第34話 西部領8
城から巨大な火柱が上る少し前、サニーは襲いかかる無数の敵を殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばしながら逡巡していた。
「どうしよう……あれきらいなんだよなー」
体を動かしながら言葉を口にすると思考が整理しやすい。
サニーは体感でなんとなくだがそれを知っている。もっとも体を動かすというには少々暴力的で過激な光景なのだが。
それはひとまず置いといてサニーが迷っているのは、この無数の敵を片付けるための手段を取るかどうかというもの。
手段はある、たぶん倒せる、ただ彼女の好む方法でないがゆえに行動を起こす踏ん切りがつかない。
「でもここで雑魚相手にグズグズしてるのはいい大人とは呼べないわね」
サニーがいい大人と呼べるかどうかは微妙だが、彼女にも有事の際には連れてきた子供達を優先的に守らなければならないと考えるくらいの分別はある。
執事のふりをしていた先々代の西部領領主に子供達のことを頼んだとはいえ、それを理由にむやみに合流までの時間を引き伸ばすのは褒められたことではないのは明らかだ。
「本当は好きじゃないんだけど仕方ない、固有魔術式反転運用」
通常魔力から魔術式を通して魔法を発現する流れの逆を行い、反転させた現象から魔力を回収する行為。
それ自体は別段特別なことでもなんでもない、キリコもアイギスも当たり前のように作り出した武器を消し去るようにして魔力へと変換している。
ただ、突然変異的に変質してしまったサニーの固有魔法の場合話がややこしくなる。
サニーの固有魔法、『銀閃』と呼ばれている莫大な魔力を垂れ流すように消費してようやく成立する万物を切り捨てる銀に光る刃、それを逆転させたときに何がおきるのか?
サニー自身はその理屈を何一つ理解していないが引き起こす結果だけを知っている。彼女の手から広がる『黒』そうとしか表現できないなにかがあらゆる物を消し去り魔力へと変換されていく。尽きかけていた魔力が急速に補充される、この世界のなにもかもを消滅させながら。だから嫌なのだ、自身の存在がひどく不明瞭な物へと変質しているような気がして。
だけどそんな甘えたことは言ってられないから。
「私にも変えられない腹ってやつがあるのよ!」
魔術式を構築、回収した魔力を端から叩き込み起動する。
範囲は広く自身を中心に円形、天地を焼き尽くすかのごとく遙か空の上まで。
城の構造をぶち抜く特大の火柱が轟音とともに立ち上がる。
「まとめて消し飛べっ!」
先程までの鬱屈とした気分ごと焼却するかのように炎がすべてを飲み込んでいく。
その輝きは太陽のように。
炎が収まり灰の山に佇むのはただ一人。
「あー、すっきりした。次!」
『銀閃』と恐れられる太陽の名を関する女、サニー・アージェントであった。
「お待たせ!そっちの状況は!?」
クロエの父親だった男と戦うキリコとクロエのもとにアイギスが合流する。
「アイギス!?アレの相手はどうしたの!?」
異様なまでの耐久性を持っていたアレをアイギス一人で倒せると思ってなかったクロエは予想外の救援に驚いていた。
「じいやさんが来てあっさり倒していっちゃった……」
勝利報告をしているはずのアイギスはなぜか浮かない顔をしている。
自分達では苦戦が明らかだった相手をあっさり倒されてしまえばそうなるのも無理はない。
「どうせならこっちを手伝ってほしかったんだけど!じいやはどこ行ったの!?」
クロエはキリコが切り倒したばかりの丸太を男に向かって投げつける。
「応援を呼んでくるって残して別れちゃった……で、さっきからやってる野生児みたいな戦い方はなに?」
この戦法に至る理由を知らないアイギスが問いかける。
一体何が悲しくて丸太で殴りかからねばならないのか、ひのきの棒よりかはマシかもしれないけれど。
「魔法全般が無効化されるみたい!これなら殴れるっ……こんな風に!」
クロエが抱えた丸太を振り回し男に向かって叩きつける。
「なるほどね、だいたいわかった。私も木を切ればいい?」
「お願い!手が空いたら攻撃にも参加して!」
木を切り出す、そして丸太で殴りかかる。
あまりに膂力任せな原始時代の方が洗練されているであろう戦いが繰り広げられる。
戦闘開始からしばらくして、キリコから悲痛な報告が上がる。
「クロエ!切れる木がもうない!」
正確には戦闘の合間を縫って切り倒すことのできる手頃なサイズの木がないという意味だが、相手への攻撃手段がなくなったということが伝われば細かいニュアンスの違いなどどうでもいい。
ただ、森林管理を担当している者がこの惨状を見たならば怒鳴り込んで来そうな様相を呈している。
「どうした?もう終わりか?」
散々丸太で殴られ続けたものの、いまだに倒れる様子を見せない男が問いかける。
「キリコ!アイギス!逃げるよ!」
クロエは迷わず逃走を選択した。
どのみち有効な攻撃手段があるうちに倒しきれなかったのだ。
あとは武器になりそうなものがある所まで撤退して改めて攻撃を再開するしか手段がない。
そう決意して素早く視線を後ろに移したクロエの動きが、固まる。
「どうしてっ……!?」
どうしてこれがここにあるのか?ここにあるはずのないもの。
数時間前にキリコが沈んだ湖と全く同じ見た目をしたものがそこにあった。
あるはずのないものを見つけて迷いが生じた瞬間、逃走に使えるはずだった選択肢が塗りつぶされる。
初手で飛行による逃走を選んでおけば間に合ったのに、今から行動を開始したのではもう遅い。
「湖……?さっきまでそこにはなにもなかったはずだが……まあいい、運にも見放されたようじゃないか、クロエ。摂理から外れた不死者の少女よ、今こそ滅びるときだ」
勝利を確信した気色悪い笑みを浮かべながら男が距離を詰める。
対抗するための手段はもう残っていない。
絶望的な状況の中、キリコだけが覚悟を決めた表情で口を開く。
「ここで倒すよ」
「どうやって倒すっていうのよ!?」
手段などロクに見当たらないのにキリコはなにを言い出すのかクロエの反論にも焦りが見える。
「大丈夫、ちょっとだけ時間を稼いで」
そう答えるキリコはどこか確信を持った調子で。
「任せて、もう誰も傷つけさせたりなんかしないから」
一瞬早く覚悟を決めたアイギスが前に出る。
「作戦会議は終わりかな?ならば死ぬといい、滅びこそ真にあるべき姿なのだ」
迫りくる男に対し、アイギスが地面に散らばっていた木片をまとめて蹴り飛ばす。
「解釈違い。いずれ滅びる定めだからこそどう生きるかが重要なの、まだ死ぬ訳にはいかない」
「小癪な、まずは貴様から……」
アイギスの方に振り向いた男の後頭部に今度は投石が着弾する。
「あんたが殺したいのは私でしょ?なんか御大層なこと言っちゃって、おおかた人より長く生きる吸血鬼に嫉妬したとかそんなんじゃないの?」
投石の張本人であるクロエが煽る、敵から時間を稼ぐためならばどんな手段だって使える。
「貴様ら……!」
命の終わりまで、あと少し。
クロエとアイギスの二人が時間を稼いでいる間、一方のキリコは自らの魔法で槍を創り出していた。
敵に対して効かないはずのそれをいつもより丁寧に時間をかけて捧げるに値するものを拵えるべく。
創り出した槍を手にしたキリコは思わず自嘲的な笑みを浮かべる。
「今日ばかりは今まで正直に生きてきたことに感謝してるわ」
まだ16年という短い人生だが、白銀桐子は正直な……どちらかというと馬鹿正直な生き方をしていた。
桐子自身もどうしてそうなったのかは意識したことがなかったが、物心ついたときからそうであったとしか言いようがない。
きっと育て方が良かった……いや、理想論に傾いていたのであろう。
「これでプラマイゼロですって言われたらちょっとショックなんだけど……」
はっきり言って今までの人生で受けた不利益を考えるとちょっと物足りない気がする。
「まぁ、今は生き延びられれば十分だよね」
桐子はせっかく創り上げたはずの槍を手放す。
重力に引かれて落下する先は……湖だ。
「キリコ!?」
その光景を視界の端で捉えていたクロエが声を上げる、一体何をしているのかと。
「大丈夫だよ、クロエ。ちゃんと受け取ってもらえたから」
なにかを確信したキリコの落ち着いた声。
その言葉とほぼ同時にキリコの手に二振りの槍が顕現する、眩く輝く金と銀の。
「捧げます」
キリコが宣言する。
それは誰に対しての言葉か、その途端キリコの身体から二振りの槍を通して膨大な魔力が漏出する、おそらく数分と持たないだろう。
「キリコ!?」
馬鹿げた魔力の流れを察知したアイギスが見かねて声をかける、自殺でもするつもりなのかと。
「大丈夫だよ、アイギス。これで決めるから」
男に向かって駆け出したキリコは穏やかな表情で語りかける。
どんな防御も撃ち抜く攻撃があればと彼女は想った。
そう想って鍛えた拳はあり得ざる物を呼び寄せ、あろうことか彼女自身の友人を貫いてしまった。
力を意のままに操れれば望まぬものを傷つけなくて済むと彼女は考えた。
そう考えて振るった槍は、むしろ肝心なときに役立たなかった。
きっとどちらも的から少しだけずれているのだ。
力は無限、どこまでも貫き通す槍を。
心は在り方、その振るう先だけに狙いを定めて。
ただ今の私だけでは届かないから。
神様、どうか力を貸して。
「ふん、その抵抗が無意味だとまだわからないか?」
男が力の差を教えてやろうと悠然と構える。
「ぶち抜けえええええ!」
キリコが吠える。
まずは銀の槍、突撃と同時に左手に持ったそれを男の腹めがけて振るう。
「なっ……!」
かき消せるはずと油断していた男の腹を銀の槍がたやすく貫通する。
「貴様っ……!」
慢心していた男が反撃を試みるも、それより早く。
「あああああっ!」
躊躇うことなく突き出されたキリコの右手にあった金の槍が、男の頭を貫いた。
陽を待たずして夜が明ける、それがいずこに続く道か誰も知らない。
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