第35話 打ち上げ2

「おつかれさまでしたー!かんぱーい!」

 景気のいい掛け声とともにグラスを打ち合わせる。

 澄んだ音が夜明け前の酒場に響き渡る。

 時刻にして朝4時、夜通し飲んでいたのか飲み始めたのか判断がつかない時間帯である。

 テーブルを囲むのは二人、クロエの母親であるローザと

「ちょっとマリアー、仕事終わりだって言うのにテンション低いぞー。あげてけー?」

 彼女と一緒に仕事にあたっていたらしいマリアと呼ばれる女性であった。

「こっちはあんたほど頑丈にできてないの、人間の貧弱さ舐めないでよね」

 テーブルに突っ伏したまま心底くたびれたという口調で返すマリアに

「うり~、貧弱貧弱ぅ~」

 すかさず煽り倒すローザ、クロエの口が悪いのはひょっとすると遺伝かもしれない。

「オリーブ増しデラックスピザ、お待たせしましたー」

 ぐだぐだと会話を繰り広げる二人に無愛想な店員が出来上がった料理を届ける。

「あんた、この前オリーブ苦手って言ってなかった?」

「嫌いだよ?体に悪いし」

 吸血鬼であるローザにとって神から与えられた聖なる樹の果実など有害にほかならない、あまりに当たり前すぎてバカバカしさすらある。

「じゃあなんでわざわざ追加トッピングまでしてるのよ」

 馬鹿じゃないのとでも言いたげな露骨に呆れた表情で問うマリア、二人でシェアして食べる予定だったピザにオリーブの追加を申し出たのはあろうことかローザである。

「体に悪い物食べてるときってテンション上がらない?」

「ないわよ、バカバカしい」

「それじゃあこっちのグラスも私が頂いちゃいまーす」

 マリアの側に置いてあったジョッキを奪い取り中身を飲み干すローザ、たちの悪い間接キスである。

「ああっ!あたしの楽しみを取るなーっ!すいませーん!生一つおかわりくださーい!……ったく、好きでもないのにあたしのビールまで奪ってくれちゃって」

「人間様にアルコールは有害だからねー、私が代わりに飲んであげるよー。できればビールより赤ワインのほうが嬉しいな?」

 人様の飲み物を横からかっさらっておいてこの言いぐさである。

 サニーの周囲にいる大人達はどいつもこいつもろくな連中じゃない、類友というやつだろうか。

「ところでさ、今日のあれは結局なんだったの?」

 くだらないやり取りを終わらせ、マリアは熱々のピザを片手に冷えたビールを流し込みながら今日の仕事の相手を振り返る。

 マリアの仕事は治安維持にかかわる特殊部隊だ。

 人身売買組織の制圧に赴いた所、相手組織が人智の及ばぬなにかを召喚し、それの退治をして無事に組織の人員を捕縛、一件落着万事よしとなった所で慰労会を開いているのが今である。

「ああアレ?初めてみたけどたぶん悪魔ってやつじゃないの?」

「えっ、悪魔って実在するんだ……」

「吸血鬼がいるんだから悪魔ぐらいいたっておかしくないでしょ?」

「それはそうかもしれないけどさ……」

 ローザの言う有り得そうな推論にマリアは頭を抱える、彼女が思いを馳せているのは所属する部隊長だ。

 どちらかというと罪悪感方面で。

 マリアが部隊の詰め所から出てくるときも部隊長は報告書の内容に頭を悩ませていた。

 それもそのはず、銃火器の効かない相手に対し『ファンタジーにはファンタジーをぶつけるのよ!』とマリアが呼び出したローザがこれまたファンタジーな吸血鬼なのだから。『敵対組織が召喚した悪魔に対しこちらも吸血鬼を呼び出し対処しました』などと正直な報告書を書いたら精神状況を疑われそうな事態である。

 事実なのだから仕方がないし、部隊員への被害も少ないことは喜ばしいことなのだが、その状況を作ってしまった一端であるマリアは頭を悩ませていた。

「あんたのその順応性の高さは何なの……?」

「いつだって現実が優先されるの、実際あの場所には何かがいた。それでいいじゃない?」

「認めてしまったら何かがだめになってしまいそうで認めたくない」

「私の相手してるくせに今更何を言ってんの?」

 ローザの言うことももっともである。

 ローザがこの地に来て10年、もう今年で11年になるだろうか?

 ほとんど最初の頃から長く付き合いがあるのがこのマリアである。

 吸血鬼と公私共に付き合いがあるにも関わらず悪魔の存在一つ認めようとしないのであれば何を今更と言われてしまうのも仕方がない。

 このままこの話題を続けていても分が悪くなる一方と思ったマリアは話題を変える。

「それにしてもあんたに娘がいたとはねー」

「あれ?娘の話したことあったっけ?」

「今日言ってたじゃない『これが終わったら娘に会いに行くんだー』って、忘れたの?」

「……やっば、すっかり忘れてた」

「早く行きなさい」

 話題を変えてよかったとマリアは思う反面、いままで得意げに話をしていたローザは呆然としている。自分で立てていた予定を自らぶっ壊してしまえばそうもなる。

「どどどどうしよう!?まだお風呂に入ってないし、移動用の荷物の準備もしてないし、長期不在用の部屋の片付けもしてない!」

「だいたい全部あんたのせいじゃない?」

 大慌てで今後の行動予定を立てるローザを冷たくあしらうマリア。

 彼女だってひと仕事終えてこれからゆっくりするつもりだったのだ。

「ねぇ、マリア?」

 潤んだ瞳で見つめてくるローザ。

 この女は自分がかなりの美人であることを自覚していてこういう行動を取ってくるのだ、たちが悪い。

 とは言え長年付き合いのある友人の旅立ちを見送ってやらないのもなんだか心に引っかかるものがある。

「……報酬は?」

「ピンチの時には助けに行きます」

 ローザがこうして困った時には助けに行き、代わりにマリアがどうにも出来ない事態に直面したときに助けてもらう。この二人の関係性はここ数年こんな様子だった。ただしローザは遠くに行ってしまうのだ、助けを求めた所でそれが間に合う保証はない。

 それに今回みたいにすっかり忘れている可能性もある。

「それ、あんたが助けに来る前にあたし死んでない?」

「できる限り善処します」

「もし死んだら化けて出てやる」

 危険な仕事についているのだ、命の覚悟はとうにできている。

 ただし、死んで後悔しないかどうかは全く別の話。

 それにローザならたとえ幽霊になった私でも受け入れてくれそうだから。

 会計を済ませ、店を後にする。


 部屋の片付けが一段落つきローザが魔界に向かったのは夕方のことである。

 マリアは『他人の部屋の片付けなんか二度とするか!』とこのとき固く誓った。

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