第33話 西部領7

「やばいやばいやばい!ちょっとこれまずいんじゃない!?」

 戦闘中、一旦間合いを切ってキリコが叫ぶ。

 3対2、数的優位を保ちながらも戦況は全くもって優位ではない、むしろ不利とすら言える。

 単純な身体能力でこちらと同等程度で耐久性がべらぼうに高い黒くて大きい人型の敵と原理はわからないけれどこちらの魔法による攻撃が効いていないように思えてならないクロエの父親、はっきり言って二人同時に相手をするのは無理がある。

 どうにかして片方だけでも潰しておきたいがそれが叶う確率はあまりに低い。

 クロエ、キリコ、アイギスの三人はどうにかこうにか敵の攻撃を捌きながら距離を取り隙を見つけては攻撃を大柄の敵に向けて叩き込んでいく。

 見た目からダメージはあるはず、ダメージがあるはずだからいつかは倒せるはず、頼りない根拠を支えに戦闘を続ける。

「このままじゃジリ貧なのは確かよね」

「クロエ、あの男の魔法無効化らしきものは元から?」

「そんなことないはずよ、初めて聞いたもの」

 戦闘の合間を縫って情報を交換する。

 明らかに理不尽な魔法無効化のからくりが見抜ければそこから付き崩せるはずだ。

「とりあえず殴ってみようか?」

 キリコが提案する、遠距離からの魔法攻撃が効いてなさそうなことを確認した時点で対応を放棄していたため確かにまだ試してはいない。

「無茶はしないようにね?」

「アイギス、デカイやつ任せた」

「了解」

 キリコが顕現させた槍を手に突撃する。

「ぶち抜けぇっ!」

 クロエの父親だった男の腹に槍を突き立て……ようとした所から、相手の身体に槍が触れるかどうかという距離で槍先が消滅していく。

「うわっちょっ!」

 ずぶずぶと飲み込まれるようにして消えていくそれを見て危険を感じ思わず途中で手を放す。

 掴みかかろうとしてきた相手の手を避け後ろに大きく距離を取り後退しつつ手にした槍を投げつける。

 しかしそれすらも相手に当たるか否かという距離で溶けるようにして消えてしまう。

「倒せるイメージが湧かないんだけど!?」

 キリコが叫ぶ、自分達の可能な攻撃方法を一通り試してみても有効そうなものが見つからない。アイギスの使っている盾も基本的にはキリコの使っている槍と同じ性質なのできっと同じように相手に届くことなく途中で消えてしまうだろう。

「キリコ、ダメそう?」

 距離を取って戦闘の流れを止めたキリコにクロエが後ろから問いかける。

「ダメそう!」

 自信満々に答えるキリコ、なにもそんな所で胸を張らなくてもとは思うがダメなものはダメと認識した上で行動に移れば結果的に労力が少なくて済む。今みたいに得体の知れない相手と長期戦を繰り広げるのであれば有効な戦略である。

 もっとも、手詰まりを認識するたびに戦意が下がる危険性はあるが。

「諦めたか?ならば死ぬといい!死を、崩壊を、魔神は望んでいる!」

 男が悠々と歩きながら距離を詰める。

 防御のことなどまるで考えていないかのごとく両腕を広げゆっくりと近づいてくる、この理不尽にも思える優位性に時間制限などないと示すかのように。

「断る!死にたくないから生きてるんでしょうが!」

 キリコは断言する。

 別に崇高な目標などないのだ、ただ死にたくないから生きているにすぎない。

 強いて言うなら果たすべき約束はあれど叶わぬならばその時はその時。

 ただ、今ここで生き延びることを諦めるのはなにか違う。

 キリコは一縷の望みをかけ相手の足元に向けて生成した金属片をばらまく、歩いてきているならば足元周りなら攻撃が通るはずだ。

 たが予想とは裏腹に希望を踏みにじる相手の歩みは止まらない。

「足元なら攻撃が通るとでも思ったのか?魔神の力がそんな粗末なものなはずがないだろう!」

「クロエ!時間稼いで!」

「任せなさい!って、ちょっとキリコ!?」

 クロエの返事を待たずしてキリコは武器をしまい森へと駆け込む、夜の闇も相まってその姿はすでに見えない。

「臆して逃げたか、それもまた良し。死ぬ順番が多少遅くなるだけのこと、まずはクロエ、お前から死になさい」

 男はなおも悠々とした口調で語りかける、自身の持つ絶対的な優位性が揺るがないと確信しているがゆえに。

「お断りって最初から言ってるでしょ?魔神とやらを崇拝するとアタマも弱くなるのかしら?」

「いずれ皆滅びるのだ、頭の善し悪しなど取り上げるほどのことではない」

 どうにかして救援が来るまでの時間を稼ごうと口頭での戦いを試みたクロエだったがこれには内心頭を抱える他なかった。

 取り付く島がない、滅びを迎えるために破壊活動に勤しむ連中を止められるような言葉などありはしない。

 こいつらは力で持って叩き潰す他ないのだ。

 確信するクロエをよそに男は言葉を続ける。

「それにあの女、確かサニーとか言ったか?最強とは聞いていたが言うほどのものでもなかったな、今頃は城の中で死んでいるだろう」

 心を折ろうと放たれる男の言葉にクロエは安堵する『ああ、この男はサニー・アージェントを知らないのだ』と、そう思うクロエも実のところよく知らないのだが。

「それは人を見る目がないんじゃないかしら?少なくとも私より先にアレが死ぬところなんて想像付かないもの、それに……」

 クロエの言葉を遮るように城の一角を突き破るようにして火柱が上がる、相変わらず頭のおかしい火力だと呆れ返るとともに後で城の修繕費を絶対に徴収しようとクロエは固く心に誓った。

「それに?それに何だというのだ?私を倒す算段でも付いたかね?」

 夜に生きる吸血鬼は夜目が効く、クロエも例外ではない。

 男の背後から駆け寄るそれを目にして不敵に笑う。

「城の修繕費は私が徴収するから……あんたは安心してくたばりなさい!」

 突如として男が真横に吹き飛ぶ。

 その背後から現れたのは金属棒を突き刺した丸太を引きずるキリコだった。

「おおー、思い付きでやってみたけど効いたみたい?」

「もう何発か叩いたほうがいいと思うけど?」

 不意を突かれて吹き飛んだ男を注視しながら感想を漏らすキリコとクロエ。

「やってくれたな小娘、これは少し痛い目を見せないといけないみたいだ」

 巨大な木材、というよりほぼ切り倒したばかりの丸太で勢いよく殴打されてもまだ立ち上がる男の体が黒く変色していく。

「苦痛を、死を受け入れたくなるほどの苦痛を与えてやる」


 夜の闇は深い、夜明けの兆しは近いがまだ陽の姿は見えない。

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