃』を維持するためのそれはもう残っていない。
なおも増え続ける敵を殴り、蹴り、投げ飛ばすがいずれも致命傷を与えるには至らない。
手元に武器になるようなものはなく苦境を打破するのに必要な物は見当たらない。
日は沈む、夜明けまではまだ遠い。
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